2016年01月05日

目撃者。

小学校時代の同級生から年賀状が届いた。私の通勤姿をしばしば目にするという。私は電車に乗るといつも眠り込んでしまう。同級生はその姿を目にしているらしい。これは恥ずかしい。しかし、こんなところで同級生と遭遇しているとは、我ながら、驚きである。今度、ゆっくり話をしたいものだ。
ラベル:同級生 小学校
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2015年05月16日

消息不明のY。

Yは大学時代の同窓生。Yはかれこれ十年近く前から東京に暮らしている。近い将来、Yをかこんで有志で同窓会をもよおしたいと思っている。しかし、そんなYの消息が不明になったという。携帯電話番号やメールアドレスがつながらなくなったという。Kからの連絡でそのことを知った。住所もわからないままである。心配している。
ラベル:友人
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2014年11月30日

同窓生と一杯。

大学時代の同窓生と久し振りに再会した。そして、一緒に酒を呑んだ。かれこれ、4年振りだろうか。同窓生も頑張っているな。それが率直な感想であった。したがって、旧交をあたためたというよりも、未来に向って前向きに頑張ろうといった思いの方が強かった。
ラベル:同窓生
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2013年10月20日

同窓生と。

昨夜は大学時代の友人と会食をした。会食の場所は阪急梅田駅の近くの酒場。ここを訪れたのは2度目である。久し振りに2人でゆっくり話をする事が出来た。詳しく書けないのが残念である。しかし、ゆくゆくは話の内容が何らかの形で具現化していくことと思う。
ラベル:大学 友人
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2013年09月08日

同級生と。

20130908-1.bmp

もらい受けるものがあって、朝から幼稚園・小学校時代の同級生M宅へ。Mの自宅に行くのははじめてであったため、最初は住所がわからず、近くをうろうろしてしまった。お茶の先生をやっていることもあり、自宅にうかがってからは薄茶をいただく。短い時間ではあったが、久し振りにMと閑談することが出来た。薄茶も美味しかった。
ラベル:同級生
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2013年04月21日

同窓生と。

昨夜は大学時代の同窓生たちと会うことになった。参加したのは2人のKと2人のO、そして、私であった。特に女性のKと顔を合わせるのは十数年振りではなかろうか。しかし、その容姿や話し方がまったく変わっていなかったため、安堵をした。今回の会合は今年の2月に亡くなった恩師の追悼集会をめぐる意見交換を目的としたものであった。話は弾み、企画が動き出しそうである。企画の進行により、しばらく会えないでいるその他の旧友たちとの再会もあり得るだろうか。いまから楽しみである。
ラベル:大学
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2013年03月10日

同窓生と。

現在、千葉に住んでいる小学校時代の同窓生が久し振りに奈良に帰省した。それを口実にしてその本人を含む計5名で会食の機会を持った。JR奈良駅近くの某所で合流。風邪をひいている身の上であるため、酒はほとんど呑まなかったが、それでも充分に楽しいひとときを過ごすことが出来た。千葉在住の同窓生と顔を合わせるのは小学校以来である。ということは、かれこれ30年振りの再会ということになる。当時の面影がしっかり残っており、30年の歳月をほとんど感じさせなかった。今度、千葉に出掛けたときはあらためて一杯やりたいものである。
ラベル:小学校 同窓生
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2012年12月14日

恩師に会いに。

仕事の合間に朝から小学時代の恩師Sとお会いした。小学時代の同窓生MがSのもとにうかがうというので同伴させていただいたのである。Sは小学校で副校長まで務めた後、現在は小学校と同じ敷地内にある大学の同窓会事務局に勤務されている。以前、同窓会事務局におうかがいしたのは5、6年前ではなかろうか。そのときはやはりクラスメートだったピアニストのHと一緒にうかがったように思う。談笑中、Sが今年の5月に心筋梗塞をわずらい、数日間、意識不明の状態が続いたということをうかがった。さいわい、病の再発はなく、数ヵ月後の再検査では患部の完治を告げられたということだった。あれだけお元気なSが心筋梗塞をわずらうとは意外である。事実、再検査の折、今年、73歳を迎えたはずのSの肉体は50代前半のままであると診断されたそうである。先生、お元気過ぎて逆に心筋梗塞を起こしたのではないですか。思わずそう冷やかしてしまったほどである。意識を恢復させた直後にいつまで俺をこんな病室に閉じ込めておくのだ、早く家に連れ戻せと暴れまくったという話、再検査の折、自分の方を向いて病状を説明しない若い医師を怒鳴りつけてやったという話、その次の検査の折には病院のスタッフが腫れ物に触るように親切に接してくれたという話は特に面白かった。学食で昼食(カツカレー)をご馳走になり、退散。近いうち、また昼飯をご馳走になりがてら、おうかがいしようと思う。
ラベル:小学校 同窓生
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2012年03月16日

同窓生たちと。

今日は幼稚園・小学校時代の同窓生たちとランチをともにした。昼過ぎに新大宮の某店に集合。参加者は旧姓K・M・Tの主婦連中およびTの次女である。Tの娘と会うのははじめてである。小学4年生であるという。小学4年生であるということを聞き、そういえば4年生のときにTとはコンビを組んで学級委員長の大役を任されたことを思い出した。2時間ほどの時間のあいだ、四方山話に明け暮れた。たまにはこういった旧交をあたためあうのも良いものだ。これに懲りずまた誘ってもらおう。
ラベル:同窓会
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2011年06月09日

同窓会の反省会。

小学校時代の同窓会がもよおされたのは昨年末のことであった。今日は幹事有志が集まっての反省会がもよおされた。集まったのは新大宮の「さと」。2月の集まりの時には参加が叶わなかったため、有志と顔を合わせるのは同窓会以来である。次回の開催時期などを話し合って締め括った。参加していただいた方々、ありがとうございました。
ラベル:同窓会
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2011年06月03日

円照寺山村御流いけばな展。

午後からならファミリーへ。西大寺で人と落ち合う予定があったため、ついでに近鉄百貨店6階で開催中の「円照寺山村御流いけばな展」に立ち寄った。生け花展には幼稚園・小学校時代の幼馴染みTMが作品を出展しているということで出掛けたのであった。お弟子さんたちであろうか。年配の女性陣が詰め掛けており、会場は盛況であった。生け花についての知識はまったくない。しかし、いずれの作品もそれぞれに個性があることはわかった。花と器の組み合わせも興味深かった。
ラベル:生け花
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2011年05月20日

白昼の遭遇。

今日は仕事の合間に外出をした。所用があって某大手ショッピングセンターを訪問。自宅からかなり離れているため、普段、頻繁には訪れないところである。今年に入ってはじめての訪問ではなかろうか。店内に入ったところでいきなり小学時代の同窓生KMと遭遇した。数年振りの再会である。KMは都合が悪くて昨年末の同窓会には出席していなかった。そのKMとまさかこんな白昼にこんなところで遭遇するとは思わなかった。不思議なことは続くものである。KMと再会した後、店内では仕事仲間のTを目撃。Tの方は私には気づいていなかったようである。くわばら、くわばらである。
ラベル:同窓会
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2011年03月08日

mixi招待。

幼稚園・小学校時代の幼馴染からmixiへの招待を受けた。メールが届いたのは先月末のこと。公私ともに忙しくてなかなか登録することが出来なかった。登録したらしたで本登録の際にちょっとしたトラブルが発生。結局、今日になってようやく登録することが出来た。確かに登録することは出来たようである。しかし、実際のところは良くわからない。最近は忙しい。時間の合間に少しずつmixiを学びながら活用してゆこう。とにかく今週末は早朝出勤の仕事も入っていて大忙しである。頑張ろう。
ラベル:mixi
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2011年03月01日

内祝。

Iの結婚披露パーティーについては昨日の日記に記した。本日、I夫婦から小包が届いた。何だろう。そう思いながらなかを開けるとお菓子や紅茶のセットなどが現われた。Iの結婚式の折に贈ったお祝いのお返しであろう。私が先日の結婚披露パーティーに参加することが出来なかったため、わざわざ自宅まで送付してくれたようである。有り難いことである。Iさんどうもありがとうございました。
ラベル:菓子
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2011年02月28日

同窓生の結婚披露パーティー。

昨日は幼稚園・小学校時代の同窓生の結婚披露パーティーが奈良町でもよおされた。招待されていたこともあり、当初は私も出席を考えていた。ところが、いろいろと事情が重なり都合がつかず、今回は出席を見合わせた。残念である。そのときの模様は写メールで拝見した。和やかな雰囲気のパーティーであったようである。Iさん、いつまでもお幸せに。
ラベル:ワイン
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2011年02月17日

同窓会の発送作業。

今日は年末に開かれた同窓会の作業日だった。写真や会報の発送作業がおこなわれた。しかし、私は仕事が立て込んでいて作業に加わることが出来なかった。作業はO+MR+MN+N+Kという主婦&女性陣にお願いしてしまった。作業は昼過ぎに無事終わったようである。皆さん、今回はありがとうございました。どうもお手数をおかけしました。今度、お礼をいたします。
ラベル:同窓会
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2010年12月29日

小学校の同窓会。

今日は小学校の同窓会だった。場所はならファミリー内の桃谷樓西大寺店(奈良市西大寺東町2-4-1ならファミリー6F)。幹事は開宴の1時間前に現地に集合した。先生方へのお土産を購入したりして時間を潰した。年末ということもあって出席者数は思いのほか少なかったが、それでも懐かしく、充実したひとときを持つことが出来た。Hと数十年振りの再会を果たすことが出来たのも収穫だった。会食後はフードコートに移動してお茶。夕刻からの2次会は近くの“千歳”(奈良市西大寺北町1-1-9)でとりおこなわれた。2次会からはI・Y・U・N部長も参加してくれた。皆さん、お忙しいなかを駆けつけていただき、ありがとうございました。
ラベル:小学校 同窓会
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2010年11月17日

同窓会の打ち合わせ。

今日は朝から小学校の同窓会の打ち合わせ。集まったのは私のほかに主婦のOとMだった。大宮通沿いのコメダ珈琲奈良二条大路店で2時間ほど話し合う。まずは出欠連絡のない同窓生への確認詐欺要に追われた。同窓会当日の中身についても話し合った。名簿に関しては、もう一度、きちんと整理しなけれはならない。折を見て整理することを取り決めた。
ラベル:同窓会
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2010年09月24日

同窓会の打ち合わせ。

今日は朝から小学校の同窓会の打ち合わせだった。小学校の同窓会は今年の年末に予定されている。その日程や会場を最終的に打ち合わせるために時間の都合がついた幹事が集まって話し合いの場を持ったのであった。集まったのは私のほかに主婦のO+M+T。大宮通沿いのコメダ珈琲奈良二条大路店で1時間半ほどみっちり打ち合わせをおこなった。おかげで骨格部分についてはほとんど固めることが出来た。年末にもよおされる予定であるという点ではもちろんこれでも遅いくらいである。来月には案内状を発送しなければならない。関係者の皆さんには詳細を別途ご連絡致します。
ラベル:同窓会
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2010年06月19日

大学時代の同窓生と。

昨夜は大学時代の同窓生Kと梅田で呑んだ。夕方、環状線で発生した人身事故の影響で合流までに少し手間取った。しかし、なかなか有意義な時間を持つことが出来た。夏にちょっとした会を持つことも決まった。話が少しずつ前進しているようで嬉しい限りだ。この年齢になっていまだに大学時代の同窓生と一緒に何かをやりはじめられるとは幸せである。
ラベル:大学
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2010年04月04日

大学時代の同窓生と。

今夜は大学時代の同窓生Kと梅田で落ち合った。文芸評論家のM氏をKに紹介することが目的の一つであった。梅田の某居酒屋で3時間ばかり酒を呑んだ。四方山話に明け暮れた。さまざまなプロジェクトについても話し合った。こういった機会をこれからも持ってゆきたい。
ラベル:大学
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2010年03月24日

大学時代の同窓生と。

大学時代の同窓生Hから連絡が入ったのは昨日のことである。明日まで奈良の実家に帰っているという。久し振りに会わないかという話だった。Hと会食をしたのは近鉄大和西大寺駅のすぐ近くの店。数年振りに四方山話に明け暮れた。先日、HはOとともにHYの嫁ぎ先へ遊びに行ったということだった。
ラベル:大学
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2009年12月28日

大学時代の同窓生たちと。

昨夜は大学時代の同窓生と難波で会食をした。集まったのはK・O野・O田・Yそして私。野郎ばかりの愉快な会食と相成った。Kとは、先日、難波で呑んだばかりである。そのときのことは12月20日の日記に記した。O田とは14、5年振りである。その変わり果てた姿が卒業以来の月日の長さをあらためて感じさせた。何とも残酷なものである。KやYとは一緒にあるプロジェクトをはじめようと話し合った。私はFチャとの会食の約束があって先に抜けた。その後、別の店でふたたびK・Yと合流。Fチャを含めて終電間際まで呑んだ。
ラベル:大学
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2009年12月20日

大学時代の同窓生と。

18日の夜はミナミへ繰り出した。そして、大学時代の同窓生と会食をした。場所は今夏以来の“鳥勘”(大阪市中央区難波4-2-8-2F)。焼き鳥やから揚げが相変わらず美味しかった。Kと逢うのは久し振りである。Kの変わったところ、変わらないところがうかがえてなかなか有意義な一夜だった。数年がかりのプロジェクトをはじめようかと話し合った。前途多難である。しかし、はじめられるところからはじめてみよう。そんなことを話し合った。Kのほかに大学院の後輩Yや呑み友だちのDも参加をしてくれた。
ラベル:大学
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2009年11月30日

コンサート告知。

20091130-1.bmp

私の呑み友達に藤本直子がいる。小学校の同窓生であるマリンバ奏者Mとの呑み会で面識を持った女性ピアニストである。以来、小学校の同窓生たちとの呑み会にしばしば参加してくれる。いまや同窓会関係の呑み会では欠かせない存在である。そんな彼女が近々コンサートをもよおす。相方とのピアノデュオで題して「Piano Duo Concert〜2台のピアノによる〜」である。日時は2009年12月5日(土)17:00開演(16:30開場)。場所はけいはんなプラザメインホール。全自由席。入場料は前売り1000円/当日1500円。この場を借りて宣伝させていただきます。
ラベル:ピアノ
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2009年07月24日

ストーカー?

19日は小学校の同窓生らと家呑みに興じた。そのときのことは7月20日の日記に記した。宴席上、私はしばしばN部長の家の前を通り過ぎることを話した。歩くことを趣味としている私は近鉄奈良駅あたりまでなら歩いて出掛けることが多い。経路の都合上、どうしてもN部長の家の前を通らなければならない。そのたびにいつもN部長の実家に目をやる。実家のベランダにはTシャツが干されていることが多い。ああ、N部長のTシャツだな。そう思いながら通り過ぎる。N部長は家にいるのだろうか。それともデートに出向いているのだろうか。ひょっとするとお得意のB級グルメツアーを敢行しているのだろうか。そんなことを思いながら通り過ぎることもある。たぶん、そういったことを考えているときの私の顔はにやけているはずである。そんなことを話しているとN部長からは「まるでストーカーやな」と手厳しく批評されてしまった。しかし、N部長の家の前を通らなければならないにもかかわらず、家から敢えて目をそらすことの方が不自然ではないか。N部長のことを考えまい、考えまい、と思い続けながら通り過ぎる方が怪しいではないか。N部長のストーカー発言に対して私はそのように反論したものである。愉快だったのは、その話の直後、N部長が「この前、たっちゃんの実家の前を通ったで。実家をリフォームしたっていうから見に行った」と口にしたことである。それこそまさしくストーカーではないか。私たちはいわゆる「アラフォー」と呼ばれる年齢である。まったくもっていい大人がお互いにいったい何をやっているのでしょうか。ストーカーごっこ?仲良きことは美しきかな、である。
ラベル:リフォーム
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2009年07月20日

同窓生たちと。

今夜は家呑みであった。出席者は小学校の同窓生のN部長・MT・マリンバ奏者のM、それにN部長の知人のF、マリンバ奏者Mの友人のFおよびDであった。今夜は手巻き寿司といももちを作った。手巻き寿司を作るのは1年ぶりである。寿司酢の分量をすっかり忘れてしまっており、せっかく固めに炊いたシャリにあまり寿司酢の香りが漂わなかった。大いに心残りである。それにしても良く呑んだものだ。さまざまな話題で盛り上がった。なかでも、今回はMTの話が面白かった。やはりMTはキュートである。そして、その日常の行状を知れば只者ではないことがわかる。今年中にみんなで一緒に旅に出掛けたいものである。
ラベル:小学校 同窓生
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2009年05月12日

同窓会の打ち合わせ。

今日は朝から仕事を続けた。昼前、昼食がてら新大宮へ出向く。新大宮のファミレスにて小学校の同窓会の打ち合わせがおこなわれた。集まったメンバーはA+MR+YH+KRである。MR・YH・KRの3人とは3月の集まりに顔を合わせた。Aとは8ヶ月振りである。今後の運営のあり方、幹事の役割分担の他、次回の同窓会の日時などについても話し合った。一定の前進を見たので満足である。今回、出席が叶わなかった幹事たちに対しては、後日、私から要点をまとめたメールを送ろうと思っている。このブログを覗いている本日不参加の幹事諸氏よ、しばしお待ちあれ。
ラベル:同窓会
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2009年03月16日

同窓会の打ち合わせ。

先週の金曜日から猛烈に忙しかった。連日、呑んだり、食べたり、早朝から出勤したりでさすがにくたびれた。身体の節々も痛い。昨夜はベッドに入った次の瞬間には眠りに落ちたようである。泥のように眠り続けた。今朝は午前10時前に起床した。今日の日中は小学校の同窓会の打ち合わせがあった。新大宮の某ファミレスに幹事有志が集った。メンバーは主婦のO・K・MとMの子ども、生駒在住のY、マリンバ奏者のM、私の総勢7名である。このメンバーで顔を合わせるのは半年前の同窓会以来である。みんな、元気そうである。4日連続の日夜の宴席でアルコールが完全には抜け切っていない私だけ、頭が働いていないような状態だった。女性陣がワイワイいいながら話し合いをどんどん進めてくれたので大いに助かった。彼女たちが真剣に話し合っているとき、私は私の真正面にすわったMの子どもと時折にらめっこをしたりして遊んでいた。次回の打ち合わせ時期はゴールデンウィーク明けだろうか。とにかく定期的に集まって近況報告をおこなったり、雑談をしたりすることは良いことだ。こういう輪が広がってゆくところに同窓会の醍醐味がある。
ラベル:小学校 同窓会
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2009年01月28日

同窓生たちと。

“seve”(奈良市西寺林町19-1) に集ったのは小学校の同窓生である。おなじみのN部長やマリンバ奏者のM嬢をはじめとして看護士のI嬢や生駒在住のYH嬢である。さらに今回はM嬢の音楽仲間F嬢(ピアニスト)も加わった。今回の会でもっとも盛り上がった話題はYH嬢の一件である。YH嬢から提供された挙動不審な某氏の話題は私にとって真っ先に飛びつきたくなるようなネタである。落ち着きのない挙動不審な人物が数多く登場するドストエフスキーの作品をこよなく愛する私にとって、某氏はまさしく羨望の的である。現時点ではこれ以上の詳細を公表することが出来ない。それが何とももどかしい。来月以降の展開を心の底から待ち望みたい。
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2008年12月15日

同窓生たちと。

20081215-2.bmp

家呑みに加わったのは小学校の同窓生である。早めにやって来たYH嬢にはコンロのボンベを買いにいってもらったり、米を研いでもらったりした。元気そうで何よりだ。暖かくなったらYH嬢を連れ出してみんなでハイキングに出掛けようか。そう話し合っている。今回、MTはチビっ子2人を連れて参加してくれた。上の男の子は甥っ子のシュンと同じ小学3年生。私の仕事仲間Sの娘と同じ学校のクラスメートである。下の女の子は小学1年生。はじめのうちは持参したケンタッキーのフライドポテトやポテトチップスなどを摘まんでいた。鍋には関心がないかのように見受けられた。しかし、思わず口にしたカニの美味さに魅了されたのであろう。母親であるMTにカニを解体させて自分たちはせっせと中身を口に運んでいた。解体中、中身がはじけてMTの顔や髪の毛に飛び散った光景は大いに笑いを誘ったものである。MTらしさにあふれた愉快なシーンだった。マリンバ奏者のM嬢は岡山での演奏を終えてから駆けつけてくれた。白菜や長ネギなどはすべてM嬢の自宅で採れたものである。特に白菜は甘くて美味しかった。それだけでも充分に有り難い。それにもかかわらず、M嬢からは差し入れとして白十字のワッフルを頂戴した。来週、私も岡山に出掛ける。自宅への土産に白十字のケーキでも買って帰ろうかと思っている。カニを持参してくれたのは毎度お馴染みのN部長である。わざわざ香住までカニを買いにいってくれた。感謝!感謝!である。N部長もまた自宅で焼いた手作りのパンをたくさん持って来てくれた。上に掲載した写真はN部長からいただいたパンの数々である。これには一同大喜びである。その他にもN部長の友人としてFが参加した。KMが風邪をこじらせたり、MRの子どもが怪我をしたり、I・O・F・Tが所用で来られなかったり、参加者は当初の予定よりも少なかった。しかし、充分に盛り上がった。次に今回のメンバーが顔を揃えるのは、今月26日、M嬢のプライヴェートスタジオで開かれるクリスマスコンサートである。終了後の酒宴ではN部長が手作りのサンドイッチを持参してくれるという。いまから楽しみである。当日は甥っ子のシュンを連れてゆこうかと考えている。
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2008年11月15日

同窓生たちと。

今回の参加メンバーは先週に引き続いて小学校の同窓生である。“紅爐餐廳”にはいつものN部長やM嬢(前川典子からのリクエストによる)のほかにもツッチーと「木村拓哉似」(本人談)の藤岡博人(実名掲載許可済み)が集った。ツッチーや藤岡博人と顔を合わせるのは9月14日におこなわれた小学校の同窓会以来である。当初の予定ではH坊も参加するはずだった。しかし、藤岡博人が何度か電話を入れたにもかかわらず連絡がつかなかった。私の方からも連絡を試みた。しかし、応答は留守電のままだった。“紅爐餐廳”の店内は確かに携帯電話の電波が届きにくい。連絡がとれなかったのはそのせいだろうか。とにかくH坊とは日をあらためて一杯やりたいと思っている。宴の途中から仕事帰りのFチャも合流した。Fチャは同窓生ではない。しかし、N部長宅で開かれたサンドイッチパーティーに参加してくれたおかげでN部長やM嬢とはすでに顔馴染みである。Fチャと私は2人で紹興酒のボトル1本をほとんど呑み干した。呑み足りない私たちはさらに2次会で日本酒に手を出してしまった。それでもまだまだ呑み足りなかった。それだけ心地良い酒席だったということだろう。I嬢およびI嬢の仕事仲間と合流したのは“紅爐餐廳”を出た後だった。I嬢とその仲間たちは梅田での職場の歓送迎会に参加した帰りだった。I嬢は私たちの2次会に付き合ってくれた。しかし、こちらの不手際でI嬢の仲間たちとは酒を酌み交わす機会を逸してしまった。申し訳ない限りである。近いうちにI嬢とその仲間たちをメインにした呑み会を開こうと考えているところである。
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2008年11月08日

同窓生たちと。

えとね”(奈良市富雄元町2-5-25明光富雄ビル102号)に集ったのは小学校の同窓生である。お馴染みのN部長と前川典子、それにI嬢とYH嬢である。いつものように四方山話に明け暮れた。今回、参加者の注目を一身に浴びたのはI嬢である。私がトイレから戻って来たときのこと。I嬢がいきなりFに電話をかけはじめた。なぜFはこの場にいないのか。これから富雄まで呑みにいらっしゃい。I嬢は電話の向こうのFに対してそう叱っていた。完全な酔っ払い状態である。どうやらワインを呑みすぎたようである。電話の向こうのFもさぞかし困惑していたことだろう。I嬢は次の“そう吾” (奈良市富雄元町2-5-20富雄プラザ)でもカクテルを呑み続けた。そして、眠り込んだり、眼をさましたりを繰り返していた。大丈夫か。帰りの電車のなかで訊ねた。大丈夫、大丈夫。I嬢はそういっていた。しかし、呂律がまわっていなかった。ちゃんと自宅まで帰れたのであろうか。少し心配である。
ラベル:富雄
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2008年10月28日

後輩のブログ。

行政書士Wは大学院の後輩である。私が大学院を修了したのは1996年3月である。翌月から大学で働きはじめた。私と入れ替わるようにして大学院に入って来たのがWだった。Wが大学院に入って数ヶ月がたった頃ではなかろうか。勤務が終わった後、Wを酒に誘った。どういう経緯で酒に誘ったのか。それは忘れた。しかし、それ以来、ちょくちょく酒を酌み交わした。あれから十年以上の付き合いになる。まことに不思議な縁である。Wにブログを勧めたのは今年の早春だった。それから数ヵ月がたったある日のこと。Wはブログをはじめた。しかし、私にはなかなかブログのアドレスを教えてくれなかった。何故だったのだろう。いまだにその理由をはかりかねている。先日、時間の空いた折にようやく見つけた。仕事以外の趣味や日常がひっそり書き込まれているようである。今後、どのような文章が書き継がれるのであろうか。楽しみである。

行政書士の非日常
http://ohsakai.seesaa.net/
ラベル:大学院 後輩
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2008年10月20日

同窓生たちと。

N部長宅でのサンドイッチパーティーに参加したのは前川典子・MT・MR・MRの子どもRとN・YH嬢・I嬢・M嬢・Fチャそれに私である。N部長を含めると総勢11名の一大勢力である。しかも、私とN部長以外はすべて女性である。未婚者もいる。既婚者もいる。その大半は小学校の同窓生で占められていた。前川典子やMTとはこれまでにもしばしば一緒に呑んでいる。我が家で7月に開かれた家呑みのメンバーである。YH嬢とMR、そしてMRの子どもたちは初参加組である。N部長宅に集合したばかりの頃、MRの子どもたちは借りて来た猫のように大人しかった。しかし、N部長が猫を飼っているのを知ってからは俄然元気が出て来たようだ。猫を追い駆けたり、2階のベランダに設けられた天窓から階下を覗いたり、手を振ったりしてチビっ子らしさを発揮していた。YH嬢は、近頃、健康に気を遣っているという。良いことだ。YH嬢のために来年あたりハイキングを企画してみようか。9月に開かれた同窓会のことは9月15日の日記に記した。同窓会を除くと、I嬢と呑むのは6月14日の宴席以来である。そのときのことは6月15日の日記に記したとおりである。大阪から奈良に引っ越して来たI嬢とは、今後、酒宴をともにする機会が増えそうだ。M嬢とFチャは同窓生ではない。M嬢はN部長の、Fチャは私の知人である。Fチャと京橋で呑んだのは10月11日だった。そのときのことは10月12日の日記に記した。宴席の帰り道、サンドイッチパーティーに誘った。Fチャならば何の違和感もなく同窓生の輪に入ることが出来るのではないか。そう思ったからである。結果はこちらの予想したとおりだった。M嬢とははじめて顔を合わせた。笑いのツボが常人とは少しずれている。不敵な笑みを浮かべながらときどきさらりと毒舌を吐く。宴席の終盤、FチャとM嬢が『ゴルゴ13』の作者と国境なき医師団との秘められた関係について話し合っている光景は実に珍妙だった。今回の家呑みでははじめて同窓生以外の参加が叶った。こうやって人と人との輪が少しずつ広がってゆくのは愉快である。次回は大阪での呑み会であろうか。我が家での鍋パーティーも予定されている。年末には前川典子の音楽スタジオ『かまぼこ』でのパーティーも予定されている。これらも楽しみである。終宴後、前川典子・I嬢・N部長そして私の4名で呑みなおした。向かった先は新大宮のおでん屋“分田上”(奈良市大宮町6-7-1カイモトビル1F)である。店を出たのは午後10時半だった。4人で酒を酌み交わしていると、先に帰ったMTとFチャからそれぞれメールが届いた。MTとFチャは帰りの電車を乗り間違えたという。パーティーの成功に気を良くしたのであろう。N部長はひどく酔っ払っていた。
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2008年10月04日

同窓生たちと。

“大黒屋”(奈良市大宮町6-4-13コーポオオミヤ1F)で一緒に呑んだメンバーはN部長とOである。いずれも小学校の同窓生である。前回、N部長やOと酒を酌み交わしたのは3月7日だった。そのときのことは3月8日の日記に記した。あれから半年以上の時間が流れている。そんなに時間が流れていたのか。そのことが不思議に思われた。9月14日に第2回の同窓会が開かれた。そのときのことは9月15日の日記に記した。1次会にはN部長も出席した。Oも出席してくれた。しかし、Oは2次会に参加することが叶わなかった。2次会で誰がどのような話に興じていたのか。誰のどのような話題で盛り上がったのか。酒を呑みながらそういったことをOに説明した。仕事のことも話題にのぼった。困ったのは、終宴間際、N部長から恋愛ネタをふられたことである。唐突なネタふりにどう答えれば良いのやらしどろもどろになってしまった。普段、饒舌を得意としているだけに「不覚である」「やられた」というのが本音である。N部長、恐るべし。N部長の問いに私がどのように答えたか。それはオフレコにしておこう。刑事コロンボの「うちのかみさん」のような存在も悪くはない。次回の呑み会は19日におこなわれるN部長宅でのサンドイッチパーティーである。そろそろ正式に参加メンバーを募らなければならない。こちらも楽しみである。
ラベル:新大宮 同窓会
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2008年10月01日

小学校の同窓会追記事項3

9月18日の日記の続きである。今回は着替えの話である。同窓会の2次会は夕刻からはじめられた。集ったのは男女あわせて十数名だった。その席上、女子生徒の更衣室を覗き込んだ男子生徒のことが話題に上った。誰がいい出したのであろうか。そのあたりのことははっきりしない。そんな出来事があったことすら憶えていない。私が女子更衣室を覗いた同窓生の話題を聞きながら思い出したのは一人の女子生徒の着替えの場面だった。小学5年のときではなかっただろうか。体育の授業が終わった後、運動場から校舎へと真っ先に走って帰る女子生徒がいた。某女である。某女はなぜ一目散に校舎へ戻ってゆくのだろう。私にはいつもそれが不思議だった。ある日のことである。体育の授業が終了した。いつものように某女は駆け出した。何を思ったか、私もまた駆け出した。某女が真っ先に校舎へ戻る理由を何が何でも突き止めてやろう。そんな思いがはっきりとあったわけではない。あたかも某女に引っ張られるように私もまた校舎へ走りはじめたのである。さいわい某女は私が追い駆けて来ていることに気付いてはいないようだった。下駄箱で靴を履き替えた某女は駆け足のまま階段を上りはじめた。一段飛ばしでどんどん上ってゆく。続いて私も階段を駆け上った。私たちの教室は校舎の3階にあった。3階まで上り切った某女は廊下を駆け抜けた。私もまた廊下を疾走した。予想外だったのは某女がどこにも立ち寄らず教室に飛び込んだことである。真っ先に校舎に戻るのはトイレを済ませるためではないのか。私はてっきりそう思い込んでいた。それだけに某女がトイレには目もくれず教室に飛び込んだことは意外だった。某女が教室に飛び込んでから数秒後、私も教室に飛び込んだ。目に入ったのは胸をあらわにした某女の姿だった。某女は体操服から制服に着替えようとしていた。ブラジャーはつけていなかった。胸は小振りながらもすでに発達をはじめていた。同じ年代の女子生徒と比べて大きい方である。私は某女が真っ先に教室に駆け込む理由をようやく理解した。某女は他の同級生に自分の胸のふくらみを知られたくなかった。だからこそ、真っ先に教室に舞い戻り、着替えを済ませていたのである。見てはいけないものを見てしまった。咄嗟にそう思った。他の生徒はまだ教室に戻って来てはいなかった。教室には私と某女との二人きりである。裸を見られた某女から抗議を受けたのか。それに対して私がどのように受け答えをしたのか。いずれも記憶にない。記憶にないということは何の抗議も受けなかったのではなかろうか。某女は私の存在など無視するかのようにさっさと着替えを済ませたのかも知れない。私の方も素知らぬ顔をして着替えをはじめたのかも知れなかった。しかし、このときの体験は私にとってあまりにも鮮烈だった。女性はある時点から胸がふくらみはじめるものなのだ。男性とは肉体上の違いがあるのだ。このときの体験が私に男性と女性との違いを教えてくれたのである。何ともお粗末なエピソードである。女子生徒の更衣室を覗き込んだ男子生徒の武勇伝とは比較にならない。しかし、私にとって、某女といえば、このときの出来事が真っ先に思い浮かぶ。某女はこの日の出来事を憶えているだろうか。某女は先日の同窓会には出席していなかった。
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2008年09月18日

小学校の同窓会追記事項2

9月17日の日記の続きである。遠泳では一人の落伍者も出なかった。そのように記憶している。事前に聞かされていた話では、和田海水浴場の東の端から西の端までの距離は1キロメートル。したがって、私たちは1キロメートルの距離を泳いだことになる。良くがんばった!遠泳を終えた後、先生方からはそういったねぎらいの言葉をいただいた。その日の夜は宿泊先である青戸園の庭でフォークダンスや花火大会などをもよおしたように思う。臨海合宿最大のイベントを無事に終えた私たちは達成感に満ちあふれ、大いに騒いだものである。しかし、衝撃的だったのは私たちが泳いだ距離が先生方から聞かされていたよりもはるかに短かったことである。今回、本稿を綴るに当たり、念のために地図で実際の遠泳コースを確認してみた。すると東の端から西の端まで500メートルほどしかない。そのことに気付いた。私たちの泳いだコースを沖の方へ向けて極端に張り出したとしてもせいぜい700メートルである。これには驚かされた。私たちは先生方の話を信じてすっかり1キロメートルの距離を泳ぎ切ったと思い込んでいた。公式=1キロメートルと現実=700メートル。この落差をいったいどう解釈するべきだろうか。遠泳という一大イベントを成し遂げた私たちに対する先生方の思いやり。そのように受け止めておくべきなのか。それが大人として成長した私たちの先生方に対する礼儀なのであろうか。とにかく今回の発見は非常に大きなショックだった。ショックといえば“命綱”の仕組みも同様である。遠泳の際、私たちは腰に長い“命綱”を巻いた。もしも溺れそうになったとき、ボートで併走する先生方が溺れそうになっている生徒の腰に巻かれた綱をつかむ。そして、ボートの上まで引き上げる。救助のための“命綱”である。問題は個々人が腰に巻きつけた“命綱”が一つにつながっていたかどうかという点である。それぞれの“命綱”は別の長い一本の“命綱”に結び付けられていたはずである。すなわち、私たちはボートで伴走する先生方に手綱を握られた鵜のような状態で遠泳をおこなった。私はすっかりそう思い込んでいた。しかし、先日の同窓会の席上、そのことを話すと何人かの同窓生からきっぱり否定された。男からも否定された。女からも否定された。“命綱”はつながっていなかった。一人一人の“命綱”がお互いに連結することなく水面を漂っているだけだった。彼らはそのように主張した。これには参った。小学校の同級生MTと自宅で“家呑み”を楽しんだのは7月19日である。そのときにも当時の遠泳体験が話題に上った。MTは“命綱”の存在を忘れていた。私は自分の記憶する“命綱”の構造を得意になって喋った。そして、MTの忘却をさんざんやり込めた。そのときのことは7月20日の日記に記した。7月20日の日記では「そのことを話すとMTはひどく驚いていた。いま明かされる衝撃の真実。そういったところだろうか」と皮肉交じりに綴っている。しかし、「いま明かされる衝撃の真実」は私にも当てはまる。“命綱”の存在を忘れていたMTをやり込めた私自身も“命綱”の仕組みをすっかり誤解していたのである。五十歩百歩とはまさしくこのことである。MTに申し訳ない。先日の同窓会にMTは出席していなかった。次回、MTに会ったら謝っておかなければならない。記憶とは不思議なものだ。記憶が迷宮としての魅力をたたえていることをあらためて認識させられた。
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2008年09月17日

小学校の同窓会追記事項1

9月14日に小学校の同窓会が開かれた。そのときのことは9月15日の日記に記した。今回は追記事項である。是非とも書き残しておきたいことがある。その一つに遠泳の話がある。同窓会の席上、遠泳体験が話題に上った。1次会を終えた後、喫茶店で談笑しているときだった。同様の話題は2次会の終盤にも持ち上がった。遠泳は2泊3日の臨海合宿の一環としておこなわれた。小学6年の夏のことである。合宿先は若狭湾に面した青戸園。出発当日は奈良県庁前に集合した。県庁前からクラスごとにバスに乗り込んだ。バスは琵琶湖西岸を北上。近江今津を経由して若狭に入った。荷物を置くとすぐに近くの和田海水浴場へ向かった。遠泳は2日目におこなわれる。初日の水泳学習は翌日の本番にそなえて海に馴染むことを目的としていた。遠泳は、予定どおり、翌日に敢行された。出発地点は和田海水浴場の東の端である。そこから沖に向かって弧を描くようにして進む。そして、途中から軌道を海岸の方へと反転させる。終点は海水浴場の西の端である。私たちは幾つかの班に分かれて一列に泳ぎはじめた。ボートで併走する先生方が、時折、私たちに声援を送る。最初は充分に立てるくらいの浅瀬を泳いだ。しかし、やがて足の立たない地点までやって来た。ここからが正念場である。水底の青々とした海藻の群れが足に絡みつきそうで無気味に感じられた。目の前を泳ぐ同級生がもがくように必死になって泳いでいる。もがけばもがくほど沈んでゆく。そんな悪循環にとらわれているような泳ぎ方だった。さらに前方に眼をやった。海岸の向こうに富士山のような山が見えた。沖へ向かって弧を描いていたコースはやがて海岸側に向かって曲がりはじめた。しばらくすると足の爪先に砂の感触が伝わって来た。すでに足の届くところまで戻って来ている。咄嗟にそのことを悟った。私の前を泳ぐ同級生は相変わらずもがくように必死に泳いでいる。足の届くところまで戻って来ていることにまだ気付いていないようである。水深が首の付け根のあたりまでしかないことを確認した次の瞬間、思わず泳ぐのをやめてしまった。後は水中を歩いて海岸まで向かった。しかし、ボートの上から声援を送る先生方の手前がある。腕だけを伸ばして水を掻き続けていた。ぜんざいだっただろうか。ジュースだっただろうか。上陸後、待ち受けていた先生方から何かを振る舞ってもらったように記憶している。こうして私たちの遠泳は終わりを告げた。(次回に続く)
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2008年09月15日

小学校の同窓会。

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昨日は小学校の同窓会だった。会場は近鉄奈良駅前の“和ダイニング花小路”(奈良市小西町23)である。開宴時刻は午前11時。朝から大阪まで出向く用事が出来た。用事を終えて奈良までとんぼ返りをした。おかげで近鉄奈良駅に到着したのは午前10時40分。すでに幹事数名が集って受付作業がはじめられていた。私も幹事の一人である。本来、幹事の集合時刻は午前10時である。用事が出来たということで遅刻を許してもらっていた。当時の担任の先生方をふくめて同窓生20名程度が出席をした。そのほとんどが昨年末の同窓会に出席したメンバーである。前川典子やN部長のような常連組のほかにも、昨年の同窓会の後、日を改めて一緒に呑んだOやIも出席をした。今回、もっとも眼を惹いたのははじめて参加する同窓生たちだった。YHもその一人である。YHとは幼稚園時代からの幼馴染である。YHの母親と私の母親とは仲が良い。KRの母親と連れ立ってしばしば一緒にランチに出掛ける。ランチと称して昼間から酒を酌み交わすこともある。YHと顔を合わせるのは小学校の卒業以来である。しかし、母親を通じて日頃からYHの動静に接しているせいだろう。久し振りの再会であるという感慨はわき起こらなかった。当時、悪童の一人だったNSも初参加組の一人である。NSとは同じクラスだった小学1・2年のときに良く遊んだ。性格は当時とまったく変わっていなかった。今回の同窓会で一番盛り上がっていたのはNSではなかろうか。旧友との再会を心の底から楽しんでいる様子だった。この春、金沢から引っ越して来たKMは子ども連れだった。先月、KMの子どもHとKとザリガニ採りに興じた。そのときのことは8月8日の日記に記した。HとKと顔を合わせるのはそのとき以来である。乾口くん、また髪の毛が伸びたねぇ。Kからはそう指摘をされた。髪の毛を切りに行く時間がないのだ。Kにそう答えた。HとKはテーブルに盛られた料理をたらふく食べていた。満足したのであろう。お腹を叩きながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。午後1時半終宴。午後4時から近くの“つのふり”(奈良市角振新屋町1-1AD友楽ビルB1)で2次会が開かれた。2次会からの参加組もいた。幹事Aは大役を終えてホッとしたのであろうか。酒が過ぎて酩酊していた。良く呑み、良く喋り、笑いあった一日だった。
ラベル:同窓会 小学校
posted by 乾口達司 at 21:08| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

同窓会のスピーチ草稿。

明日は小学校の同窓会である。昨年に引き続いての開催である。昨年は12月29日に開かれた。はじめての同窓会だった。四十名近い同窓生が出席した。当時の担任の先生方9名も全員出席された。開催の数日前になり、急遽、出席していただいたことに対する先生方への謝辞を述べることになった。以下の文章はそのときに述べた謝辞の全文である。先日、パソコンのファイルを整理しているときに見つけた。明日の同窓会に先立ち、景気づけに掲載しておこう。

× × × × × × × × × × × × × × × × × ×

本日は御多忙中にもかかわらず御出席を賜りまして、厚く御礼申し上げます。はじめての同窓会ということもあり、いたらぬ点もあったかとは思いますが、どうか御容赦下さい。

今日は久方ぶりに先生方とお会いする機会に恵まれ、充実したひとときを過ごすことが出来ました。これ以上の喜びはありません。しかし、充実していたからこそわき起こって来るのは、同窓会とは過去へと時間をさかのぼり、昔は楽しかった、あの頃は若かったと懐かしむためにだけあるのではないのではないかという思いです。

今日、私たちは先生方や同級生たちと語り合うなかで、小学生のときの私たちがどのような学校生活を送っていたのか、先生方がどのような思いで私たちを指導して下さっていたのかをあらためて知ることが出来ました。それは自分という存在を、先生というかけがえのない存在を再認識・再発見したことを意味します。発見は未来に向けた力です。同窓会とは単に過去を懐かしみ、過去に生きるためにだけあるのではありません。いまだ知られていない過去を発見することにより、現在の私たち自身を未来に向けて羽ばたかせてゆくためにあるのではないでしょうか。

時間とは不思議なものです。心に期することなく黙って見送るだけでは一瞬にして流れ去り、消えてしまいます。しかし、今日、この場所に集ったという事実を心のなかに刻み込み、創造的に発展させてゆくならば、今日という時間は私たちにとって輝かしい未来の礎となります。私たちは新たな未来を求め、築いてゆくため、近い将来、ふたたび同窓会をもよおすことでしょう。そのときはどうか私たちのわがままをお聞き入れ下さり、未来に向けられた輝かしいひとときをともにお過ごしいただければ幸いです。

暗闇のなかを手探りしながら歩いているような昨今の世の中ですが、遠い夜空を見上げて思うのは、あの懐かしい学び舎です。見果てぬ夢を追い続ける日々のなかで思い出されるのは、先生方の厳しくもやさしいあの眼差しです。懐かしい学び舎が、そして何より先生方がこの暗い夜道を照らして下さっていたからこそ、私たちはここまでやって来ることが出来ました。そして、この灯はいまもなお私たちを照らし続けてくれています。どんなに遠く離れていようとも先生方は私たちの灯です。この想いある限り、この命ある限り、私たちはいつまでも先生方との絆を確かめながらこれからの人生を歩んでゆくことでしょう。次にお会いするその日までどうかお元気でいて下さいますように。ときには私たちを叱り、ときには励まして下さいますように。

私たちのこの想いを先生方に送り届け、御礼の言葉と代えさせていただきます。

2007年12月29日 同窓生代表・乾口達司
posted by 乾口達司 at 21:16| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

チビっ子たちとザリガニ採り。

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今日は終日オフである。朝から奈良まで出掛けた。シュンの水泳教室は今日が最終日である。シュンの習いたてのクロールを観覧した。シュンのフォームはこれまで限りなく犬掻きに近い状態だった。シュンを奈良県浄化センター公園内のファミリープールに連れていった。そのときのことは7月30日の日記に記した。そこでクロールをみっちり教えた。さらに今週からはじまった水泳教室でも先生が粘り強く教えた。おかげでクロールのフォームが定着したようだ。息継ぎも難なくこなせるまでになった。そのことは大いに褒めてやりたい。あとは如何にして25メートルを泳ぎ切るか。持久力の保持がこれからの課題であろう。昼食はミスタードーナツで買い求めたドーナツ4個だった。息継ぎが出来るようになった御褒美である。午後からは小学校の同級生KMとその子どもHとKが実家に来訪した。KM・H・Kと顔を合わせるのは7月19日以来である。7月19日はKM一家・N部長・前川典子・MTと我が家で“家呑み”だった。そのときのことは7月20日の日記に記した。HとKはザリガニ採りにチャレンジしたいという。KM・H・Kが実家に姿を現したのは午後2時半過ぎだった。HとKはやる気満々の表情である。網とケース、スルメを結び付けた棹を手にした。目指すは世界遺産・平城宮跡である。シュンも同行した。シュンはHとKにとってはザリガニ採りの先達である。竿に結び付けたスルメを泥水で濁った側溝に垂らした。ザリガニは次々と釣り上げられた。食いつきの良いザリガニたちである。妹のKの方が巧く釣り上げるようである。短い手製の竿で吊ろうとしたせいだろうか。お兄ちゃんのHはなかなか1匹目を吊り上げることが出来なかった。Hにも何とか釣り上げさせてやりたい。そう思って口喧しく指導した。私とHとのやりとりのなかにシュンが割り込む。通りすがりの老人たちも声をかけて来る。おかげで騒々しいザリガニ採りと相成った。クサガメを釣り上げたことも収穫だった。後半はクサガメ釣りに終始した。KM一家は明日から帰省の旅に出掛けるという。関西への帰還は今月下旬であろうか。無事の帰還を心から望む。
posted by 乾口達司 at 18:40| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

同窓会の打ち合わせ。

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昨夜は小学校の同窓会の打ち合わせだった。近鉄奈良駅噴水前に集合したのは午後7時。集まったのはN部長と前川典子だった。N部長・前川典子と呑むのは7月19日以来である。7月19日はMTやKN一家を交えて我が家で呑んだ。7月20日の日記に記したとおりである。仕事で遅くなったAは午後8時過ぎに合流した。北海道から一時的に帰省していたTをかこんで宴席が持たれたのは7月14日である。そのときのことは7月15日の日記に記した。今回もそのときと同じ“楽や”(奈良市東向南町23東向商店街おかしのまるしげ2F)に集った。同窓会の打ち合わせはとどこおりなく進んだ。9月14日の開催が正式に決まったのも収穫である。開催まであと1月と少ししかない。今月下旬から来月上旬にかけては準備でバタバタしそうだ。次に仲間が集うのはN部長宅でのサンドイッチパーティーであろうか。開催時期は8月下旬か、それとも9月上旬であろうか。とにかく次回は同窓会の前哨戦になりそうである。N部長、よろしくお願いします。
ラベル:小学校 同窓会
posted by 乾口達司 at 22:07| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

暑中見舞いとリクエスト。

大学時代の同窓生Sからメールが届いた。数日前のことである。暑中見舞いの挨拶だった。Sとは4月15日の日記に登場する「女子学生S」のことである。今年からブログをはじめた。返信でそのことを書き添えた。ブログを拝見した。後日、Sからふたたびメールが届いた。相変わらず自由を謳歌しておりますなぁ。ブログを見たSの感想である。Sは私のブログのカテゴリーに「料理」があることに驚いた様子だった。無理もあるまい。私が料理を作りはじめたのは昨年からである。学生時代、Sに手料理を振る舞ったことなど一度もない。代わりにSからは御自慢の手料理を振る舞われてばかりだった。当時からは考えられない劇的な変化である。キミは“幸せ料理研究家”にでもなるつもりなのか。そう問われた。“幸せ料理研究家”という文言には笑わされた。相変わらず言葉遣いの巧みなやつだ。Sは短歌を作っていた。Sの作品は某新人賞の候補作にも推されたはずである。そのせいだろう。言葉遣いの巧みさは学生時代からのSの特技の一つだった。Sからは4月15日の日記に記された「女子学生S」の頭に「美人」と付け加えるように要請された。しかし、Sもいまではすっかりオバタリアンである。かつての恋人もいまではオバタリアンなのである!月日の流れは何とも残酷だ。頭に「美人」と付けるか、付けざるべきか。あるいは「元美人」と付けるべきであろうか。思案のしどころである。
posted by 乾口達司 at 23:03| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

カブトムシ贈呈。

“家呑み”に加わったのは小学校の同級生である前川典子とN部長、MT、KMおよびKMの御亭主氏とその子どもHとKである。N部長とKMの御亭主氏をのぞけば、5月3日、西大寺で一緒に呑んだメンバーである。そのときのことは5月4日の日記に記した。2ヶ月半ぶりの酒宴である。今回、このメンバーで集ったもっとも大きな理由はMTとKMの子どもたちにカブトムシを贈呈することにあった。カブトムシを飼育していることは6月18日の日記に記した。前回、西大寺で呑んだとき、カブトムシが話題に上った。幼虫から飼育している。6月には成虫になるだろう。成虫となった暁にはみなさんに贈呈しましょう。MTとKMの子どもたちにそう宣言したのであった。MTとKMの子どもたちは飼育ケースを持参した。オスとメスをそれぞれ贈呈した。うちの子ども、喜ぶわぁ。MTはそういって喜んでいた。KMの子どもたちは大はしゃぎである。会食の途中、HとKは何度も飼育ケースをのぞきに出掛けた。カブトムシのことが気になって仕方がないようである。彼らからすれば、われわれのように悠長に談笑をしている場合ではなかったのであろう。こちらとしては贈呈したかいがあったというものだ。カブトムシ以外にもさまざまな話題で盛り上がった。7月14日にもよおされたTの酒宴も話題になった。同級生KとNの話にもなった。恩師Sの暴力教師ぶりも話題になった。小学6年の夏、若狭湾でおこなわれた遠泳の思い出についても話し合われた。生徒はボートで伴走する鵜匠(教師)に手綱を握られた鵜のような状態で遠泳をおこなった。MTももちろん遠泳に参加した。しかし、MTはその仕組みを知らなかったようだ。そのことを話すとMTはひどく驚いていた。いま明かされる衝撃の真実。そういったところだろうか。KM一家は午後9時過ぎに帰った。その後、残りのメンバーで午後11時前まで呑み続けた。大いに盛り上がった。来月の会食ネタはN部長のパン教室であろうか。それもまた楽しみである。
posted by 乾口達司 at 00:38| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

北の国から。

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14日は午前6時に起床した。昨夜の宴席で出た生ゴミをまとめた。部屋の後片付けをおこなった。掃除もした。今日は終日オフである。昨夜の疲れをいやそう。そう思った。昨夜、生駒市の音の花温泉が話題に上った。久し振りに行ってみよう。外出の準備をして自宅を飛び出した。音の花温泉まで歩いていった。軽い二日酔いである。途中でくたびれないかと心配した。しかし、何とか1時間半の距離を歩きとおすことが出来た。温泉につかった。極楽である。露天風呂の脇に設けられた寝椅子で昼寝をした。身体が冷えると温泉につかった。その繰り返しである。おかげで体調は完全に戻った。帰りは近鉄東山駅から電車を利用した。一度、自宅に戻った。それからふたたび電車に乗り込んだ。近鉄奈良駅に到着したのは午後7時過ぎのことだった。噴水前で小学時代の同級生と落ち合った。今回は、現在、北海道に住んでいるTをかこんでの宴席だった。Tは先週から奈良の実家に帰って来ているようだった。文字通り、北の国から、である。噴水前に集ったのはTとA、それに私のブログにもたびたび登場するN部長である。Aが予約した“楽や”(奈良市東向南町23東向商店街おかしのまるしげ2F)に入った。まずはビールで乾杯した。後はそれぞれの好みに分かれた。私は明日の仕事のことを考えて梅酒のソーダ割りにした。実に珍しいことである。AがHとT嬢に連絡をとった。会の途中でHとT嬢も加わった。AとN部長をのぞくと、いずれも昨年末におこなわれた同窓会以来である。同窓会からもう半年以上が過ぎた。早いものだ。T嬢のはじけっぷりは相変わらず素晴らしかった。前日の疲労が残っていたのかも知れない。途中から急に眠くなりはじめた。いつまでも呑んでいたい気分だった。しかし、このままでは寝てしまう。11時過ぎ、彼らと別れて帰宅した。翌日、Aからメールが届いた。Aたちは午前3時頃まで呑んでいたようだ。大した連中だ。
ラベル:同窓会 北海道
posted by 乾口達司 at 22:47| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

30年振りの再会。

“カルメシ茶屋”で呑んだのは小学校の同級生である前川典子・MT・KMおよびKMの子どもHとKである。前川典子と呑むのは3月16日以来である。前回の呑み会のことは3月17日の日記に記した。当初の予定では今回もN部長は参加するはずだった。しかし、急な所用が出来たという。N部長が宴席に姿を現さないとはよほど重大な所用なのだろう。

MTとは昨年末の小学校の同窓会で再会した。同じクラスになったのは小学3・4年のときである。私とMTとの接点は小学3・4年のときに限られる。そう思い込んでいた。しかし、幼稚園でも1年間だけ同じクラスであったという。その事実が判明した。私の仕事仲間である某女Sとも面識があるという。この偶然にも驚かされた。世間は狭いものである。実家へ帰るとき、私がときどきMTの自宅の前を通り過ぎていることも判明した。昨年末の同窓会ではまとまった話は出来なかった。それだけにさまざまな事実が判明した今回の宴席は有り難かった。

KMとは30年振りである。KMは、小学2年の秋、仙台へ転校した。それ以来である。いまから6、7年前であろうか。突然、KMからメールが届いた。転校以来、音信が途絶えていた。それだけにKMからの突然のメールには大いに驚かされたものである。私のホームページを見てメールを送って来たという。インターネットの威力に感服させられた。以来、メールを交換している。結婚後は金沢に住んでいるそうだった。金沢を訪れる機会に恵まれないまま数年の月日が流れた。ところが、今年の春、KM一家は京都府に引っ越して来た。奈良県との県境に近いベッドタウンである。そのことが今回の再会に結びついた。30年振りの再会。感慨もひとしおである。しかし、その一方で不思議な気分でもある。KMは当時の面影を残していた。面影を残しているだけに30年の時の流れが不思議に思えた。それはKMとて同じであろう。「大学生みたいに見えましたぞ」。これが30年振りに私の姿を眼にしたKMの印象だった。KMの子どもたちもKMの面影を宿していた。特に女の子のKは30年前のKMそのままである。これもまた不思議な感慨をもよおさせる。チビっ子たちからは「イヌイグチクン」と呼ばれた。大変気に入られたようだ。ザリガニ採りやカブトムシ採りの話題で餌をまいたからであろうか。効果抜群である。来月あたり、また一杯やるつもりである。
ラベル:面影 転校 同窓会
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2008年03月17日

同窓生たちと。

“千歳”で呑んだメンバーは小学校時代の同窓生N部長と前川典子である。N部長は前回に引き続いての登場である。今夜の企画は前川典子とのあいだで決められた。メールを交換しているうちに久し振りに呑みましょうという話になった。スケジュールを調整した。そして、この日が選ばれたのである。前川典子が同窓会のメーリングリストに今夜の案内を流した。しかし、参加者の反応はいま一つだった。そのようななか、私たちの誘いに呼応してくれたのがN部長であった。実に頼りがいのある管理職である。

席上、私のブログが話題になった。N部長はこれまでにも何度かブログに登場している。2月20日の日記には「JR奈良線の線路上で遊び呆け、列車を止めた悪童のNもいた」と記されている。3月8日の日記には「N部長と私はJR奈良線の線路上で悪戯をした同志である。悪戯をして電車を止めた悪童仲間である」と記されている。悪童かぁ。エライいわれようやなぁ。N部長はそう漏らしていた。そのときの表情はなぜか嬉しそうだった。

前川典子と呑むのは久し振りである。前川典子もまた同窓会の幹事である。したがって、今年に入ってからも顔は合わせていた。しかし、一緒に呑むのは、年明け以来、はじめてである。前川典子のホームページをブログにリンクしたことは3月7日の日記に記した。リンクの効果があったのかどうか。そのことは訊ねなかった。前川典子からも訊ねられなかった。

小学校時代の思い出話に花が咲いた。N部長といえば、窓ガラス破裂事件である。窓ガラス破裂事件も話題に上った。前川典子を苛めた私が叱られて廊下に立たされた話も飛び出した。お互いの仕事についても話し合った。宴席の終盤、不覚にも眠りこけてしまった。したがって、その間、どのようなことが話し合われていたのかさだかではない。
ラベル:ブログ 同窓会
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2008年03月08日

同窓生たちと。

“千歳”で呑んだメンバーはN部長とOである。N部長とはすでに何度も酒を酌み交わしている。Oと呑むのは今回がはじめてである。Oとは昨年末に開かれた同窓会で再会した。小学校を卒業して以来である。二十数年ぶりの再会であった。

Oと同じクラスになったのは小学3年からである。卒業まで同じクラスだった。Oとは良く遊んだ。Oの自宅も頻繁に訪れた。Oもまた私の自宅に何度もやって来た。学校からの帰り道、二人揃ってN部長の自宅に押しかけたこともしばしばだった。N部長と私はJR奈良線の線路上で悪戯をした同志である。悪戯をして電車を止めた悪童仲間である。Oはそれには加わっていなかった。今日、そのことが判明した。てっきりOも加わっていたと思っていた。記憶とは不思議なものである。

6年生になった。Oも私も中学受験を考えた。受験勉強をはじめた。Oは私よりもはるかに良く勉強した。成績も良かった。大阪のS校に合格した。私はK校に合格した。卒業式を終えた直後のことである。中学に進んでも一緒に勉強しないか。同じ塾に通おう。Oから誘われた。近鉄学園前駅の南側にあった学習塾である。入塾試験があった。一緒に受験した。合格した。しかし、そこはいわゆるスパルタ式の学習塾だった。暴力的な指導を受けてまで勉強したいとは思わない。そう考えて入塾を辞退した。Oは一月ほど通って辞めたという。中学校への通学には近鉄奈良線を利用した。Oも利用したはずである。しかし、一度も顔を合わせなかった。交流が途絶えた。

同窓会ではまとまった話をする余裕がなかった。Oは自動車で会場まで来ていた。酒を酌み交わすことも出来なかった。日を改めてゆっくり一杯やろう。お互いに握手をして別れた。それだけに今夜の呑み会が実現したのはまことにめでたい。格別である。N部長と3人で往時を回顧した。懐かしい話に花が咲いた。それぞれの歩んで来た道についても語り合った。時間がいくらあっても足りない。話し足りない。3人とも同じ思いだったはずだ。OもN部長も奈良に住んでいる。Oの勤務先は私の住まいからひとやま越えたところにある。呑もうと思えばいつでも呑める。3人ともそんな距離に住んでいる。それだけでも心強い。近いうちにまた一杯やろう。そういって別れた。
ラベル: 同窓会 奈良 受験
posted by 乾口達司 at 01:30| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月07日

同窓生のホームページ。

昨年末のことである。小学校の同窓会が開かれた。同窓生たちと再会した。二十数年ぶりの再会だった。

かつて小学生だったものもいまや立派な大人である。頭髪が気になりはじめたものもいた。メタボリック症候群。その言葉を連想させる体型の持ち主もいた。体脂肪が少ないものはむしろ圧倒的に少数派だった。

「○○クン、貫禄あるよねぇ。乾口クンが同じ歳とは思えへんわ」。某女からそういわれた。俺もまだまだ若いということか。某女の発言に気を良くした。ニンマリしていたことだろう。しかし、裏があることに気付いた。○○クンは歳相応の立派な大人になりましたね。それに引き換え、あなたは相変わらずガキっぽいですね。ヒョロヒョロしていますね。歳相応ではありませんね。そういう皮肉も込められていたに違いない。苦虫を噛み潰したような表情に変わった。

生業もバラバラである。男性ではサラリーマンが多かった。女性では専業主婦が多かった。それ以外にもさまざまな職業が見られた。公務員。フリーの女性建築設計士。看護士。会社経営者。30歳近くまで職人としてパンを製造・販売していたものもいる。絵描きまでいるという話だ。絵描きは同窓会に姿を現さなかった。

極めつけは音楽家であろう。Mは女性マリンバ奏者として活躍している。Hは女性ピアニストとして活躍中である。関西を中心に演奏会を開いている。MやHとはたまに酒を酌み交わす。二人とも良く呑む。そして、実に良く食べる。音楽家が如何に膨大なエネルギーを消費するのか。その典型である。音楽業界の裏話もおもしろい。楽器一つで世のなかを渡ってゆく。そんな彼女たちを尊敬している。

ホームページを公開しているのはMこと前川典子である。ブログも更新中である。このたび私のホームページとリンクしてもらえることになった。のりこのかまぼこ部屋。前川典子のホームページのタイトルである。いったいどのようなホームページなのだろうか。タイトルからは誰も予想がつかないだろう。マリンバとかまぼこ。シュルレアリスムである。「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」(ロートレアモン)である。前川典子やHとは久し振りに一杯やりたいものだ。

のりこのかまぼこ部屋
http://homepage3.nifty.com/noriko~kamaboko/
posted by 乾口達司 at 00:05| 奈良 | Comment(2) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

写真を眺めて。

写真店へ出掛けた。CD-ROMにおさめられた写真をプリントするためである。写真は昨年末におこなわれた小学校の同窓会の模様を写したものだった。

写真を眺めた。卒業以来、二十年以上の歳月が流れている。それにもかかわらず、当時の面影を残している同級生がいた。面影を残していない同級生もいた。しかし、こちらは数名だった。誰が誰であるのか、ほとんど見当がついた。

当日、会場でわき起こった不思議な感覚を思い起こした。居心地の悪さ。来てはいけないところに来てしまったような場違いな印象。そんなところだろうか。

あの日、私たちはどういった時間を生きていたのだろうか。二十数年ぶりに再会した恩師の前だった。二十数年前の小学生に戻っていたはずである。しかし、現実には30代の大人だった。白髪が目立つ同窓生さえいたくらいだ。小学生だった。同時に30代の大人でもあった。私たちは過去と現在に引き裂かれた時間を生きていた。あの何ともいいようのない居心地の悪さ、場違いな印象は、私たちがあの日、あの会場において、過去と現在とのあいだで引き裂かれていたことに由来するのだろう。過去と現在とが共存するグロテスクな時間。それによってもたらされた不安定な存在感覚。そうともいえるかも知れない。

断っておく。私は何も同窓会が楽しくなかったといいたいのではない。同級生たちとの再会を懐かしく思わなかったわけでもない。楽しかったか、楽しくなかったか。そう問われれば、間違いなく楽しかったと答えるはずだ。何しろ二十数年ぶりの再会である。再会に当たり、戸惑いや気恥ずかしさがわき起こって来なければ、嘘であろう。そういう意味では「楽しかった」とか「懐かしかった」といった言葉ではいい尽くせない複雑な思いがあることは確かである。居心地の悪さ、場違いな印象もいまだに引き摺っている。

同窓会とはいったい何なのだろう。なぜ人は同窓会に集うのか。どういう思いで集い、かつての恩師と再会するのだろうか。どんな顔をしてかつての仲間たちと顔を合わせるのだろうか。その問い掛けが頭から離れない。

ひょっとすると、私の問いは私だけのものなのかも知れない。写真を眺めていて気がついた。誰もそんな複雑な表情などはしていない。参加した誰もが小学生のときのような屈託のない笑みを浮かべている。あの日、あのとき、あなたはいったいどういう思いで同窓会にのぞんでいたのですか。一人一人に訊ねてみたいくらいだ。
posted by 乾口達司 at 00:12| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月24日

事務作業。

小学校の同窓会事務作業でK宅へ。

午前10時集合。
メンバーは家主のK親子のほかにA一家・M親子・私。
夜更かし男にとってはまだまだ寝呆けている時間帯である。自分がいったい何をすれば良いのか、いま一つ把握し切れていない。命じられるままノロノロと作業を進めてゆく。
3時間半ほどで終了。
集合した当初は借りて来た猫のように大人しかったAの長男が次第に本領を発揮。われわれの作業に首を突っ込んだり、Mの子どもと一緒になって大はしゃぎで遊んだり。さすがはAの子どもである。

終了後、昼飯を食べに“くるみの木”へ。しかし、30分待ちで断念する。旧ドリームランド前のCOCO'S(奈良市法蓮佐保山3-2-14)へ。

20080224-1.bmp

ここでもAの長男が大活躍だった。
これで懸案の残務処理は終了した。しかし、一難去ってまた一難。次の会の準備をはじめなければならない。
次回は秋だ。
ラベル:同窓会
posted by 乾口達司 at 22:28| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月20日

打ち合わせ。

小学校の同窓会関係の打ち合わせ。

午後0時過ぎから近鉄奈良駅近くのカプリチョーザ(奈良県奈良市角振町26いせやビル2F)に集合する。

20080220-1.bmp

メンバーはA・K・M・Oそして私。
先月、酒席で会ったAを除くと、彼女らに会うのは同窓会のとき以来である。顔を合わせるなり、Oから「乾口くんて自由人?」と訊かれてしまい、苦笑。
午前中に仕事を終わらせ、大急ぎで駆けつけたとはいえ、昼日中からブラブラしているのだから、自由人と間違われても仕方がないだろう。こう見えても案外忙しいのだよ。

カプリチョーザに入ったのも久し振り。
何年ぶりだろう?
ランチセットを全員頼んでメインの議題・雑談などで盛り上がる。ワイワイ話しながら食べていたせいか、結構、お腹がふくれてしまった。
デザートのアイスクリームも美味しかった。

散会後、実家まで歩いて帰りました。
posted by 乾口達司 at 21:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする