2019年12月04日

追悼。

アフガニスタンで復興事業にかかわって来た医師の中村哲氏が亡くなった。その活動には敬服する。本当に立派な人であった。しかし、残念である。まだまだ長生きしていただきたかった。追悼。
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2019年10月01日

増税。

今日から増税。仕事柄、軽減税率の問題などいろいろ大変である。税率8パーセントのあいだに買っておこうとするものたちで、先月末は駅の通勤定期売り場も混雑していた。私自身も早めに定期券を買っている。しかし、ほかのものよりも少し早めに買い求めたためか、長蛇の列に並ばなくても済んだのは幸いであった。
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2019年09月09日

重陽の節句。

重陽の節句である。10年前のことを思い出す。しかし、あのときもこれといったことはしなかったのではなかろうか。もうそんなに時が流れたのか。そんな感慨を抱いている。
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2019年08月20日

仕事開始。

夏休みが終わり、今日から仕事開始。しんどかった。しばらくは調子が悪いままだろう。
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2019年08月14日

DHC不買運動。

DHCの子会社「DHCテレビ」が韓国に対するヘイト放送をおこなっていたことがようやく韓国国内に知れ渡ったようである。それにともない、韓国国内ではDHCの製品に対する不買運動がはじまっている。当然の成り行きである。まあ、それは良い。そのことよりも驚いたのは、ヘイト放送をおこなっていながら、図々しくも、韓国国内にDHCコリアという韓国法人が設置されていることである。しかも、韓国国内で多額の収益を得ているという。これは知らなかった。この情報化社会のご時世において、遅かれ早かれ、日本国内で発信されているヘイト放送が韓国に知れ渡ることなど、誰でも予想し得ることであろうに。下手に弁明をすると、かえって火に油を注ぐ結果になるだろう。顧客を馬鹿にする企業に未来などない。
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2019年08月08日

あと一日。

あと一日働けば、夏休み。来週に予定されている遠出が待ち遠しい。とにかく明日一日は頑張りたい。
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2019年08月04日

『表現の不自由展』中止。

『表現の不自由展』が中止になった。『表現の不自由展』では、戦時中の従軍慰安婦、戦時性奴隷をテーマにした「少女像」も展示されていた。そのせいか、抗議の電話のほか、テロの予告ともとれる脅迫などがあり、主催者側は中止の決断にいたったという。その点について、『表現の不自由展』の芸術監督が記者会見をおこなっている。私自身、「少女像」をこういった「表現の自由/不自由」の次元で語ることには疑問がある。しかし、それはそれとして、もっとも気になるのは、展覧会の中止とは、つまるところ、警察や政治家がテロリズムに屈したことを指し示しているということである。このことについて、政治家や警察はどう考えているのであろうか。芸術監督の会見には、正直にいって、関心がない。むしろ、記者会見をして、謝罪すべきは、テロリズムや脅迫に屈した警察や政治家ではなかろうか。彼らの意見を是非聞きたい。
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2019年07月16日

今日は仕事。

世間では公休日のものも多かっただろう。しかし、こちらは通常通りに仕事。今日からお盆休暇まではいよいよ忙しくなる。
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2019年07月06日

百舌鳥・古市古墳群世界遺産登録。

大阪府の百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に正式に登録されたという。しかし、陵墓であるということもあって、登録された個々の古墳に立ち入ることは出来ない。それでも喜ぶ市民がいるという。内部に立ち入ることも出来ないというのに、何が嬉しいというのか。さっぱりわからない。宮内庁は陵墓というが、天皇家の祖先の墓であることも実証することが出来ていないというのに、よくいうものだ。世界遺産の名にひかれてわざわざ遠方からやって来たものは、残念に思うのではなかろうか。周濠の外から眺めても、単なる小山に過ぎない。
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2019年07月01日

板門店。

アメリカの大統領は面白いやつだ。DPRKの領土にまで足を踏み入れてしまった。商売人として、長年、面倒な交渉をやってそれを乗り越えて来ただけに、DPRKのトップのようややっかいな奴が相手だとやりがいを感じるのだろう。DPRKのトップを見つめる目が愛情に満ちあふれている。それに引き換え、なんでも「ハイ」「ハイ」と自分のいうことをきく日本の総理大臣などは眼中にない。完全に蚊帳の外である。G20のときから心はすでに板門店にあったのだろう。朝鮮半島がどんどん平和に向けて進んでいる。困るのは日本くらいか。喜ばしいことである。
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2019年05月06日

GW明け。

今日まで10連休というものもいるだろうが、私の方は本日から仕事再開。さすがに連休明けは身体がだるく、くたびれた。この期間中、世間では「10連休」「10連休」とはやし立てていたが、当然のことながら、「10連休」のあいだも仕事をしているものは多い。したがって、誰もが「10連休」をとっているかのようにはやし立てるのはいかがなものか。公休日に限らず、誰もが休みたいときに休暇を取得することが出来るような労働体制を社会全体で作っていくこと。これが望ましい休暇のありようであると思う。
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2019年05月05日

誕生日。

誕生日、おめでとう。奇しくも同じ日に生まれた2人。大切な人たちよ。せめて無事な日々を。
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2018年12月29日

新年を迎えるにあたって。

昨日は仕事納めであった。明日は温泉へ出掛けてのんびりする予定。大晦日は午後から大掃除。それが終われば、夕方から飲みに出掛ける。体調が良ければ、そのまま初詣か?今回の冬休みは遠出をしない。家で買ったまま見ていないDVDを見たいと思っている。初笑いはやはりマルクス兄弟か?『吾輩はカモである』を久々に見返すのが楽しみである。アンゲロプロスの作品もいろいろ見なければならない。研究会の発表も迫っている。次回は私が発表者である。しゃべる内容を考えなければならない。今年は特に年末が忙しかった。身内の葬儀もあった。来年は良いことがありますようにと祈りたい。出版のことでいろいろ決めることも多い。海外に出掛けるプランもそろそろ立てなければならない。今年は上海と北京を旅した。次はどこに行こうかな。来年も宜しくお願い申し上げます。
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2018年10月03日

いろいろと・・・。

大変である。
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2018年10月01日

沖縄県知事選挙。

昨夜は当確の情報が入るまでは気をもんでいた。まともではない嫌がらせや有権者への個人的な圧力も多かったと聞く。それだけに心配していたが、本当に良かった。もちろん、これからも同様の嫌がらせや圧力は続くだろうが、頑張ってほしいいものである。
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2018年09月20日

南北会談。

一昨日から南北会談のニュースを見ている。驚くほどの前進である。後はアメリカが「うん」といえば、終戦宣言かな。それで困るのは日本くらいか。それにしても日本のテレビの報道はつまらない。
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2018年09月07日

旅に出ます。

あすから1泊2日で近場へ旅行。探さないで下さい。
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2018年09月06日

北海道の地震。

台風の次は地震である。間接的ながら、今日の仕事にも少し影響があった。テレビの報道は不安をあおり続けている。もう少し冷静になれないものか。
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2018年08月13日

ペルセウス座流星群。

ペルセウス座流星群の極大日ということで、夜半を過ぎてから夜空を見上げる。1時間ほど眺めていて、結局、5つの流れ星を見た。明け方頃まで眺めていれば、もう少し見ることが出来たかも知れないが、寝てしまった。
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2018年08月09日

夏休み。

あすから夏休み。原稿の仕事は自宅で続けるものの、合間を見て遊ぶ予定。手始めにプールか。
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2018年08月02日

東京医科大医学部入試。

東京医科大学医学部の入試において、女性受験者の得点を一律に減点していたという。こんな恣意的なことが許されるのか。この話には驚いた。性別で合否が決められるとは、大問題ではないか。
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2018年07月09日

災害時に酒盛り。

先週、発生した豪雨の死者が遂に100人を越えた。最悪の事態である。それにもかかわらず、総理大臣は議員宿舎で酒盛りをしている。このような人物が総理大臣の職にあるというのはまったく驚くべきことである。恥を知れ。
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2018年07月08日

オスプレイ。

この災害のなか、オスプレイ活躍の報を聞かない。オスプレイは災害に活躍するのではなかったのか。オスプレイをあれだけ購入するのであれば、レッドサラマンダーを充実させた方がはるかにマシである。
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2018年07月07日

盧溝橋事件。

7月7日は盧溝橋事件(七七事変)の起こった日として忘れられない。1937年のことである。盧溝橋はいまでも存在しているという。近くには抗日記念館も建てられているという。一度、見学しなければ。そう思っている。
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死刑執行。

日付が変わってしまったが、昨日、死刑を執行された人物の娘に非難や罵倒が集中しているという。犯罪を犯した死刑囚本人を憎悪するのはまだ理解出来る。しかし、その娘に何の罪があるというのか。こういった非人間的なリンチをするべきではない。
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2018年07月04日

無事退院。

友人が無事退院。手術は成功だった模様。あとは順調に恢復していくことを願うのみである。
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2018年06月28日

W杯韓国-ドイツ戦。

韓国-ドイツ戦を見終えた。最後の最後であんな展開が待っていたとは。終盤までうつらうつらしていたのに、突然、目が覚めてしまった。素晴らしい試合だったが、ドイツのゴールキーパーの失敗、笑えた。
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2018年06月19日

光州事件のテレビ番組。

昨夜、寝ようとしていたところ、教えられて、BSで放送していた光州事件のドキュメンタリーを見た。それを見て思ったのは、事後的に振り返ると、韓国の民主化運動は少しずつでも前進しているということである。今後においても後退するようなこともあるだろうが、これまでの軌跡が歴史として残っている以上、たとえ停滞・後退したとしても新たにそれが軸となってふたたび進んでいけるということ。ただ、そのために大勢の犠牲者がすでに出ているという事実を思うととても切ない。民主化運動のなかで死亡した学生の母親がインタビューに答えていたが、母親からすれば、息子は民主化運動の象徴などではない。取り替えのきかない息子である。見ていて複雑な気持ちになった。古くて新しい問題であり、われわれは果たしてそれを本質的な部分で真に乗り越えることが出来るのだろうか。
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2018年06月18日

地震の発生に際して。

地震の発生に際して、ヘイトデマを流す輩がいる。関東大震災のときの事件から何も学んでいない。きわめて悪質である。在日の友人・知人もいるだけに非常に怒っている。
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2018年05月13日

安聖民パンソリの世界@浄住寺

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土砂降りの大雨のなか、京都へ。招待券をいただいたため、龍谷ミュージアムの特別展を観覧。その後、上桂の浄住寺でおこなわれる「安聖民パンソリの世界vol.3-お堂に響く声の彩り、言葉の紡ぎ」を観覧。大雨にもかかわらず、思いのほか、観客が多くて驚いた。スタッフの面々の活動には脱帽である。もちろん、パンソリも楽しめた。それにしてもひどい雨であった。おかげで全身ずぶ濡れになってしまった。
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2018年05月07日

安聖民パンソリの世界vol.3-お堂に響く声の彩り、言葉の紡ぎ

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日時:2018年5月13日14:00〜
於:京都市西京区@葉室山浄住寺
前売り¥2000 当日¥2500
お申込み⇒ハンギル06-6711-7602 pannsori2014@gmail.com
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2018年05月05日

奈良町で一杯。

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“竹の館”の後は“折衷旬彩 香月” (奈良県奈良市下御門町28-1)へ。マスターと日本酒談議で盛り上がった。日本酒の古酒というのもいただいた。
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2018年05月04日

上海紀行(老干媽の油辣椒)

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空港で買い求めたお土産の一つに老干媽の油辣椒がある。上海滞在中、ホテルでは毎朝ラーメンを食べていた。そのラーメンに振りかける調味料の一つにこれがあった。たまたま空港で見つけたため、即座に買い求めた。確かに辛い。しかし、辛いだけではなく、独特の風味もある。ご飯にかけて食べるのも良い。病みつきになる逸品である。
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2018年04月30日

京都で一杯。

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夜は新京極で呑んだ。日中、暑かったうえ、京都大学から歩いたため、“キリンシティ新京極店”(京都府京都市中京区新京極四条上ルレストランスターB1F)でビールを呑む。何杯もお代わりをしたので、お腹がたぷんたぷんになった。
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2018年04月28日

上海紀行(ラーメン)

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ホテルの朝食はバイキングであった。毎朝、食べたのはラーメン。蘇州のラーメンをベースにしているという。細麺とスープの入った器に青菜や醤油で煮込んだ豚のモモ肉片などのお好みの具をトッピングしていく。私はそこに辛い香辛料までふりかけた。やみつきになった。しかし、具のなかに麩のような代物があった。食感は麩であるが、単なる麩ではない。あれは何だろう。現地の人に訊ねるのを忘れてしまった。
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2018年04月27日

南北首脳共同宣言。

仕事でなければ、テレビで中継を見ていたはずである。今後のことは気になるが、大きな前進であることは間違いない。
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2018年04月26日

あと1日で。

明日でゴールデンウィーク休暇に入る。しかし、明日は最後までバタバタしそうだ。風邪もひいていてしんどい。頑張ります。
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2018年04月21日

上海紀行(リニアモーターカー)

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上海ではリニアモーターカーにも乗った。ドイツ製のリニアモーターカーで「マグレブ」と呼ばれており、リニアモーターカーでは通じない。私が乗ったときは龍陽路-浦東空港間を最高時速300キロメートルでつないでいた。わずか8分の乗車時間である。時速が300キロメートルになったことを確認し、飛ぶように流れて行く景色を眺めているうちに駅についてしまった。
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2018年03月13日

公文書の書き換え。

森友学園の問題において、財務省が公文書の書き換えをおこなったという。そんなに簡単に公文書なんて書き換えて良いものなのか。どういうことだろうか。公文書に対する意識が伝統的にない日本。腐ってる。
ラベル:公文書
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2018年03月03日

ふとももの写真展。

東京でふとももの写真展が開かれる予定であったが、中止になったという。批判が殺到する理由も何となくわかるが、それ以上に実際の写真を見ていると、気持ち悪くなる。もちろん、これは個人的な感想に過ぎないが、こんなものをもてはやす社会はどこか狂っているのではないか、倒錯しているのではないかと思う。これも個人的な感想に過ぎないが、それだけでもないような気がする。
ラベル:検索
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2018年02月26日

甥っ子の受験。

甥っ子のシュンが受験期を迎えている。頑張れ。応援している。
ラベル:受験
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2018年02月19日

奨学金。

Aが仕事に来る。先日の卒業制作展について話をする。大学院に行きたいという。Hが進学用の資金を出すという話は以前より聞いているが、それとは別に奨学金はないものか。HはAの通う大学の学内奨学金を快く思っていないが、それでもないよりはマシだろう。奨学金制度、昔と違っていまは充実していないのだろうか。それともAの通う大学の規模にもよるのか。しっかり調べたらほかにもまだ何か出て来るはずである。
ラベル:奨学金
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2018年02月13日

決定事項。

決定事項だけが通達される。何様のつもりかね?人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。
ラベル:予定
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2018年02月12日

嵯峨美術大学の制作展。

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昨日は嵯峨美術大学の制作展へ。Hの姪っ子Aの作品は面白かった。まったくの贋展覧会を企画している。よくやったなぁ。そういってやりたいくらいの良い出来栄えであった。資料室をまるごと借りるという発想力と行動力も良い。あえてこれから課題を挙げれば、その贋展覧会にどれだけの「遊び」と「ユーモア」を入れられるか、だろう。来週、会社にやって来たらいろいろ訊ねてみよう。
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2018年02月10日

統一旗。

オリンピックにはほとんど関心がないが、冬季の競技は好きである。ショートトラックが特に好きである。しかし、開会式が昨夜であったことすらすっかり忘れていた。韓国と北朝鮮は統一旗で入場したという。統一旗での入場がそのまま南北の融和にすぐにつながるとはまったく思ってはいないが、それはそれでよかったのではないか。他国-特に日本-にとっては分断された状態の方が対外的・国内的両面で何かと都合が良いのだろうが、統一旗での入場などを目にすると、東アジアで孤立しているのは北朝鮮などではなく、実は日本ではないか。そんなことを思ってしまう。
ラベル:オリンピック
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2018年01月26日

何様のつもりですか?

1週間、病欠してようやく復帰したかと思いきや、今夜は新年会に参加だと。そして、来週からはまた欠勤。今度はいつから出勤するか、わからない、と。しかも、何が可笑しいのか、帰り際、話のついでといった流れのなかでへらへら笑いながら告げる。何様のつもりかね。本当に社会人?お金をもらって働いている立場の人間がいう言葉?その言動にぞっとした。
ラベル:仕事
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2018年01月06日

奈良市の大和文華館とタチバナの実。

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午前中から大和文華館へ。特別企画展『宋と遼・金・西夏のやきもの』を鑑賞した。とりわけ、宋代、中国大陸の北方に勢力を持った非漢民族国家の遼や西夏、金が中原の作陶を真似て焼き物を作っていたこと、それでいてそれぞれ特徴的な焼き物を残したことが興味深かった。園内にはタチバナの木が生えており、実がたくさんなっていた。最初はこんな寒い時期に実がなることを不思議に思ったものだが、良く考えると、ミカンの仲間である。実がなるのはやはりこの時期なのだろう。
posted by 乾口達司 at 17:45| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

新年を迎えるにあたって。

原稿の仕事もあらかた片付いた。これから風呂掃除。それが終われば、実家へ。明日は朝から温泉にでも行ってくるかな。元日からは旅に出る予定。今年も忙しい一年だった。来年はいろいろ決めることが多い。海外にも出かける予定となっている。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
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2017年12月28日

生駒市の美努岡萬墓。

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奈良時代の官人・美努岡萬の墓を訪れたのも十数年振りである。ここからの眺めは素晴らしい。良い所に葬られたものである。
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2017年01月14日

仕事終わり。

帰宅後、原稿の仕事。一区切りついたので、そろそろ休みます。明日は雪かな?
ラベル:仕事
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2016年12月31日

新年を迎えるにあたって。

これから家の掃除。それが終われば、某所に立ち寄ってから、夜、実家へ。明日は初詣。あさってから旅に出る予定。今年は忙しい一年だった。来年は今年以上にバタバタしそうである。旅に出る機会も多くなりそうだ。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
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2016年11月23日

仕事。

今週あたりから仕事がバタバタ。週末には上京しなければならないため、頑張りたい。
ラベル:仕事
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2016年10月21日

地震。

日中、仕事をしていると地震が起こった。ゆらゆらしていて少し気持ち悪かった。鳥取が震源地だという。十数年前の鳥取の地震を思い出した。
ラベル:地震
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2016年08月20日

一週間。

一週間が終わった。前半は夏休み。後半は仕事であった。夏バテ気味で疲れる。明日は原稿の仕事を片付けてゆっくりしたい。
ラベル:仕事
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2016年07月26日

ポケモンGO

昼休みに行きつけの公園で休憩していると、ワンボックスカーが横づけされ、なかから中高年の男性7、8名が現れた。彼らはスマートフォンを持って公園内をうろうろ。ポケモンGoの利用者であった。しかも、うるさい。平日の昼間にいったい何をやっているのか。仕事を休んでこんなことをしているのであろうか。薄気味悪い世のなかになったものだ。
ラベル:公園
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2016年06月01日

今日から6月。

あれからもう一年たったか。早いものだ。
ラベル:6月
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2016年04月27日

文字。

所用で「夔神鼓」「虎卣」「戈卣「鴟鴞卣」といった難しい字を打つ。ちゃんと変換するか、心配であったが、無事に反映するようだ。驚いた。
ラベル:文字
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2016年04月11日

本格的に。

忙しい2週間がはじまった。土日の仕事から引き続いての勤務であるためにすでに疲れているが、頑張りたい。
ラベル:仕事
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2016年04月09日

昨日は・明日は。

昨日は仕事関係の送別会。ナンがおいしかった。今日は朝から難波へ。仕事の打ち合わせであった。明日は頑張ります。
ラベル:仕事
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2016年01月13日

押したり、引いたり。

仕事から帰宅した後、土曜日の件をめぐって、押したり、引いたり。交渉ごとはなかなか厄介である。どうなることやら。いまだ確定せず。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 22:32| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

新年を迎えるにあたって。

家の掃除も終了。これから旅に出る。来年はいろいろ忙しくなりそうである。2009年より続けている後藤明生を読む会も新たな段階に入る。その関係もあってあちこち旅にも出るだろう。来年は残された力を振り絞って今年以上に頑張るつもり。宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
posted by 乾口達司 at 10:45| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

どいつもこいつも。

昼休みにいろいろメールが舞い込む。読むだけで大変である。どいつもこいつも勝手なものだ。週末に向けていろいろ対応策を練らねばならない。
posted by 乾口達司 at 23:59| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

作品展。

20151122-1.bmp

朝から某所の某作品展へ。思いのほか、見応えのある作品展であった。しかし、会場は来場者でゴッタ返しており、気疲れをした。明日は勤労感謝の日。こちらは、終日、仕事。頑張ります。
posted by 乾口達司 at 18:15| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月09日

湿気。

梅雨で湿度が高い。帰り道、蒸し暑くて嫌になってしまった。今年は梅雨らしいお天気である。
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2015年07月03日

頑張る。

今年も折り返し地点を過ぎた。仕事が忙しい。プライヴェートも忙しい。しかし、泣き言などいっていられない。頑張る。
ラベル:仕事
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2015年06月30日

もう半年が終わり。

もう半年が終わり、後半戦に。早いものだ。後半はいろいろ忙しい。頑張ろう。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 07:19| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

自分以外の何かに責任を押し付けること。

自分以外の何かに責任を押し付けること。何度、示唆してもわからない。自分以外の何かに責任を押し付けているうちは絶対に人間的な成長は果たせない。そのことがなぜわからないのだろう。絶望的な気分である。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 20:30| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月17日

展開。

あるプロジェクトが持ち上がった。今日は仕事の合間にその件で対応に追われた。しかし、今後、始動するかどうか。これからが勝負である。とにかく今夜はここまでとしておこう。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 21:05| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

助詞と格闘。

「助詞と格闘」という題名で短い文章を綴った。10分足らずでさささっと書き上げたものである。掲載されるのは某文集。その内容は助詞の使い方一つで文脈ががらりと変わるということを綴ったものである。当たり前である。しかし、ここに記したことは実際に私が経験したことにもとづいている。それだけに私にはどうしても書いておきたいことであった。助詞の使い方をちょっと間違ったことが大きな違いや混乱を生む。言葉とは難しいものだ。書き終えてそんなことを思った。
ラベル:助詞
posted by 乾口達司 at 21:37| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

新年を迎えるにあたって。

大晦日である。仕事もほとんど片付き、家の掃除も終了。しかし、ちょいと外出している最中に暴風雨に見舞われた。今年は最後の最後まで気の抜けない年であった。型どおりではあるが、来年は良い年にしたいものである。そう思っている。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
posted by 乾口達司 at 19:43| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

頑張る。

最近、いろいろなところで知り合いの消息を耳にする。それを聞くとみんな頑張っているなという思いを抱く。先日も北海道から嬉しいメールが届いた。北海道の知人も頑張っている。自分自身もこうしてはいられない。あと少し、頑張ってみようと思う。
ラベル:
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2013年12月31日

新年を迎えるにあたって。

大晦日である。今年を振り返ると、新たな展開もあり、何かと気忙しい一年であった。来年はそれらを踏まえてよりいっそう仕事やその他の案件を展開させたい。九州、北陸、関東にも出掛ける予定。北海道にも出掛けるかも知れない。文字通り、東奔西走である。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
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2013年07月26日

大切な人が。

大切な人が亡くなりました。思い出がたくさんあります。ここにはとても書き切れないくらいです。先方からどのような恩恵を受けたでしょうか。そして、それはどれくらいのものだったでしょうか。それを思うと、自分が如何に非力であったかがわかります。せめて今夜だけでも先方の冥福を祈り、静かに時を過ごしたいと思います。
ラベル:
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2013年06月22日

ボケボケの一日。

今日は打ち合わせもあって朝から外出をした。そして、チームを組む某主婦と打ち合わせをおこなった。しかし、頭がボケているのであろう。帰り際、話をしながら仕事の手仕舞いをしていたため、ちょっとしたトラブルが発生した。昔は話をしながらでもやるべきことを確実にこなしたものである。やはり年齢のせいだろうか。その後、ランチをとって帰宅。帰宅後は別の仕事に追われた。やはり一つずつ着実にこなしていかなければならないな。そう思う一日であった。
ラベル:仕事
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2013年02月15日

井上謙先生の思い出(4)

井上謙先生の思い出(1)→こちら
井上謙先生の思い出(2)→こちら
井上謙先生の思い出(3)→こちら

先生が講義で何を話されたのか、いまとなってはほとんど思い出せない。思い出すとすれば、「人生は邂逅である」という亀井勝一郎の言葉を引き合いに出して、人と人とのめぐり逢いの大切さを説いておられた場面くらいである。私の場合はむしろ講義以外の場でうかがったお話に思い出深いものが多い。なかでも、たびたび思い出すのは次の話である。まだ学部生だったときのことである。大学の近くにあった先生の行きつけの喫茶店で夕食をご馳走になっていた。きみは卒業論文のテーマに何を選ぶつもりなんだ。食事の合間に先生は不意にそう訊ねられた。私は宇野浩二・牧野信一・横光利一を一つの連続としてあつかうつもりであるとお答えした。先生は、そりゃあ、おもしれぇなと江戸っ子風におっしゃった後、しかし、研究者としての道を選ぶなら、ゆくゆくは研究対象を一人に絞った方がいいぞと忠告をされた。研究者になろうなどとは思っていなかった私は先生の忠告にどのようにお返事すれば良いのかわからなかった。私の戸惑っている様子を見て先生はさらに言葉を付け加えられた。一人の作家をとことん研究するんだよ。それを究めたら、あとは自分の好きなことをやって遊んでりゃあいいんだよ、呵呵大笑。先生の忠告が研究者における本来の姿勢なのかどうか。その判断はいまもってつかない。しかし、少なくとも先生が「一人の作家」=横光利一を「とことん研究」し、その後は森敦や向田邦子、有吉佐和子の研究、さらには市川猿之助のスーパー歌舞伎に対する関心、中国との文化交流などにも積極的に乗り出しておられたことは確かである。紅白歌合戦の審査員になりたいと切望し、そのことを私たちに熱く語っておられたのも、いまから思えば、「遊び」の一貫だったのであろう。

現在、私は先生の「遊び」の部分よりも「一人の作家をとことん研究」していたときの姿勢に関心を持つ。5、6年前だろうか。たまたま横光利一の遠縁に当たる女性のエッセイを読む機会に恵まれた。女性の名前は忘れた。確か伊賀上野の出身の方ではなかっただろうか。その女性のエッセイに若かりし日の先生の姿が描かれていた。当時、先生はまだ30代か40代ではなかったかと思う。ある日、横光利一の話を聞かせて欲しいといって女性宅に押し掛け、女性から横光利一のことを根掘り葉掘り聞いていかれたという。文章からは女性が先生の押しかけ取材を明らかに迷惑がっている様子が読み取れたが、見方を変えれば、横光利一をこよなく愛し、横光利一に関することであれば、何でも知りたい、記録しておきたいという先生のがむしゃらな姿勢がうかがえる内容であった。私が先生とお会いするようになったとき、先生はすでに横光利一研究の世界ではその第一人者となっておられた。したがって、先生の日常は「一人の作家をとことん研究」する時代からすでに「遊び」の時代に移行していた。それだけに女性のエッセイは「一人の作家をとことん研究」していた時代の先生の姿をしのぶには貴重な一文であったといえる。ちなみに、女性宅に取材に現われたとき、先生は背中に巨大な録音機を背負っておられたという。確かそう書かれていたと思う。巨大な録音機を背負った先生が女性にマイクを突きつける。女性は先生の押しかけ取材に対して明らかに迷惑な顔をしている。ときには迷惑であるということを遠まわしに語っていたかも知れない。しかし、横光利一をこよなく愛し、横光利一に関することであれば、何でも知りたい、記録しておきたいと考えておられる先生は女性の困惑などはお構いなしに次々に質問を投げ掛けられる。巨大な録音機とつながったマイクをあいだに挟み、先生と女性とが押し問答を続けている。そんな光景がありありと目に浮かぶ。先生の背負っておられたという巨大な録音機は、いま、どこでどうなっているのだろうか。もしも、ご自宅に保存されているのであれば、その巨大な録音機が先生の「とことん研究」時代を象徴する遺品の一つであるということになる。合掌。(終り)
ラベル:井上謙
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2013年02月14日

井上謙先生の思い出(3)

井上謙先生の思い出(1)→こちら
井上謙先生の思い出(2)→こちら
井上謙先生の思い出(4)→こちら

大学院に進学後、先生には修士論文の副査をつとめていただいた。修士論文の提出後、主査および副査による面接があった。先生はそのとき文中に引用された先行文献について訊ねられた。そして、良質の先行文献を引用していると褒めてくださった。あとは文中の誤字脱字を指摘されたくらいである。最後にはこれからもしっかりやりたまえと励ましてくださった。大学で働きはじめてからは雑務に追われ、かえって先生とゆっくりお話をする時間がとれなかった。それでもときどき構内で顔を合わせると、おい、元気かとご自分の方から声を掛けてくださった。今度、横光利一の事典を作るんだよ。きみ、協力してくれよ。そうおっしゃってくださったこともある。先生のお言葉に私ははっきりしたお返事をしなかったように思う。それでも、後年、『横光利一事典』(おうふう)の執筆者の末席に付け加えてくださった。先生が運営委員を務めておられた解釈学会の会員誌にも寄稿するように熱心に勧めていただいた。先生の後押しがなければ、「牧野信一における『私』の非同一性をめぐって−『或る日の運動』と『「或る日の運動」の続き』のはざまで」(「解釈」1999年8月)や「後藤明生『夢かたり』における『わたし』の過去と現在をめぐって−『煙』を中心にして」(「解釈」2002年2月)を書くことはなかっただろう。

先生が大学を退職されたのは1999年の春だったと思う。ご自宅のある関東に活動の拠点を移されたこともあり、退職後はお会いする機会がまったく失われた。退職後も文学散歩の講師などで精力的に活躍されているという話は風の便りで聞いた。年賀状は毎年お送りした。お送りする年賀状にはいつも近況をしたためた。近況やメッセージを書き込んだ年賀状でなければ、自分は受け取らない。以前、そうおっしゃっていたのを憶えていたからである。年賀状をお送りすると、いつもお返事を頂戴した。葉書には、毛筆で一言二言、メッセージが書き込まれていた。しかし、達筆過ぎて、何が書かれているのか、ほとんど判読出来なかった。退職されてから出された『有吉佐和子の世界』(翰林書房)などの著書も何冊か頂戴した。著書にはいつもお手紙が添えられていた。私のことを気遣ってくださっているのがうかがえる文面であった。いろいろ手伝ってもらいたいことがあるので、上京するようなことがあったら、自宅に遊びに来るように。そう記されていることもあった。しかし、上京する機会があっても、結局、お訪ねしなかった。先生からすれば、いつまでたっても水臭い奴だな、といったところだっただろう。(続く)
ラベル:井上謙
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2013年02月13日

井上謙先生の思い出(2)

井上謙先生の思い出(1)→こちら
井上謙先生の思い出(3)→こちら
井上謙先生の思い出(4)→こちら

先生から大阪の渡し船を調べて来るように命じられたのはいつだっただろうか。2年のときだっただろうか。それとも3年に入ってからだったか。とにかく私は、ある日曜日、同級生のOとともに大阪湾沿岸に見られる渡し船の現地調査におもむいたのであった。調査は、朝、JR芦原橋駅でOと合流するところからはじまった。木津川に沿って南下をはじめた私たちは木津川の両岸を数箇所でつなぐ渡し船に乗り込み、川の右岸に渡ったり、左岸に戻ったり、もう一度、右岸に渡ったりした。大正区に上陸した後は、一転、北上して港区へと向かった。港区へ渡る際にも渡し船を使った。最後はやはり渡し船を利用して天保山から対岸の桜島へと渡った。そして、線路沿いにJR西九条駅まで歩いて帰って来たように思う。結局、調査は一日がかりとなった。渡し船や渡し場の写真はOが撮影をした。詳しいメモをとったのもOである。私は何もしなかった。ただ、手ぶらでOの調査に同行したに過ぎない。休日の一日、自分とは縁もゆかりもない大阪湾沿岸一帯を歩きまわらなければならなくなったみずからの境遇を嘆き、愚痴をこぼすOの聞き役に徹していただけである。当日の報告書はOが提出したのであろう。私は報告書など提出しなかった。そして、そのことで先生から何か問い質されることもなかった。

『ノンキナトウサン』『只野凡児・人生勉強』で知られる漫画家・麻生豊の遺品や原画を調査するため、先生のお弟子さんに当たるS氏と大分県宇佐市にある麻生豊の実家へおもむくように命じられたこともあった。あのときは渡し船の調査を一緒におこなったOのほか、漫画研究会に所属していたもう一人のO、今回、訃報を寄越してくれたKとは別のKも同行した。それは渡し船調査の前だったか、後だったか。それもいまでははっきりしない。しかし、大阪・南港からフェリーに乗り込み、九州に上陸した後はOの自家用車で大分県内をめぐったこと、麻生豊の実家のほかにも宇佐八幡宮などを見学したこと、泊ったのがお化けでも出るのではないかと思うほど古ぼけた民宿であったこと、廊下に長大な流しが設けられていたこと、私たちはそこで歯を磨いたり、顔を洗ったりしたことなどははっきり憶えている。宇佐在住の方にお酒もご馳走になったように思う。その方は先生のお知り合いであったようである。そして、そのとき、宇佐が横光利一とも縁の深い土地であることを知った。ここでもまた横光利一である。しかし、麻生家における肝心の調査はさっぱりだった。資料の整理方法などを専門に学んだこともないような二十歳やそこらの若造どもに遺品や原画の整理など出来るはずがなかろう。調査といえば、お茶をご馳走になりながら、ご遺族に麻生豊のお話をうかがったくらいである。それも、麻生家におうかがいした折、ご遺族の方から思い出話をされたのをただぼんやり聞いていたに過ぎない。したがって、ご遺族が何を話されたのか、いまとなってはさっぱり憶えていない。しかし、そのときも、後日、先生からは調査の成果を訊ねられることはなかった。私の方から何かご報告した記憶もない。確かS氏がその後もたびたび宇佐を訪れ、麻生豊の遺品や資料の整理をやり遂げられたはずである。(続く)
ラベル:井上謙
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2013年02月12日

井上謙先生の思い出(1)

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大学時代の恩師・井上謙先生が亡くなられた。葬儀は2月12日午前11時半から東京の麻布山善福寺でとりおこなわれた。訃報が届いたのは9日の夜のこと。大学時代の同級生Kからであった。訃報を受けたとき、私は仕事の最中であった。仕事の関係で前夜の通夜、当日の葬儀ともども参列が叶わない。しかし、Kはわざわざ上京し、参列の叶わない同級生たちになり代わり、当日の葬儀に参列してくれるという。みなさんに宜しくお伝えくださいとお願いをした。

私が先生とはじめてお会いしたのは大学に入学した平成元年のことである。今年が平成25年であるということから逆算をすると、はじめてお会いしてからもう25年の歳月が流れたことになる。先生の訃報を聞いてまず思ったのは25年という歳月の流れの早さであった。先生の講義は大学1年から受講をした。淀みなく語られる歯切れの良い話し振りには、毎回、圧倒された。いまでもその話し振りを昨日の出来事のようにありありと思い出すことが出来る。しかし、ありありと思い出されるその記憶がいまから25年前のものであるという事実にはまったく現実感がともなわない。これは正直な感想である。

入学して二ヶ月ほどたった頃だろうか。大学でエレベーターを待っていると、先生とばったり出くわした。会議に出られる途中だったのであろう。おいという掛け声に振り向くと、先生は片手をポケットに突っ込み、もう一方の手に書類の束をもって立っておられた。先生はすでに私の顔を憶えておられたようである。きみ、どこに住んでいるんだ。先生は大きな目玉で私の方を見て訊ねられた。私が奈良に住んでいますと答えると、すかさず、じゃあ、モリアツシを知っているか、と訊ねられた。当時、文学青年でも何でもなかった私は「モリアツシ」が何者なのか知らなかった。「モリアツシ」がどのような字を書くのかさえ瞬時に判断がつかなかったように思う。正直に知りませんと答えた。すると、先生は次のように私を叱られた。馬鹿! モリアツシは芥川賞作家だぞ。そんなことも知らないのか! その後、先生はモリアツシが横光利一の弟子であること、長年の放浪生活のなかで奈良にも一時暮らしていたことを話された。そして、最後に、今度、僕の研究室に遊びに来いよ、モリアツシのことも教えてやるから、と付け加えて、その場を立ち去られた。先生が横光利一の研究家であることはすでに講義のなかでうかがっていた。それだけに「横光利一」と「奈良」というキーワードから「モリアツシ」=森敦の名前が出て来たこともようやく理解することが出来た。先生が如何に横光利一とその薫陶を受けた文学者たちを敬愛されているかを実感したものである。しかし、研究室にはおうかがいしなかった。(続く)
ラベル:井上謙
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2012年12月30日

新年を迎えるに当たって。

明日は大晦日である。この一年を振り返るといろいろなことがあった。なかでも、痛恨の出来事だったのは、研究会の同志である文芸評論家の松井博之氏を急性白血病で失ったことである。松井氏とは亡くなる数日前に研究会で顔を合わせていた。それだけに訃報を聞いたときには現実感がまったくともなわなかったほどである。いつでも会うことが出来る。そう思っていても、ある日、突然、会えなくなることもある。しかも、永遠に。そんなことを考えさせられる年であった。来年はどんな年になるのだろうか。とりあえず、目下の仕事を片付けなければならない。明日の夕方には何とか無事にやり終えて、気持ち良く新年を迎えたいものである。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
posted by 乾口達司 at 20:04| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

金山寺本堂全焼。

岡山市北区の金山寺本堂(国重文)が炎上しているというニュースを知ったのは、昨夜の十時過ぎである。今年の1月、岡山を訪れた折に私は法界院とあわせてお参りをしている。もちろん、今回、全焼した本堂も訪れている。それだけに昨夜の本堂全焼のニュースに対するショックは大きい。思い返すと、私がお参りした日は小雪のちらつく寒い日であった。修復作業中の仁王門をくぐり、石段をのぼっていくと、真正面に本堂が現れる。桃山時代に再建された本堂は桁行5間・梁間6間の入母屋造・本瓦葺。正面に1間の向拝がついた大堂である。内部は外陣と内陣とから成り、内陣には本尊の千手観音菩薩立像がまつられているという。私が訪れたとき、本尊がまつられていると思しき中央の仏壇には大きな曼荼羅がかけられていた。その両脇には弘法大師や阿弥陀如来とおぼしき坐像も安置されていた。阿弥陀如来坐像は俗に「頬焼き阿弥陀」と呼ばれる当寺ゆかりの仏像であったかも知れない。もしも、それが「頬焼き阿弥陀」であったとしたら、今回の一件で「頬焼き阿弥陀」も本堂ともども焼失してしまったかも知れない。堂内にも立ち入った。ほとんどの扉が締め切られていたこともあり、内部は薄暗かった。しかし、外陣の上にかけられた大虹梁や内壁に華やかな彩色がほどこされているのははっきり確認することが出来た。ニュースによると、普段、寺は境内に暮らす住職が一人で管理しているという。しかし、昨夜はあいにく留守であったとのこと。私がお参りをしたときも確かに人気はなかった。堂内も開放されているわりに誰もおらず、他人事ながら、盗難の心配をしたほどである。堂内にともされていたロウソクの火が何かの拍子に倒れて燃え広がったのか、それとも何者かによって故意に火を放たれたのか。いずれにせよ、残念である。ニュースで見る限り、本堂からさらに山手にある三重塔(天明8年建立)は被害を免れたようである。
ラベル: 火事
posted by 乾口達司 at 10:48| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月08日

明日は奈良マラソン2012。

明日は奈良マラソン2012がもよおされる。厳密には42.195キロのフルマラソンおよび10キロマラソンが明日の朝からもよおされる。今日は午後から会場となる鴻ノ池陸上競技場の敷地内をめぐる3キロコースのジョギングがもよおされていた。本日がエントリーの日であるということもあり、鴻ノ池陸上競技場へと続くやすらぎの道は高天の交差点からエントリーを済ませようとする参加者および車でゴッタ返していた。鴻ノ池陸上競技場には車の乗り入れが禁止されていることもあり、近くにあるスーパーの駐車場は買い物客以外の車でいっぱいであった。明日は近隣の道路で交通規制もおこなわれる。交通規制に引っかかる前に車で近くまで乗り入れることが出来るようなら、鴻ノ池陸上競技場の敷地内に設けられたグルメブースを覗いてみたいと思っている。どうなることやら。
ラベル:マラソン
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2012年09月05日

出席停止。

東京都品川区では、いじめを繰り返す生徒を出席停止に出来る制度を、今後、積極的に運用していくという。いかなる理由であれ、生徒から義務教育の権利を奪う制度を教育委員会が主体となって運用するという状況に納得のいかない思いを持つものは多いだろう。もちろん、今回の決定は教育委員会としてもいじめを防止するための苦肉の策であったに違いない。しかし、いかに苦肉の策であろうとも、公教育が公教育の意義そのものを自己否定していることには変わりがない。何とも知恵のない方策を打ち出したものであると呆れてしまう。いじめを繰り返す生徒を出席停止にしたところでいつまでも出席停止のままにしておくことなどは出来まい。その生徒が出席停止を解除され、登校して来た暁にはふたたびいじめを繰り返す可能性があるのではないか。あるいは出席停止の措置を蒙りたくてわざといじめを繰り返すものも現れるかも知れない。出席停止中の生徒が家庭でどのような生活を送るのか。出席停止を良いことに街へと繰り出し、別の非行に走る可能性はないのか。その場合、教育委員会は責任をもってそれを防ぐことが出来るのか。学校にいるときよりもかえって彼らに対する目が行き届かないのではないのか。このように容易に予測出来ることに対して、教育委員会はどう考えているのであろうか。付け加えるならば、出席停止とは、すなわち、排除の論理である。いじめがつまるところ排除の論理にもとづいているという点を踏まえると、出席停止という措置そのものが排除の論理にもとづいたいじめなのではあるまいか。その点についての説明も是非とも拝聴してみたいものである。いじめを繰り返す生徒を出席停止にしたからといって、問題が解決するわけではあるまい。それは単なる問題の先送りに過ぎない。いじめを防止するにはまず必要以上に課せられている雑務に追われ、生徒とのあいだに距離が出来てしまっている現代の先生たちを解放してやることが先決である。先生たちの第一の使命である「生徒を正しく教え、導くこと」という原点に立ち返らせてやることが必要である。すなわち、校務という名の雑務から解放し、生徒と接する機会を増やしてやるべきである。登校時から下校時まで教室に張り付き、生徒に対して付きっ切りでさまざまなことを指導してやる。その間、生徒それぞれの喜怒哀楽にいたるまでその言動を事細かに観察し、ときには優しく、ときには厳しく指導する。そのことで教師と生徒とのあいだには信頼関係も生まれるのではなかろうか。そして、それはいじめの芽を早い段階で摘み取ることにもつながる。出席停止などという小難しく、面倒くさい措置を講ずるよりも前にいますぐにはじめられることはたくさんあるはずである。
ラベル:いじめ
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2012年08月29日

M氏追悼。

知人の文芸評論家M氏が亡くなった。亡くなったのは今月17日である。その日の昼頃、トイレで倒れ、救急車で近くの病院に運ばれたものの恢復せず、その日の夜に亡くなったとのこと。病名は急性骨髄性白血病である。私が訃報を知ったのは19日にとりおこなわれた葬儀の二日後のことであった。たまたまM氏に問い合わせたいことがあってM氏の携帯電話にメールを送ったところ、ご家族から返信があり、M氏の逝去を告げられたのであった。M氏の逝去はご家族にとってもあまりに急なことであり、逝去から葬儀にいたる一連の経緯のなかでいったい誰に連絡をとれば良いのかわからず、取り急ぎ、葬儀を終えられたという。あのとき、M氏に問い合わせのメールを送らなければ、私はM氏の逝去をまだ当分のあいだ知ることがなかったはずである。そう考えると何とも不思議である。M氏は大阪でもよおされている後藤明生を読む会の参加者の一人であった。12日におこなわれた第11回の会合にも出席されていた。会の終わりにはいつも有志で近くの酒場へとおもむき、反省会という名の懇親会をおこなう。M氏は酒をほとんど呑まない。しかし、ウーロン茶を片手にいつも私たちの反省会=懇親会に最後まで熱心に付き合ってくださっていた。しかし、12日だけは珍しく酒場におもむかれることはなかった。夏風邪をひいたようで体調がすぐれない。今夜は先に失礼します。そういって会の終わりとともに帰られた。それがM氏との最後の別れとなった。確かに調子は少し悪そうであった。口数も普段の会合のときに比べると少ない方であった。しかし、足取りはしっかりしており、重篤な病にかかっているようには見えなかった。会合が終わった直後、会場となった会議室にプロジェクターが備え付けられているのを私に教えてくださった。せっかくプロジェクターが備え付けられているのであるから、次回はこれを使いましょうともいっておられた。その言動には数日後の逝去を予感させるものはまったく見当たらなかった。それだけに突然の訃報はあまりに衝撃的であった。M氏自身、ご自身が白血病にかかっているとはご存知ではなかったようである。27日、有志で大阪市内にあるご自宅にお悔やみにうかがった。そして、ご家族からM氏の生前の御様子をいろいろうかがった。M氏が後藤明生を読む会をいつも楽しみにされていたという話は有り難かった。後藤明生に対する関心の高さを指し示すかのように、書架にはM氏が古書店で買い求められた数多くの後藤明生の著書が並べられていた。小林秀雄や九鬼周造について論文を書いているという話も以前にうかがっていた。書架には小林秀雄や九鬼周造の著書も並べられていた。「新潮」の新人賞(評論部門)を受賞されたのは何年前だっただろうか。これからますます活躍されるはずであっただけに残念である。合掌。
ラベル:白血病
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2012年06月14日

ユーロ危機?

17日にギリシャの再選挙が予定されている。ギリシャはEUから離脱するのか。ギリシャの危機はスペインやイタリア、キプロスにまで飛び火している。これでEUも解体に向かうのか。メディアではそういった危機をあおる言説が飛び交っている。しかし、その一方で留意したいのは危機対応のなかで「ユーロ共同債」や「銀行同盟」といったアイデアが打ち出されていることである。「ユーロ共同債」や「銀行同盟」といった考えの行き着く先は各国の経済を統合させることであろう。メディアがEUの危機をあおればあおるほど、こういった統合に向けた動きが加速していることは興味深い。あたかもEUの経済統合を促進させたい勢力が過剰に危機をあおることで自分たちの構想を実現しようとしているかのようでさえある。したがって、ギリシャがEUから離脱するにせよ、離脱しないにせよ、私にはギリシャに端を発する今回の一件がEUの真の危機であるとは思えない。危機は前進のための大きな糧である。今回の「ユーロ危機」はそのことを考えさせられる一件である。
ラベル:ユーロ EU
posted by 乾口達司 at 21:17| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

忙しい。

今日は朝から大阪へ仕事の打ち合わせ。午後からは別件の仕事をこなしながら明日の仕事の資料作りにも励んだ。体調はもうほとんど万全である。しかし、明日はいつもより早く起きなければならない。今夜は早めに休もう。
ラベル:仕事
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2012年03月31日

年度末。

年度末である。今日は土曜日。しかし、只今仕事中である。仕事は4月1日の午前中までかかる予定。今年は年度を越して仕事をすることになりそうである。来年度もこれまで以上に公私ともども充実させてゆきたいものである。
ラベル:仕事
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2012年01月06日

そろそろ行こうか。

正月も明けて普段の日常に戻りつつある。今日は年が明けてからしばらくたまっていた雑事に追われた。雑事を終えた後は久し振りにウォーキングに出た。寒い時期ではあるが、折を見て歩こうと思っている。そろそろ行こうか。そんな心境である。
ラベル:仕事
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2011年12月29日

新年を迎えるに当たって。

今年は例年になく慌しかった。そして、これまでの人生において、まったく新しい局面にも立ち会うこととなった。来年はどんな年になるのだろうか。今年に培ったものをさらに発展・成長させてゆきたいと思っている。年末は大晦日も仕事をしている予定である。おそらく年があけてもまだ仕事場で格闘しているだろう。大忙しである。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
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2011年12月03日

忙しく。

12月に入り、急に仕事が忙しくなって来た。例年のこととはいえ、いざその時期になるとやはり大変である。おまけに明日はスタジオでの写真撮影の予定も入っている。研究会用の資料もそろそろ作りはじめなければならない。公私ともども大忙しである。
ラベル:仕事
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2011年12月01日

もう師走。

今日は12月1日。もう師走である。あと1月で2011年も終るのか。早いものだ。月日の流れが年々速くなっている。時間というものが主観的・感覚的なものであるといった印象をぬぐえない。不思議である。とにかくこれから忙しくなる。仕事も大忙しである。早くも断わった仕事もあるほどだ。風邪を引かずに頑張りたい。
ラベル:師走
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2011年05月28日

台風接近。

今日は朝から大阪まで出て仕事の打ち合わせ。明日は台風が接近するなかでの仕事となりそうだ。台風が本格的に接近して来る前にさっさと仕事を終えたいものだ。
ラベル:仕事
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2011年04月06日

千葉から。

千葉に住んでいる方から電話を頂戴した。その方の安否については地震の直後から気になっていた。しかし、さまざまな事情から、連絡をとるのを敢えて差し控えていた。先日、お見舞いがてら、自宅にお手紙を差し上げた。そのお返事をいただいたのである。おかげさまで大丈夫です。自分の住んでいるマンションはゆらゆら揺れた程度で被害はまったくありませんでした。自分の住んでいるところは昔から地盤のしっかりしたところだったからでしょう。ただし、近年になって埋め立てられたような海沿いの地区では、地震の直後、地面が大きくゆがみ、地下水も所々からあふれ出ていたという。商品の買い占めもひどかったらしい。オイルショックのときと同じく、どういうわけか、トイレットペーパーからなくなっちゃうのよね。それが不思議ね。その方はそうおっしゃっていた。何はともあれ、お元気そうで良かった。
ラベル:地震
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2011年03月22日

mixiに。

ようやくmixiにアクセスする時間が出来た。今夜、はじめて日記に書き込んだ。しかし、こちらのブログも同じような代物である。両者をどのように関係づけるかはこれからの課題である。とにかくmixiの方はもう少し試行錯誤をしてみようと思っている。
ラベル:mixi
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2011年03月14日

復興増税?

地震による死者・行方不明者の数が急増している。避難所で不如意な避難生活を送っている人もさぞ心細い時間を過ごしていることだろう。彼らに平穏な日々が一日も早く戻って来ることを心より祈りたい。その一方、国会では時限的な「復興増税」の立法化などというキナ臭い提案が打ち出されている。最大野党の党首が提案したものであるという。大規模な災害などが起こったとき、しばしばあらわれるものに企業による便乗値上げがある。「復興増税」も同じようなものである。被災地に暮らす人たちに対して何かをしてやりたい。そう思っている人たちの善意につけ込み、どさくさ紛れに増税しようなどとは言語道断である。これだけの大規模な被害が発生したのである。完全な復興を成し遂げるのには気の遠くなるような時間がかかることだろう。したがって、提案されている「復興増税」があくまで時限的なものであると断られていても、その期限が1年やそこらで区切られるはずもあるまい。10年あるいはそれ以上のスパンを前提とした半恒久的な増税になることは容易に想像出来る。増税分の一部は復興事業の名のもとにやがてどこか怪しげなところに流れてゆくだろう。人々の暮らしに直接の関わりのないハコモノもそのうちに次々と作られてゆくだろう。それはすなわち天下りの温床を作ることに直結している。公共事業の名のもとにおこなわれるそういった事例をわれわれはこれまでに散々見て来ているはずである。政府・与党の増税策を批判して来たはずの最大野党もまた同じ穴の狢であった。そのことを見事に明らかにしたエピソードである。こういった火事場泥棒的な策謀を絶対に認めるべきではない。
ラベル:地震
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2011年03月12日

明日の仕事。

明日は早朝出勤である。ただし、昨日の地震の影響で予定されていた業務そのものはおこなわれない。私や何人かのスタッフが業務の中止を知らせるという業務で駆り出されることになっているのである。すでに何十年にもわたって定期的に続けられて来た業務である。地震の影響で中止になるのははじめてである。それほど今回の地震の被害が大きかったということだろう。とにかく明日は問題なく仕事を終えたいものだ。
ラベル:仕事
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2011年03月11日

地震と寒さと。

今日は自宅で朝から仕事を続けた。午後に起こった東北地方太平洋沖地震では東北地方を中心に大きな被害が出ているようである。明日になれば、被害の深刻さがよりいっそうはっきりして来るだろう。夕方になり、雨戸を閉めようと窓を開けた。寒気の影響だろうか。外は3月とは思えぬほど冷たい。時折、霙まじりの雨も降っている。奈良でこれだけ寒いのである。被害のあった東北地方では雪も舞っているのではなかろうか。地震で家屋を失った人たちは、この寒空のもと、さぞ冷たい思いをしていることだろう。人々に平穏な日々が一日も早く戻って来ることを祈りたい。
ラベル:地震
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2011年03月04日

予算委員会?

今日は仕事の合間に外出をした。某所で待ち合わせをしているあいだ、テレビで国会中継を見る機会があった。外務大臣が在日外国人から政治献金を受けていたことについて、野党の国会議員が当の外務大臣や総理大臣に対して、大人気なく声を張りあげていた。馬鹿らしい。そう思いながら、不必要に声を張りあげている野党の国会議員の発言を聞いていた。馬鹿らしいと思ったのはその国会議員の言動についてではない。予算委員会という場所で政治献金の問題が議論されていることに馬鹿馬鹿しさをおぼえたのである。予算委員会とは、その名のとおり、国の予算を議論するところである。いいかえれば、そこで議論されるべき事柄はわれわれの暮らしに直結するお金の使い方についてであるはずだ。そのような大事な場所でなぜ閣僚個人のお金の問題が議論されなければならないのか。審議すべき事柄をまともに審議していないくせに、いざ採決となったとき、野党はすぐに審議が不充分であると非難する。不充分であると主張するならば、予算とは直接の関わりを持たない事案などには構わず、本来、審議するべき事柄(予算案)だけを真摯にあつかうべきであろう。声を張りあげて非難するべきは在日外国人から政治献金をもらっていた閣僚に対してではない。予算委員会という場所で委員会の趣旨とは異なることが当たり前のこととして議論されていること自体を非難するべきではあるまいか。その点に対する自意識が攻守ともに失われているからこそ、野党の国会議員の激高も、それに対して無気力にあるいは暢気に答えている閣僚や総理大臣の発言も、こちらに響いて来るものがまったくないのである。国会議員の皆さん、予算委員会という日本語の意味がおわかりですか。予算委員会とは、その名のとおり、国の予算について議論をする場所ですよ。せっかく政権交代をしたのである。いい加減、予算委員会で予算案以外のことを議論するというくだらない慣習も撤廃してみてはどうだろうか。政治献金の問題などは別の委員会でワイワイやってもらいたい。
ラベル:国会
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2011年02月22日

忙しい数日間。

19日は仕事で大阪へ。その後、仕事関係のスタッフと軽く酒を呑んでから旅に出ました。それからが大忙しでした。昨日の夜にようやく帰宅。自宅を不在にしているあいだに誕生日も迎えました。旅先で誕生日を迎えるのは昨年の沖縄旅行に続いて2年連続です。今日からはふたたび仕事を再開。月末は仕事の分量が増えるので大変です。これからあと数時間くらいは仕事と格闘するつもり。頑張ります。
ラベル:仕事
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2011年02月18日

忙しいです。

ここのところ仕事でバタバタしている。今日は仕事の合間に役所まで出掛ける用事も入っていた。バタバタである。明日は午後から難波で仕事の研修会に参加する予定である。その後、帰宅せずそのまま遠出をする予定。月末に向けて忙しくなって来た。頑張ります!
ラベル:仕事
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2011年02月08日

忙しくしています。

先月に引き続き、今月も忙しい。仕事もさることながら、勉強会・研修会・同窓会の事故処理も立て込んでおり、猫の手も借りたいくらいである。今週末は勉強会。来週末は研修会。旅に出る予定も入っている。もちろん、その合間に仕事をこなさなければならない。バタバタである。これでは思うように外出することも難しい。明日以降は以前の旅ネタ(未発表分)でも記してゆこうと思っている。
ラベル:仕事
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2011年01月30日

背中に激痛でも仕事。

今日は早朝出勤。昨日、背中に激痛が走ってこともあり、昨夜はあまり眠れなかった。おかげで寝不足である。ふらふらになりながらも仕事をこなした。仕事中も姿勢によっては背中に激痛が走る。ときどき「あっ」とか「うっ」とか呻き声を出しそうになりながらも我慢し続けた。仕事は夕方には無事に終了した。不思議なものである。仕事が終わると激痛は大幅に和らいでいた。現金なものである。とにかく仕事も終わり、激痛も和らいでやれやれである。
ラベル:仕事
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2011年01月29日

背中に激痛。

今日は朝から心斎橋で打ち合わせ。終了後、書類を作成して帰宅した。帰り道、どこでどう間違ったのか、背筋に激痛が走った。寒いせいだろうか。入浴によって問題の箇所の筋肉を揉みほぐしておいた。しかし、まだ少し痛い。明日は早朝出勤。大丈夫だろうか。とにかく頑張ります。
ラベル:仕事
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2011年01月10日

仕事終わりに。

連休中にたずさわっていた仕事が終わったのは今日の午後であった。何とか今日中に終わらせることが出来た。まったくやれやれである。しばらく部屋に閉じこもっていたこともあり、身体の血のめぐりが良くない。血のめぐりを良くするため、仕事を終えてから2時間ほど散歩に出掛けた。しばしば歩くルートをぐるりと一巡。自宅を出たときは寒く感じた。しかし、歩いているあいだに血行が良くなったのであろう。寒く感じることはなくなった。おかげで身体の調子も良い。明日は夕方に人と逢う予定が入っている。しかし、それまではオフである。健康のためにもう少し散歩の距離をのばしてみようと思う。
ラベル:仕事
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2010年12月30日

新年を迎えるに当たって。

昨日は小学校の同窓会だった。帰宅後、深夜未明まで仕事に励んだ。今日も終日仕事を続けた。明日も自宅にこもって仕事を続ける予定である。おそらく新年3日くらいまでは仕事に励んでいることだろう。有り難い限りである。今年は何かと忙しい一年だった。来年も現状以上の頑張りを見せてゆきたい。来年も宜しくお願い申し上げます。
ラベル:正月
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2010年12月22日

あなたにめぐり逢ったのは。

あなたにめぐり逢ったのは寒い夜のことだった。その日、あなたは忙しそうにしていたね。僕も何だか気忙しい気分だった。しかし、そんな夜に僕たちには一つの絆が生まれた。出逢ったその日に絆が生まれようとはせっかちな僕でも思わないことだった。これは偶然だったのだろうか。それとも必然だったのだろうか。僕には神さまが引き合わせてくれたとしか思えない。そう思わせるほど僕たちの出会いは運命的なものだった。僕はそう思っているよ。絡まる指のあたたかさを僕はいまも忘れられないでいる。そして、今夜、僕たちはふたたびめぐり逢った。出会いの瞬間が衝撃的であったからこそ今夜の僕たちは穏やかな時間を過ごすことが出来た。おかげで僕はあなたの意外な一面を知ることが出来た。これは神さまに感謝していいことだろう。次回、あなたと逢うのはいつのことか。その日は決して遠くはないはずだ。あなたと逢えるその日まで僕はあなたの指のぬくもりをしっかりと憶えていよう。
ラベル:出逢い
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2010年12月01日

あと1月。

今年もあと1月である。早いものだ。あたりもすっかり晩秋のよそおいである。そろそろ来年の準備に取り掛からなくてはならない。しかし、その前にやっておかなければならないことがまだ残っている。仕事もしかり。勉強もしかり。特に来年以降の本格的な活動のために必要な文献を丁寧に読み進めなければならない。師走というだけあってなかなか忙しくなって来た。
ラベル:時間
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2010年10月31日

無事に。

今日は朝から仕事であった。仕事は無事に終えることが出来た。スタッフたちの協力のおかげである。次回以降もこの調子で頑張りたいものである。帰宅途中、今日、仕事で一緒だったスタッフの一人と駅でばったり遭遇してしまった。その人とは数年前にも別の駅でばったり遭遇したことがある。そのときのことは2008年7月28日の日記に記した。今回から新しくスタッフとして参加してくれることになった人とも家が近いことが判明。ぶらぶら歩いていると、いつ、どこで見かけられるかわかったものではない。気をつけよう。
ラベル:仕事
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2010年10月30日

台風逸れた。

昨日と今日は大阪へ。本町界隈で打ち合わせをおこなった。今日は打ち合わせを終えてからスタッフ2名と軽くお茶をした。明日は早朝出勤である。数日前までは台風の直撃に怯えていたものである。ところが、台風はスピードを上げて早くも関東の沖合いまで進んでくれた。あり難いことである。明日は何事もなく仕事を終わらせたいものだ。
ラベル:仕事
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2010年10月05日

検察審査会の起訴議決を受けて。

陸山会をめぐる政治資金規正法違反事件について一言書いておきたい。東京地裁は検察審査会の起訴議決を受けて小沢一郎を強制起訴する手続きに入ったという。マスコミは起訴議決を受けて一斉に小沢一郎および周辺の動向を報道している。あたかもこれで小沢一郎の政治生命が絶たれたかのごとき報道ぶりである。その報道だけを目にすれば、小沢一郎がこれまでにない最大の窮地に立たされていると思ってしまう読者も多いことだろう。しかし、実際に窮地に立たされているのはむしろ検察の方である。これまで小沢一郎を起訴することが出来なかった検察は今回の強制起訴の議決を受けて否応なく裁判の一方の当事者に立たされることとなるのである。捜査のプロである検察が起訴したくでも出来なかった事案を、今後、あらためてどのように立証し、小沢一郎を有罪に持ち込めるというのか。下手をすれば裁判で敗訴することにもなりかねない。検察が敗訴するようなことになってしまえば、これは検察の威信が先日の郵便不正事件に続いてさらに失墜することになる。本当に頭を抱えているのは検察サイドであることをわれわれは認識すべきである。官僚(検察)と市民(検察審査会)との乖離がここまで生々しくあぶりだされて来た例は珍しい。今回の事態を一政治家の危機という形で矮小化するべきではない。政治家個人の危機をおもしろおかしく騒ぎ立てるのも結構であるが、マスコミはその陰で市民感情の暴走というもっと重大な事態が進行していることを報道するべきである。
ラベル:裁判
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2010年10月02日

意外なところで意外な人と。

今日は所用で朝から某所へ。そこでは、先日、仕事で知った人物と再会を果たした。まったくの偶然である。しかも、その人物は誰もが良く知る有名人と同姓同名。以前、その人物の存在を知ったときは同姓同名という点に驚かされたものである。しかも、今日、ふたたび顔を合わせる機会に恵まれるとは思いもしなかった。世間は狭いものである。詳細をここに書けないのが惜しい限りである。近しい人には、今度、詳しく説明したいと思います。
ラベル:出会い
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2010年09月21日

郵便不正事件について。

障害者団体向け割引郵便制度をめぐって偽の証明書が発行された郵便不正事件。本日、証拠品であるフロッピーディスクを改竄した疑いで大阪地検特捜部の検事が逮捕されたようである。この事件については判決が出るよりも前の時点で厚生労働省元女性局長に対する冤罪の可能性が疑われていたものである。無罪判決が出ることはおおよそ予想がついていたが、先日の無罪判決とあいまって、今回の改竄事件で特捜部の権威が大きく失墜したことは間違いない。しかし、それにしても検察サイドの動きはあまりにも強引であった。検察サイドの作ったシナリオどおりに犯人がでっち上げられるということになれば、検察サイドにとって好ましくない人物はでっち上げの罪を着せられて片っ端から逮捕・起訴されてしまうことになる。事実、これまでにもそのようにして逮捕された人物が数多く存在することであろう。このようなことをやっていて良くぞ日本は法治国家であるといえるものである。もちろん、検察サイドの創作した「物語」を客観的に検証することなく鵜呑みにし、大々的に騒ぎ立てたマスメディアにも大きな責任がある。厚生労働省元女性局長に対する無罪判決が出る直前、某大手新聞は自分たちの当時の誤った報道に対する弁解記事を掲載した。しかし、自分たちで内部調査を進め、当時の記事の問題点を指摘したところで何の説得力もない。弁解記事を書くのであれば、外部の有識者による第三者の検証を徹底的におこない、その上で謝罪記事を掲載するべきである。
ラベル:事件
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2010年09月12日

大変だった。

今日は早朝出勤だった。午前5時起床。仕事は無事に終えることが出来た。しかし、途中、大きなトラブルが発生した。その種類は不可抗力によるものではあったものの、これまでに関わったなかでもっとも大きなトラブルである。おかげで昼食をとる余裕もなかった。しかしながら、さいわいにもスタッフたちのアフターケアが効果を発揮して最悪の事態になることだけはまぬかれた。スタッフたちに感謝しておきたい。次回はもっと頑張ろうと思う。
ラベル:仕事
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2010年09月11日

明日は早朝出勤。

今日も仕事の打ち合わせで大阪へ。打ち合わせの後、明日、一緒に仕事をすることになる主婦A+O+Kと会社の近くでランチをともにした。仕事関係の話題の他にも広島ネタや中国ネタで盛り上がった。明日は早朝出勤。午前5時起きである。何のトラブルもなく仕事を終えたいものである。とにかく早めに休むとしよう。
ラベル:仕事
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2010年08月13日

お盆でも仕事。

世間ではお盆休暇をとっているものも多いだろう。しかし、私にお盆休みはない。昨日はお盆の法要が入っていたとはいえ、大半は仕事に費やされた。今日も仕事で忙しかった。本業の他にも別件の仕事もおこなっていた。明日も仕事の予定が入っている。明日中に仕事をやり終えれば15・16日と休みがとれそうである。しかし、これは特別なお盆休暇ではない。日曜日と月曜日は毎週のオフ日である。今年も毎週のオフ日以外にはお盆休暇をとることは出来そうにはない。しかし、折を見てお墓参りにだけは行っておきたいと思っている。ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。
ラベル:仕事
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2010年07月28日

死刑反対論者による死刑執行。

1年振りに死刑が執行されたという。死刑廃止論者である法務大臣が死刑の執行を認めたということで今日のマスコミはちょっとした騒ぎになっていたようである。すべての報道に目を通したわけではない。しかし、私の眼にした報道はいずれも「政治的演出のにおい」や「パフォーマンス」といった言葉で表現されるような浅はかな内容のものばかりであった。これまでに死刑の廃止を訴え続けて来たような人物であったからこそ、なおさら法務大臣としての職責を全うすべく、死刑の執行を決意するまでにはさまざまな葛藤や苦しみがあったはずである。人が人に対して罰として死を与える。その行為そのものに対して、死刑の廃止という崇高な理想と死刑を執行せざるを得ない立場に立たされているという圧倒的な現実との絶望的な乖離に対して、底知れぬ恐怖をおぼえ、眠れない日々が続いたに違いない。実際、死刑存続論者であったとしても、自分がいざ死刑を執行する状況に置かれれば、誰もが同じような心理に駆り立てられるはずだ。それを「法務大臣であるのだから」とか「法律で定められているのだから」といった形式的な理由で当然視する向きもあるだろうが、私からすれば、何と非人間的な発想なのだろうと思う。法務大臣といえども人間である。法律といえども、人間が行使してはじめてその意味がある。政治には政治の領域があることは重々承知しているが、「政治」(現実)と「人間」(理想)とのあいだで引き裂かれ、両者のあいだで苦悩することこそもっとも人間らしいおこないではなかろうか。そして、そうであるからこそ、われわれは死刑を政治の領域からのみ解釈するべきではなく、より本質的な見地から、その存廃までも含めてみずからの思いや考えをめぐらせるべきなのである。死刑の執行をみずからの目で確認したという法務大臣が「国民的な議論の契機にしたい」と述べたのも当然である。そういった人としての当然の葛藤や揺らぎを斟酌することなく表面的な事象のみを取り上げて「政治的演出のにおい」や「パフォーマンス」といった言葉で済ませるようなゲスの勘繰りこそもっとも浅はかで非人間的な態度であるといわざるを得ない。日本のマスコミのレベルが良く表わされた報道である。こんなゲスな連中に日々紡ぎ出される人々の営みや哀歓を報道する資格などあるわけがない。
ラベル:死刑
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2010年07月22日

大相撲とNHK

角界が野球賭博問題で揺れているという。大相撲に限らず、芸能や興行の世界が良くも悪くも裏社会と深くつながって来たことは周知の事実である。そのような当たり前の事実を前にして、いまさらのように裏社会との関わりに驚き、「黒い交際」を批判する世のなかの流れそのものに私は驚かされる。そういえば、昨日だったか、今日だったか、どこかの親方に新たな「黒い疑惑」が浮上し、またぞろ騒動になっていたようである。これまでにも裏社会との関わりについては何度も指摘されている。裏社会の構成員が大相撲を観戦していたという話題を耳にしたのも最近のことである。これまでにもあらためるべき機会はいくらでもあったにもかかわらず、何をいまさら、という思いを本音では抱いている角界関係者も多いことだろう。しかし、事態を重く見たNHKは大相撲中継を中止した。実際、白鳳が連勝記録を更新し続けるという見所のある名古屋場所は生中継されていない。残念なことである。しかし、そう思っていたところ、NHKがその日の取り組みを午後6時半からダイジェストとして放送していることに遅まきながら気づいた。これではなぜ大見得を切って大相撲中継を中止したのかがわからない。ダイジェストであるといっても、そもそも大勢の力士が欠場している名古屋場所そのものが通常の場所のダイジェストのようなものに過ぎないではないか。公共放送であるNHKがなぜ大相撲中継を中止したのか、私にはその理由がさっぱりわからない。視聴者から受信料を徴収する公共放送を自認するのであれば、なおさら休場力士が続出し、閑古鳥が鳴いている名古屋場所のありのままを正確に放送するべきではなかろうか。NHKが公共放送としての使命を放棄しているように思うのは私だけだろうか。
ラベル:テレビ NHK 相撲
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2010年06月16日

サッカーワールドカップ。

サッカーワールドカップが南アフリカで開催中である。ワールドカップの期間中はサッカーの試合を良く見る。このときだけは俄ナショナリストに変貌である。先日の日本対カメルーン戦ももちろん視聴した。まさか日本が勝つとは思わなかった。これにはまったく驚いた。日本の勝利に驚いたものは多いのではなかろうか。これによって私のような俄ナショナリストが一気に増大したことは容易に想像がつく。今度のオランダ戦も見るつもりである。オウンゴールだけは絶対にやらかさないで欲しいものだ。
ラベル:サッカー
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2010年05月31日

がんばらねば。

昨日は朝から早朝出勤。仕事は無事に終了したものの、今回は反省点の多く残る結果となった。特に想定したシフトで人が思いのほかまわらなかったことは残念だった。欠員が多かったことの他にもはじめて担当した部門にまわった人の不備が目立った。私自身、きちんと問題点をチェックしなかったせいで結果的に負担が大きくなったことも反省しなければならない。この問題は来月以降に随時対処してゆきたい。仕事が終わった後は急な呼び出しで“無心”(奈良市中町323-1)を訪れてしまった。三輪山に登ったユキコと合流した結果である。こんな展開になるとは思わなかった。
ラベル:ラーメン 仕事
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2010年03月09日

雨。

雨が降る。雨が降っている。雨に流れて、流されて。それでもいまも雨が降る。今回は会えずに残念でした。今日のきみは元気でしたか。いつかまためぐり逢えるときが来るだろう。そのときまでどうかお元気で。笑顔で逢えるその日を楽しみにしています。雨が降る。雨が降っている。雨に流れて、流されて。それでもいまも雨が降る。
ラベル:
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2010年01月31日

忙しかった。

今日は早朝出勤。午前5時に起床した。朝から雨が降っていた。そのせいもあったのだろう。身体が重たかった。仕事そのものは無事に終わった。しかし、気疲れをした。メンバーの主婦連との来月の呑み会の予定を決めることが出来たのは収穫だった。
ラベル:仕事
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2010年01月30日

明日は仕事。

今日は明日の仕事の打ち合わせで大阪へ。その後、スタッフの主婦連とお茶をした。明日は早朝出勤。予報では午後から雨だという。大変である。がんばろう。
ラベル:仕事
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2010年01月14日

せめて無事な夜を。

作家のN氏とは、数年前、とある講演会で知り合った。氏と私とが特定のテーマに沿ってそれぞれ講演をおこなうという企画だった。1930年代生まれの氏からすれば、私は子どもあるいは孫のような年齢の若輩者である。それにもかかわらず、私に対して親しく接して下さった。以来、書面上の付き合いではあるが、折々にアドバイスをいただいている。現在、氏は体調が芳しくないようである。今日、氏が寄稿された雑誌とともに頂戴したお手紙でそのことを知った。せめて無事な夜を過ごして欲しい。遠い空から氏の恢復をお祈りしたい。
ラベル:講演
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2009年10月25日

大忙し。

昨日は朝から大阪へ仕事の打ち合わせに出向いた。打ち合わせを終えた後、一度、帰宅。打ち合わせにもとづいて関係書類を作成してから早めの夕食を食べてふたたび大阪へ。コンサートを堪能した。帰宅したのは午前0時過ぎ。午前1時過ぎに就寝し今朝は午前5時に起床した。今日は早朝出勤である。仕事は優秀な主婦連合の奮闘によって無事に終えることが出来た。午後6時前に帰宅した。まったくやれやれである。明日は滞っている通常の仕事を終えるつもりである。あさってからはしばらくゆっくりする。そのためにも明日中に仕事を終えねばならない。とにかく頑張ろう。
ラベル:仕事
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2009年09月20日

仕事で残念。

小学校の同窓生たちから旅行に誘われた。しかし、連休は仕事が山積みである。プライヴェートの用事も入っている。今回は泣く泣く諦めた。参加者たちはいまごろ酒でも酌み交わし、大騒ぎをしているのであろうか。まったくもって羨ましい限りだ。こちらは今日の仕事がまだ終わらない。明日も仕事。あさってくらいからようやく時間がとれそうだ。次回は絶対に参加しよう。
ラベル:仕事
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2009年09月18日

終わりがあること。

ここで頑張ろう。そう思うと何だか嬉しくなった。当時はそれだけで幸せだったものである。しかし、幸せは悲しみと表裏一体の関係にある。そのことに気付いてからは辛い日々も過ごした。しかし、いまでは後悔していない。終わりがあること。それがあるから美しい。はじまりは終わりのはじまりである。終わりがあるから新しく何かがはじまる。人生はあざなえる縄の如しである。
ラベル:人生
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2009年09月09日

これからもずっと。

季節の変わり目なのであろうか。今朝の空模様はすっかり秋色だった。日射しもどこかしら涼しげである。午後からは風が冷たく感じられたほどだ。季節の変わり目に立ち会った瞬間だったのであろうか。これから少しずつ寒くなる。しかし、人としてのあたたかさだけは持ち続けたいものである。これからも、これからも、ずっとこれからも。
ラベル:
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2009年08月07日

甥っ子登場。

昨日は夕方にOから呼び出しを受けてならファミリーへ。OおよびSと地下のフードコートでお茶をした。仕事に関する深刻な話し合いになるかと思いきや、私が到着したときにはすでに話が決着していたようであった。今日は午後から名古屋在住の甥っ子シュン・ユウ兄弟が帰省。またまたならファミリーの地下のフードコートでお茶を呑んだ。今日からしばらくは忙しい日々が続く。甥っ子たちの相手の他にもパン教室もある。その他の雑務もある。お出掛けも多い。もちろん、仕事もこなさなければならない。とにかく体力の続く限りがんばらねばなるまい。
ラベル:
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2009年07月25日

仕事でバタバタ。

今日は朝から仕事の打ち合わせで大阪へ。打ち合わせが終わって会社を後にする頃には雨が降りはじめていた。明日も雨だろうか?明日は早朝出勤。朝から雨だと鬱陶しい限りだ。とにかく明日を乗り切れば来週はささやかな旅が待っている。明日は何事もなく仕事を終えたいものだ。がんばろう。
ラベル:仕事
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2009年07月15日

醜悪きわまりない。

久し振りにテレビをつけたら政権与党内の内紛劇が話題としてとりあげられていた。危機的な状況にのぞんで立ち現れる人と組織の負の側面がありありと映し出されていて実に興味深かった。景気の良いときは勇ましいことばかりのたまっている連中である。しかし、ひとたび危機的な状況におちいると自分たちの保身のことしか考えない。こんな連中が有事の際にも政治家として振る舞うのかと思うと寒気がする。後退局面に入ったとき、それまでの勇ましい言辞などあっさり捨て去り、さっさと敵前逃亡してしまう連中なのであろう。醜悪きわまりない。危機にのぞんではじめて人としての真価が問われる。昔の人はまことに正しいことを述べたものである。
ラベル:政治
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2009年07月01日

疲労困憊。

昨日は仕事に明け暮れた。夜は仕事を終えてから奈良町に繰り出して酒を呑んだ。帰宅したのは午前0時前だった。今朝は朝から疲れがたまっていた。疲れがなかなかとれない。6月の疲れがここに来てどっと出て来たようである。おかげで今日は仕事が思うようには進まなかった。明日は前向きに頑張ろう。
ラベル:仕事
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2009年06月28日

転機の年?

今日は午前5時に起床。早朝から出勤した。仕事は滞りなく終わった。暑い一日だった。私は日中の大半を冷房のきいた部屋で過ごした。しかし、メンバーのなかには炎天下を歩いて疲労困憊のものもいた。お疲れさまでした。そうお礼をいっておきたい。今年はやはり転機の年なのであろうか。メンバーの異動がぽつりぽつりと耳に届くようになった。新年度を機にすでに転職したものがいる。退職を表明したものもいる。配置転換を希望しているものもいる。その一方、新たに入って来る人もいるようだ。チーム奈良の大幅な改変が必要なのかも知れない。とにかくまずは歓送迎会を開かねばなるまい。
ラベル:仕事
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2009年06月16日

残された力。

ここ数年、仕事にかまけて自分の専門領域に関する勉強を怠っていた。注文の原稿をきっちりこなしながらも正直にいうとモチベーションは低かった。このまま自分の専門領域をないがしろにしながら人生を終えてしまうのだろうか。それも悪くはない。一つの運命だろう。そんなことを思うのもしばしばだった。しかし、先日、とある作品を読んで興味深い事実を発見した。これは自分にしか見つけられなかったことなのではなかろうか。そう思うと自分にはまだまだやれることが残されているのではないかと考えるようになった。現金なものである。俄然、やる気が出て来た。40代まであと数年。20代の成果として『花田清輝論』(柳原出版)を2003年に刊行した。2004年には恩師であった「内向の世代」の小説家・後藤明生の遺稿集『日本近代文学との戦い』(柳原出版)もまとめた。前著は特に生硬な文章のわりに稚拙な内容である。しかし、そんなことはどうでも良い。それらと同じように30代の成果として一つの目標を立てるべきではないろうか。現在、そんなことを思いはじめている。今年はさまざまな意味で転機の年となりそうだ。少しずつでもリハビリをはじめてみよう。さしあたり、人生の折り返し地点である厄年あたりを目処にして、いま一度、がんばってみよう。再始動である。
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2009年06月10日

「職業婦人」について。

久し振りに「職業婦人」という言葉と遭遇した。書き言葉であったとはいえ、当節、いまだに「職業婦人」という言葉を使う御仁が存在することに驚かされた。おどろ木ももの木さんしょの木である。「職業婦人」という言葉が使われはじめたのはいつ頃のことだろう。おそらく大正末期からだと思われる。女性の社会進出がはじまった当時はさぞかしイカしたナウい言葉だったろう。では、反対に使われなくなったのはいつ頃か。小生が物心のついた頃にはすでに使われていなかったように思う。男女雇用機会均等法が施行された1985年前後、一世を風靡したのは「OL」という言葉だった。しかし、近頃では「OL」もそろそろアヤシクなって来た。当節、「OL」に成り代わって使われている言葉があるのだろうか。誰か御教示願いたい。しかし、物は考えようである。死語は死語であるがゆえにかえって新鮮である。さすがに「職業婦人」という言葉を真面目な席で使うことは憚られるが、日常会話として使うぶんにはユーモアがあって効果的であろう。一時期、意識的に翻訳文特有の直訳体で話していたことがあった。これからは、時折、そのなかに幾つかの死語もちりばめながら会話をしてまいりたい。さて、周囲からはどのような反応が返って来るだろうか。いまからワクワクドキドキである。
ラベル:死語
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2009年06月01日

ようやく一息。

昨日は夕方まで出勤だった。仕事は無事終了した。しかし、仕事に絡んだ拾得物の届出のために警察署に向かったり、仕事先へ必要事項を連絡したりしてバタバタ。帰宅したのは午後7時をまわっていた。今日の午前中も昨日の拾得物関連で各方面に連絡をとらなければならなかった。まったくやれやれである。しかし、これでようやく一息ついた。しばしのあいだゆっくり出来そうだ。今月後半からの激務にそなえていまのうちのんびりしておこう。
ラベル:仕事
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2009年05月30日

明日は多忙。

明日の仕事は大役を任されている。おまけに早朝出勤である。がんばらなければならない。明日が終われば忙しかった日常に一息つける。何事もなく業務を終えたいものである。鳥取・島根紀行もまだ道半ば。来週には完結させたいと思っている。
ラベル:仕事
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2009年05月22日

またまたバタバタ。

先日、大きな仕事の山を一つ越した。これで明日・あさっては気兼ねなくオフを満喫することが出来る。明日から旅に出る。早朝に出立。西へ向かう。あさっての夜遅くに帰宅する予定。しかし、まだまだ気を抜けない。30・31日に大きな仕事がもう一つ控えている。新型インフルエンザの流行も気になる。マスクを着用して仕事をおこなわなければならないかも知れない。困ったものだ。31日の仕事を乗り越えれば何とか一息つけそうだ。それまでとにかく頑張ろう。
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2009年05月02日

バタバタの5月。

世間はゴールデンウィーク一色である。しかし、こちらは今日も真面目に仕事をしていた。5月最終週締め切り予定の大きな臨時の仕事を抱え込んでしまった。それに加えて最終日曜日にはチーム奈良のトップとして大役をまかされることとなった。後半になるにつれて仕事がどんどん大変になりそうだ。頑張って乗り切らねばなるまい。明日から6日までは完全オフ。何も考えずぼうーっと過ごしたいと思っている。そうであるからこそ、今日までにやれる仕事をやり終えておかなければいけない。今日は朝から一生懸命頑張ったものである。おかげで肩が凝った。近場の温泉にでも出向いてゆっくりしようか。春の海ひねもすのたりのたりかな。そんなことを思っているところである。
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2009年05月01日

きみが去ってゆくのを。

きみが去ってゆくのを陰から見ていたよ。思えば長い付き合いになったものだ。こんなに長く付き合うことになろうとは思わなかった。きみと出会ったのはいつだっただろうか。物心がついたときにはすでに僕たちはいつも一緒だった。僕がきみの存在をしばらく気にかけないときにも、きみはずっと僕のことを見守ってくれていたね。僕が気まぐれにきみのもとへやって来てもきみはいつもと変わらず僕の心をなぐさめてくれたものだ。少しくらい乱暴にあつかっても決してへこたれない。それがきみの長所だった。そんなきみに僕は何度励まされたことだろう。きみはこれからどこへ向かうのか。新たに出会った誰かのもとでふたたび誰かの心をなぐさめるのだろうか。どうかいつまでもその優しさを忘れずに。いつかまたどこかでめぐり逢おう。そのときまでお元気で。
ラベル:別れ
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2009年03月30日

見知らぬ街へ。

見知らぬ街へ移り住む。それはきみにとってとても勇気のいることだろう。通りを歩く見知らぬ人の視線さえ冷たく感じられるかも知れない。すべての絆を断ち切られたような深い悲しみに襲われ、不安を感じることもあるだろう。しかし、怖れないで。きみの降り立ったその街はまだ真っ白なキャンバスに過ぎない。真っ白なキャンバスにこれから色を塗ってゆくのはきみ自身。きみはこれからどんな色を塗ってゆくのだろうか。蒼穹をイメージする透き通るような青だろうか。それとも情熱的な赤だろうか。悲しみに満ちた灰色や黒を仕方なく塗りつける日もあるだろう。しかし、灰色や黒から決して眼を背けてはいけない。青や赤だけが素晴らしい色なのではない。灰色や黒もまたきみ自身の色であることに気づいたとき、さまざまな色に彩られたキャンバスはきみにしか描けない絵へと変化してゆくはずだ。見知らぬ街へたどり着いたばかりのきみがそのことに気づくのはもう少し先のことだろう。きみが気づくそのときまで、僕はきみの行く末を見守り続けよう。
ラベル: 引越し
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2009年03月21日

雨のなか。

あなたが出て行ったのは雨が激しく降っているときだった。そんなに急に出ていかなくてもいいではないか。あなたの出かけるのを前にして最初はそう思ったものだ。しかし、あなたにとって、降りしきる雨のなかの出立には大きな意味があったのだろう。静寂さが支配するなかでの出立は自分の性にあわない。そう思ったのに違いない。思えばあなたはいつも人の輪のなかにいた。決して一人で静かに時を過ごすような人ではなかった。そう考えるとあなたの判断は決して間違いではなかった。いまあらためてそう思う。雨があなたの足跡を消してゆく。歩いてゆくそのすぐそばから消してしまう。足跡すら残さずに出てゆくあなたに対して、取り残された私はどう振る舞えばいいというのか。戸惑いがないといえば嘘になる。しかし、いまはあなたの出立を静かに見守ろう。私の前から去っていったあなたは次に誰と出会うのだろう。そして、私は誰と出会うのだろうか。いつの間にか窓からは陽が差し込んでいた。前夜の雨はすっかり上がっていた。あなたはもういない。いまごろはどのあたりを歩いているのだろうか。せめて自分だけは見失わないで。また会えるその日まで。雨上がりの朝、あなたが大切に育てていた木蓮が真っ白な花を咲かせていた。
ラベル:
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2009年03月13日

週末バタバタ。

今日は夜から大阪の本町で仕事の打ち合わせだった。お腹が空いた。ミナミで軽く食事をして帰った。帰宅したのは午後10時半過ぎだった。明日は夕方まで仕事である。夕方からはふたたび大阪へ。その夜はミナミで酒を酌み交わすことになるだろう。土曜日は昼間から奈良町界隈に出没。奈良町の某店でランチをとる予定である。夕方以降は近鉄新大宮駅か大和西大寺駅近辺で酒を呑むことになるはずだ。日曜日は早朝出勤である。仕事は夕方までかかる。仕事が終わるとふたたび大阪まで出る予定である。月曜日は昼前から新大宮の某所で小学校の同窓会の打ち合わせまで入っている。どうしてこんなに忙しくなったのだろう。さまざまな予定が重なってしまったせいであることは間違いない。我ながら呆れるばかりだ。しばらくは体力勝負の日が続く。頑張って乗り切ろう。あらためてそう決意をした。
ラベル: 仕事
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2009年03月11日

よろ。

昨夜の呑み会&誕生日会では若年層の言葉の乱れが話題になった。言葉の乱れについて話し出したのはマリンバ奏者のMではなかっただろうか。最近の若い子は言葉の使い方がなっとらん。わかっていないだけではない。間違っている。そういった内容であったように思う。言葉が乱れているのかどうか。私はそのことを判断する見識を持ち合わせてはいない。しかし、インターネットや携帯電話が普及したことにより、文章が簡略化される傾向にあることだけは確かなようだ。昨夜、その一例として「よろ」にまつわる私の実体験を話した。以前、後輩から送られて来たメールの文末に「よろ」という二文字が付け加えられていた。確か「〜です。よろ」とか「〜だったと思います。よろ」といった文面で使われていたように記憶している。「よろ」とはいったい何であるのか。メールを受け取った当初、私は「よろ」が先に記されていた記述の消し忘れだと思い込んでいた。しかし、後から考えると「よろしくお願いします」の略ではないか。そう思いはじめた。そう考えると辻褄が合う。「よろ」の直前の一文が私に対してあることを依頼する内容であったからだ。しかし、メールの時代になっていくら言葉の簡略化が進んだからといって「よろ」はないだろう。後輩は近頃しばしば使われる「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます」を略した「あけおめことよろ」をもじったのかも知れない。しかし、「あけおめことよろ」は年明けの限られた期間にしか使われない上、簡略前の文面が言葉と言葉とのあいだから伝わって来る。そのため、大した戸惑いをおぼえない。しかし、「よろ」だけでは何のことやらさっぱりわからないではないか!せめて「よろしく」と記すべきではないだろうか。もちろん、言葉の簡略化は若者にだけ限ったことではない。以前、母親から受け取ったメールでは本文に、一言、「電話」とだけ記されていた。電話。だからどうしたというのだ。電話をかけて来いということか。誰かに電話をかけろということか。自分が先ほど電話をかけたということなのか。それとも自分の目の前にいま電話機が置かれているということなのだろうか。せめて「電話をくれ」とか「先ほど電話をかけたぞ」と記すべきではないか。どいつもこいつも困ったものだ。昨夜はそのような実例を挙げて喋りまくった。もちろん、笑いごとではない。事態はかなり深刻である。われわれはインターネットや携帯電話の普及によってこれまで以上に濃密で間断ないコミュニケーションを獲得するにいたった。しかし、その一方で言葉と人との乖離現象が急速に進行していることに留意しなければならない。「よろ」や「電話」などはまだまだかわいいものかも知れない。近い将来、それらは「よ」とか「電」まで簡略化されるのではないか。そうなったとき、私は果たして「よ」や「電」の意味するところを推測であっても把握することが出来るのであろうか。そんな危惧を真剣に抱いている。
ラベル:言葉
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2009年03月01日

シュンの転校。

妹夫婦の転勤が決まった。現在、妹夫婦は埼玉に住んでいる。4月からは名古屋に住むことになる。昨日、一家揃って名古屋まで新居を探しに出掛けたようだ。新居はすぐに決まった。JR名古屋駅から地下鉄で30分足らず。現在の住まいよりも広々としているらしい。こちらから遊びに行くにも便利になった。引越し作業が落ち着いたら、早速、遊びにいってみようと思っている。しかし、転勤の話を聞いて真っ先に気になることがあった。シュンのことである。妹の話によると、転勤の話が決まったとき、シュンは激しく抵抗したらしい。無理もあるまい。結婚に際して郷里である奈良を出た妹からすれば、埼玉も名古屋も所詮は見知らぬ土地である。埼玉であろうが、名古屋であろうが、その地に馴染むように努めれば良いだけのこと。しかし、シュンにとって、埼玉は物心のつく前から住み慣れた唯一無二の土地である。一緒に育った友だちも多かろう。ひょっとすると密かに思いを寄せる女の子だっているかも知れない。埼玉を離れるのは嫌だ。そういって抵抗するのは当然だろう。結局、激しく抵抗した後、シュンはお風呂に入って一人でじっくり考えたらしい。入浴時間は1時間近くにのぼったという。入浴を済ませて出て来た後、シュンは名古屋行きを承諾したそうだ。その話を聞いたときは不覚にも涙が出そうになった。まったく偉い奴だ。ションよ。辛かろうが、これが人生というものだ。嘆いてはいけない。たとえ遠く離れようとも、お前の心のなかに故郷は確かに息づいている。この思いを忘れるな。そして、大きくなったら自分の足で故郷を目指せ。住み慣れたかつての我が家を確かめにゆけ。恩師や旧友たちに会いにゆくのも良いだろう。いまはただひたすら前を向いて生きるのだ。決して振り返ってはいけない。今度、シュンに会ったらそういってやろうと思っている。
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2009年02月24日

あのー/そのー/そりゃあ/うーん/えーと

近頃は忙しくて新聞をじっくり読んでいる時間がない。たいていのニュースはウェブ上にアップされた記事で確認している。経済問題しかり。政治問題しかり。そのことに関して気になるのは政治家に対するインタビューにしばしば見られるメディアの奇妙な文体についてである。私は支持率の低迷が続く内閣総理大臣の発言を頻繁にウェブ上で確認している。総理大臣の発言はくだらない。わざわざ口元をひん曲げて喋っているのである。もう少し気のきいたことがいえないのか。ユーモアあふれる弁舌を駆使することが出来ないのか。そう思うことが多い。しかし、この際、そんなことはどうでも良い。私が気になるのは、近頃、総理大臣の発言を一字一句そのまま活字化しようとしている記事が矢鱈と目立つことである。そこでは総理大臣の「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までもが正確に活字化されている。総理大臣の発言を、一字一句、聞き漏らすまいとする記者の執念が感じられるといえなくもない。その言葉を正確に伝えようとする心掛けも立派であると思う。しかし、そうはいうものの、果たして「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」までわざわざ活字化する必要があるのだろうか。私には「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までも活字化しようとするメディアの意図やその意義をまったく理解することが出来ない。それはむしろ自分の文章を綴ることを放棄した記者の怠慢の表れに過ぎないのではなかろうか。総理大臣の発言を出来るだけ正確に伝えようとするのであれば、いっそのこと、それを動画で配信すれば良いだけのことなのではなかろうか。「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までもわざわざ活字化する方法が以前から存在したのか、私には記憶がない。総理大臣の「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉がちりばめられた記事はいわゆる「ぶら下がり」と呼ばれる取材を活字化したものに頻繁に見られる。「ぶら下がり」とは、通常の記者会見とは異なり、記者が取材の対象者を取りかこんでおこなう取材のことを意味している。思えば「ぶら下がり」という呼び名も随分ばかげたものである。「ぶら下がり」の名に値するものといえば、ぶら下がり健康器具をおいて他にはないではないか。「ぶら下がり」という名のばかげた取材名称と「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉がちりばめられたばかげた取材記事。総理大臣が間抜けならば、その言葉を、一字一句、活字化しようとするメディアも相当ばかげている。全員一列に並んでぶら下がり健康器具にでもぶら下がっていろといっておきたい。
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2009年02月11日

祈りは世界に通じるか?

以前、読んだ書籍に「祈りは世界に通じる」といったような文言が断定口調で記されていた。全世界の人々が平和を願えば、地球上から戦争はなくなる。核兵器も廃絶される。人々の祈りが世界を変える。みなさん、平和な世界が築かれるように祈りましょう。こういった意味合いで使われていた。この趣の発言は他の書籍やメディアでもしばしば発せられる。ことさら宗教的な人物だけがそう発しているわけではない。宗教とは関わりのないような一般の人から発せられることもある。最近、特に目立つようになって来たような気がしないでもない。同様の論法はいわゆる差別問題でもしばしば使われる。人を差別してはいけません。自分のなかにある「差別する心」をなくしましょう。「差別する心」をなくすことが差別問題を解消する第一歩です、と。本当なのだろうかと思う。残酷なのであろうか。私は祈りが世界に通じることはないと思っている。もちろん、祈るという行為は崇高である。美しい。しかし、「祈り」で世界を安寧に導けるとは思えない。「祈り」によってアフガニスタンでの戦争が終結しただろうか。イラクにおける混乱が終息しただろうか。「差別する心」をなくして本当に差別問題が解消するであろうか。戦争とは政治上の一形態である。差別もまた差別するものと差別されるものとのあいだに横たわる現実的な諸関係から派生して来る。いわば、現実の所産そのものである。一方、「祈り」や「心」は内面の産物に過ぎない。現実の変革を内部世界の変革によって行使することにどれほどの意味や効果があるというのだろうか。私にはこういった「祈り」や「心」の押し付けが何やら思想統制のような傲慢で高圧的な行為に思われる。全体主義的でキナ臭いものに感じられて仕方がない。平和な世界が築かれるように祈りましょう、だと?自分のなかにある「差別する心」をなくしましょう、だと?他人になぜ自分の心のうちまで強制されなければならないのか。何をどう思おうと私の自由ではないか。もしかするとそれは戦争や差別といった現実の事象そのものから眼を背けさせるための方便に過ぎないのではないか。「祈り」や「心」の重視をとなえている人たちはそれぞれの思いとは裏腹に結果として現実の変革を阻害することに加担しているのではないか。穿った見方といわれるかも知れない。しかし、この種の発言を読んだり、耳にしたりするとしばしばそう思ってしまう。戦争や差別の廃絶は「祈り」や「心」の充実によっては果たし得ない。戦争や差別を誘発する現実上の要因を粘り強く一つ一つ具体的(現実的)に撲滅する。そして、戦争や差別を生まない物質的な諸条件を現実として構築してゆく。それ以外にあり得ないと思う。近年、「道徳心の復興」を掲げる政治家が多い。宗教家や教育者が「心」の問題に言及することには一定の理解が出来る。しかし、現実の諸問題に関与する政治家が卑しくも「心」について語るべきではない。「心」について声高に叫べば叫ぶほど、その裏には現実的且つ政治的な何らかの意図が隠されているはずだからだ。それはむしろ「祈り」や「心」の冒涜である。
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2009年02月03日

アセンション?

オカルティズムや疑似科学には関心がない。霊の存在など信じない。いわゆる「百匹目の猿」の話も信じない。水に対して美しい言葉を投げかけると美しい結晶が出来る。これにいたっては馬鹿も休み休みにいえといいたい。しかし、何の因果か、仕事でたまにその種の文章を読むことがある。興味深いのは1990年代にはノストラダムスの大預言に関する言及が多かったことである。大預言は見事にはずれた。そのせいだろう。最近ではノストラダムスの「ノ」の字も語られなくなった。まったく現金なものである。しかし、近頃、「ノストラダムス」に代わって別の言葉が目に付くようになった。「フォトンベルト」や「アセンション」である。2012年12月23日、地球が「フォトンベルト」に突入する。その際、人類の遺伝子に劇的な変化が訪れて新たな進化の道が開かれる。もしくは三次元の存在である人類が五次元の存在になる。そのことを「アセンション」と呼ぶらしい。四次元(時間)をすっ飛ばしていきなり「五次元の存在」になるということが具体的にどういうことなのか、さっぱりわからない。しかし、「フォトンベルト」や「次元」といった科学用語や数学用語が使われているぶん、なるほど、ノストラダムスの大預言よりはいくらかは科学的である。もちろん、根拠に裏付けられた話ではない。単に科学的であることを装っているに過ぎない。1999年の次は2012年か。この種の終末論的あるいは他力本願的な発想には、いい加減、うんざりする。2012年に「アセンション」が起こるのかどうか、そんなことは知ったことではない。しかし、人に劇的な変化が現れる、すでにさまざまな分野でその兆候が現れていると主張したいのであれば、むしろこの種の終末論的あるいは他力本願的な言説を積極的に廃棄し、自分の力で生きることからはじめるべきではなかろうか。案外、そのような転換のなかにこそ「アセンション」の萌芽があるかも知れないではないか。私は「五次元の存在」には関心が持てない。「アセンション」や「五次元の存在」を待望するものたちは嘲笑するであろう。しかし、私には自分が三次元という特定の次元を生きているということ自体が不思議に思える。自分がいま、ここにこうやって存在していること。世界がこのような形で存在していること。そのことが神秘である。「アセンション」や「五次元の存在」を認めるものたちはみずからの主張を三次元の世界であるこの現実世界のなかでさかんに囃し立てているという矛盾をどう感じているのであろうか。2012年まであと3年あまり。地球が「フォトンベルト」に突入するという2012年12月23日が過ぎると、次はどのような「アセンション」が用意されているのであろうか。そちらの方にこそ私の大いなる関心がある。
posted by 乾口達司 at 20:37| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

多忙な日々。

甥っ子のシュンが埼玉の自宅に帰ったのは昨日だった。今日からは元気に小学校に通っているようである。シュンが帰ってようやく正月気分が抜けた。しかし、それに代って到来したのは仕事の山・山・山!である。今日も朝から仕事に追われた。仕事が終わったのは先ほどのこと。12時間以上も仕事と格闘していたことになる。まったくやれやれである。おかげで今夜はN部長からの呑み会のお誘いも断ってしまった。例年、猛烈に忙しい時期とはいえやはり無念である。N部長たちはさぞや美味い酒に酔い痴れていたことだろう。想像するだけでも悔しい。実に残念である!明日は別の仕事の打ち合わせが入っている。夕刻から大阪まで出向かなければならない。11日は早朝出勤。それが終わってもまだ仕事は片付かない。大きな山を越すのは来週後半になりそうだ。その直後にはちょっとした旅も控えている。あと10日ほどはうっかり風邪もひけない。出来るだけ精進して日々を過ごそうと思っている。早くN部長たちと新年会を開きたいものだ。
ラベル:仕事
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2008年11月20日

冬の到来。

急に寒くなったせいだろうか。私のまわりでは死人が続出している。ストレッチャーに乗せられた遺体が自宅に帰ってゆく場面を目撃したのは昨日の早朝だった。たまたま前夜から実家に帰っていた。時刻は午前7時過ぎだった。何気なく台所の窓を開けたときのことである。喪服に身を包んだ2人の男性が自宅の裏の砂利道を歩いている姿が目に飛び込んで来た。2人はストレッチャーを前後から挟むようにしてゆっくり歩いていた。小声で何かを囁きあっている。ストレッチャーには真っ白いシートがかけられていた。人が横たわっているような盛り上がりが見える。喪服姿の男性たちが誰かの遺体を運んでいることはすぐにわかった。朝の光が彼らを包み込んでいた。私は不思議な気分に襲われた。まるで夢を見ているような気分だった。ストレッチャーはやがて喪服姿の男たちに引かれて民家の向こうに消えていった。砂利道を進む足音だけがしばらく聞こえていた。しかし、その足音もやがて聞こえなくなった。あれはいったい誰の遺体だったのであろうか。私がいつまでもぼんやり窓の外を眺めていた。すると、突然、電話が鳴り響いた。母が受話器をとった。遠縁の老女が亡くなったという。電話はそのことを知らせるためのものだった。享年101。大往生だったらしい。祖母が自分の部屋からのそのそと起き出して来た。母が老女の死を祖母に告げた。私は先ほど目にした光景を話した。それからが大変だった。祖母は急に元気になってあちらこちらに電話をかけはじめた。そして、遠縁の老女の死が老衰であったこと、葬式が金曜日にとりおこなわれることなどの情報を入手した。私が目撃した遺体は祖母と同年齢の女性だった。昨日の昼頃、食事中に倒れて救急車で病院に運ばれていったという。祖母はその情報も間もなく入手した。寒さでぶるぶる震えていた先ほどまでの祖母とは大違いである。早くもお悔やみに出掛ける準備まではじめていた。冬の到来によって死にいたるものがいる。その一方でとたんに元気になるものもいる。人それぞれである。
ラベル:
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2008年11月14日

アメリカ大統領選挙を終えて4

アメリカ大統領選挙を終えて1→こちら
アメリカ大統領選挙を終えて2→こちら
アメリカ大統領選挙を終えて3→こちら

共和党政権は間もなく終焉を迎える。政権の終焉とともにネオコンもまた政治の表舞台から消えてゆく。1980年代のアメリカを主導したかつての共和党政権では、外交顧問として活躍した女性のネオコンが柔軟路線に舵を切った政権によって追放された。それと同様の事態が現在の政権の内部でも粛々と進められていることに注目したい。世界銀行の総裁に祭り上げられた挙句、愛人問題で失脚したのは中東民主化構想の推進者でイラク戦争の立案者でもあった元国防副長官である。イラク戦争に絡んだ情報漏洩問題を受けて失脚したのは副大統領元首席補佐官だった。国務次官から国連大使に“栄転”したものもいる。一定の政治的役割を終えればあとは消え去るのみ。その政治上の鉄則を踏襲するかのように彼らは政治の表舞台から姿を消しつつある。すべての汚名と責任をトップである大統領に押し付けながら。しかし、数年後、彼らはまた姿を変えて政治の表舞台に現れることだろう。そして、民主党政権によって回復されたアメリカの威信をふたたび失墜させるような策謀をめぐらせるかも知れない。黒人大統領が率いる次の民主党政権がどのような形でアメリカを立て直すのか。それとも崩壊を食い止めることが出来ないままアメリカの国力をずるずる低下させてしまうのか。民主党政権の動向とともに新たな戦略を練り続けるネオコンと共和党の今後の動向を注視したい。(終わり)
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2008年11月13日

アメリカ大統領選挙を終えて3

アメリカ大統領選挙を終えて1→こちら
アメリカ大統領選挙を終えて2→こちら

私は何も冗談でいっているのではない。皮肉でそういっているわけでもない。2001年に誕生した共和党政権がアメリカの「チェンジ」をたくらんでいたことは政権の内部に「ネオコン」(neoconservatism新保守主義)を導き入れた時点であらかじめプログラムされていたことである。ネオコンがモンロー主義に代表されるような伝統的な保守主義(conservatism)ではないことにあらためて注意を喚起するべきである。ネオコンはスターリンによる一国社会主義を批判し、世界革命としての永続革命論を標榜したマルクス主義者トロツキー(トロツキズム)の流れを汲んでいる。その歴史的な経緯を踏まえるならば、彼らが政権発足の当初から「保守」という合言葉を隠れ蓑にしてアメリカをその根底から「チェンジ」しようと構想していたことは容易に想像がつくはずだ。民主主義を世界に輸出するという名目のもとにアフガニスタンやイラクに侵攻し、世界の警察としての威信を著しく低下させた。軍事費の増大によって国内経済を疲弊させた上に数年後には破産者が続出することが容易に予想された低所得者向け住宅ローンを積極的に推し進め、国際的な金融危機までも招き寄せた。21世紀に入って次々と誕生した南米の左派政権やイランの政権のように、反米や反グローバルゼーションを標榜する勢力の台頭までも誘発した。彼らはアメリカそのものを内部から崩壊させ、一国社会主義ならぬ一国覇権主義としてのアメリカの世界支配を崩壊させたのである。トロツキーがかつて提唱した「革命の輸出」「世界革命」がこのようなきわめて歪な形で進行していることにわれわれは瞠目しなければならない。したがって、しばしば指摘されるように、ネオコンを抱え込んだ共和党政権がそのあまりの横暴さと見通しの甘さゆえに国家運営や政権戦略を破綻させてしまったと見るのは適切ではない。彼らはむしろ反対に所期の目的を見事に達成したのである。実際、アメリカ発の金融危機に対処すべく、先進国および有力な発展途上国が参加する金融サミットG20が11月15日に開かれる。その会議は21世紀のブレトン・ウッズ会議とでも呼ぶべきものになるだろう。そこでは従来のアメリカ主導の一極集中的な政治的・経済的体制からの転換が話し合われるはずだ。今後も繰り返し発生することが懸念される金融危機を可能な限り押さえ込み、リスクを分散させるという観点からEUや中国、ロシア、南米といった幾つかの経済ブロックがアメリカ(ドル)の一極支配から脱却してゆく。その方向性も将来にわたってゆるやかに推し進められてゆくことだろう。もちろん、それは資本主義の終焉を意味しない。反対に資本主義を延命させるための強硬手段に過ぎない。(続く)
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2008年11月12日

アメリカ大統領選挙を終えて2

アメリカ大統領選挙を終えて1→こちら

黒人候補の勝利を賞賛するよりもまず検討すべき課題がある。それは間もなく終焉を迎えようとしている現在の共和党政権が果たした役割についてである。私は現在の共和党政権ほど革命的な政権はなかったのではないかと思っている。「チェンジ」という言葉に真に相応しいのは現在の政権ではないか。そう考えている。共和党政権は外交や軍事面で「単独行動主義」を標榜した。経済的には「グローバル資本主義」を提唱し、実行に移した。私はそのことをもって革命的であるといいたいのではない。政治とは結果責任である。何を訴えているのかということで判断し、評価するべきではない。何をおこない、その結果としてどのような事態を招き寄せたのか。その観点から審判を下すべきである。共和党政権はアメリカの威信と覇権を世界に広めようとして「単独行動主義」や「グローバル資本主義」を実行に移した。誰の目にも無謀に映ったイラク戦争はその典型である。共和党政権の横暴を非難する声は多い。今回の大統領選挙では民主党の黒人候補が勝利を収めた。黒人候補に対する新聞各紙の賞賛の嵐は横暴な現在の政権に対する反発や批判の裏返しの表現でもあったはずである。私もまた現在の政権の振る舞いを快く思ってはいない。しかし、彼らが世界の各地に介入し、世界を無茶苦茶に掻き乱してくれたからこそ、第一次世界大戦以来、アメリカが持っていた威信と覇権は大きく失墜したのである。低所得者向け住宅ローンの破綻に端を発した国際的な金融危機の発生により、世界の基軸通貨としてのドルの役割も終焉を迎えつつある。政治とは結果から判断してゆくものである。その言葉をあらためて反芻するならば、現在の政権が如何に革命的な政権であったか、如何に大胆にアメリカを「チェンジ」したかが明らかではなかろうか。私が革命的であると述べる所以である。(続く)
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2008年11月11日

アメリカ大統領選挙を終えて1

アメリカの大統領選挙がおこなわれたのは先週だった。共和党の白人候補はそのつぶらな瞳が人柄の良さを感じさせた。おそらく人格者なのであろう。しかし、つぶらな瞳の老人はアフリカを一つの国家であると思い込んでいるような女性を副大統領候補として選んでしまった。この老人はひょっとして敗北を予想しながら選挙活動を展開しているのではないか。本当は大統領になる気などさらさらないのではないか。民主党にわざと勝たせようとしているのではないか。そう思わせる言動が次第に目につきはじめた。豊かな政治経験を誇るベトナム戦争の英雄。老人はそう讃えられていた。しかし、老人の主張は現在の政権が推し進めている政策を基本的に踏襲したものに過ぎなかった。これまでの豊かな政治経験がまるで嘘のようにつぶらな瞳を輝かせてニコニコしているだけだった。民主党から立候補した黒人候補が勝利するのは誰の目にも明らかだった。民主党の黒人候補が選挙に勝利をした次の日、新聞各紙は今回の勝利を歴史的な変革として賞賛していた。その記事は勝利した黒人候補が現在の共和党政権を打倒した革命的な英雄であるかのような論調で貫かれていた。白人が優位を占めるアメリカ社会で黒人が歴史上はじめて大統領に就任する。確かにそのことに大きな意義があるだろう。しかし、選挙中、勝利した黒人候補がしきりに口にしていたように、黒人候補が現在のアメリカを「チェンジ」したとまではいえない。黒人候補が大統領に就任するのは来年の1月である。黒人候補の訴えた「チェンジ」の真価が問われるのはむしろこれからである。その点では黒人候補の勝利に対する異様なまでの賞賛の嵐はいささか勇み足であるように思う。(続く)
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2008年09月09日

挨拶について。

挨拶は対人関係の基本である。あらためて書くまでもない。当たり前のことである。しかし、その当たり前が出来ない。最近はそんな人が多いようだ。自分の仕事と関わりのある情報があれば教えて欲しい。同年輩の女性からそう頼まれた。昨年末のことである。それから1月ほど経ったある日のこと。たまたま彼女の仕事と関わりのある情報を入手した。彼女の言葉が咄嗟に思い浮かんだ。教えられたメールアドレスへ受け取った情報を送った。それから7ヶ月以上の歳月が流れている。彼女からはいまだに何の音沙汰もない。私が送った情報はどのように処理されたのだろうか。もちろん、この際、そんな瑣末なことはどうでも良い。寄せられた情報をどのように処理するか。彼女の立場に立てば、そんなことよりもまずは情報を受け取ったことを私に伝える。情報を寄せてくれて有難う。真っ先にそう返事をする。それが社会の常識というものではなかろうか。どうやら私の<常識>は彼女の<常識>とは大きく食い違っているようだ。私は何も私自身の自尊心をくすぐるような丁重な挨拶を欲しているわけではない。私の送った情報を是非とも活用すべきである。私の情報を活用しないとはけしからん。そんなことをいいたいわけでもない。彼女の仕事は他人から寄せられる情報を抜きにしてはあり得ない。寄せられる情報は彼女にとっては命そのものである。情報が命であるということは情報を寄せる他人もまたかけがえのない存在であることを意味する。それにもかかわらず、情報を寄せるものに対する配慮がない。そんないい加減な態度でこれから仕事を続けてゆけるのだろうか。私は彼女の先行きを心配しているのである。確かに仕事を続けてゆくことは出来るだろう。しかし、それは彼女の実力によったものではない。彼女の所属する組織のおかげである。組織の力に頼らずに自立してみるが良い。ろくに挨拶も出来ないような人物をいったい誰が信用するというのか。彼女はかつて私に次のように告げたものだ。自分はいま所属する部署の先輩を追い落としにかかっている、と。自分には先輩を乗り越える実力がある。先輩の追っているテーマは時代遅れである。いまはもう自分の時代である。そういったことを暗に誇示する発言に心の底から不快感をおぼえたものだ。しかし、まあ、それも良かろう。私には何の関わりもないことである。せいぜい追い落としをはかれば良い。「自分の時代」を謳歌すれば良いだろう。しかし、現実の彼女は他人に対して挨拶の一つも出来ない存在なのである。追い落としにかかるだと。自分の方が実力は上だと。滑稽千万、ちゃんちゃらおかしいとはまさしくこのことである。メールを受け取った。有難う。この一言がなぜいえないのか。有難う。おはよう。こんにちは。挨拶言葉は万国共通である。挨拶言葉はきわめて大胆に簡略化されている。簡略化によって言葉の意味そのものは凡庸で無意味なものに成り下がっている。したがって、言葉の意味を字義通り理解することにさしたる意義はない。しかし、注意すべきは、その大胆な簡略化が挨拶言葉に暗黙の意味を付け加える契機となっていることである。有難う。その凡庸な言葉の裏には相手の行為に対する一期一会の思いや感謝の念、今後も変わることのないお互いの絆をいま、ここであらためて確認し合いましょうといった無限の意味がこめられている。「おはよう」もしかり。「こんにちは」もまたしかり。われわれは大胆に簡略化された挨拶言葉が貧弱な字義通りの意味とは裏腹に圧倒的な存在感を誇っているという事実に驚かなければならない。すなわち、それは挨拶言葉にとって欠かすことの出来ない他者が凡庸でありながらも無限の存在を有していることにつながっている。言葉を畏れよ。他者という存在に瞠目せよ。彼女に対していいたいことはそれだけだ。
ラベル:他者 挨拶
posted by 乾口達司 at 23:07| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

豆台風東上中。

シュンが実家を後にした。帰りは母親が埼玉まで連れて帰った。豆台風の長い夏休みもこれで終わりである。豆台風の弟ユウはすでに妹夫婦とともに一週間前に帰宅している。豆台風が奈良に帰省したのは7月28日だった。そのときのことは7月28日の日記に記した。今年は奈良に一ヶ月も滞在していたことになる。プールに連れて行った。各地の神社仏閣にも連れて行った。暑いなかを良く出歩いたものである。次回は冬休みである。次は三輪山に登ってみたい。シュンのリクエストである。三輪山への参拝登山とは殊勝な心掛けである。来年の夏には大台ケ原を歩きたいという。いまから楽しみである。一方、ユウの成長も楽しみである。今年の帰省ではすっかり腕白小僧に変身した。2歳ではさすがに山登りというわけにはいくまい。しかし、シュンと同様、来年からはあちらこちらに連れていってやりたいと思っている。毎年、シュンが帰省する頃から夏バテがはじまる。そろそろ疲れがどっと出て来る頃である。近場の温泉にでも出掛けて英気を養おうかと思っている。
ラベル:帰省 奈良 埼玉
posted by 乾口達司 at 18:05| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

風の便り。

きみの消息を聞いた。昨日のことだ。思いがけない話に戸惑った。グラスを持つ手に力が入った。そして、震えた。聞くところによると、すぐ近くにいたという。きみとは同じ時間、同じ場所をともに過ごした。しかし、それは頻繁に顔を合わせていたときに限られる。そう思い込んでいた。それがお互いに別々の道を歩みはじめてからも続いていようとは。同じ列車に乗り合わせていたかも知れない。街のどこかですれ違っていたかも知れない。人の縁とは不思議なものだ。つくづくそう思った。不思議であるといえば、記憶もまたそうだ。ふとしたはずみできみの名前が出た。ただそれだけのことで忘却の彼方へと消えてしまったはずの思い出が次々とよみがえって来た。顔を合わせなくなってからもうずいぶんと時間が経つ。それにもかかわらず、よみがえって来る思い出は昨日のことのように思えるものばかりだ。懐かしい人よ。あのミナミの喫茶店を憶えているだろうか。盛り場の真ん中でひっそりと営業していたあの店だ。昭和の香りを残した店内は僕たちのお気に入りの空間だった。あそこで仕事帰りのきみと何度待ち合わせたことか。一杯数百円のコーヒーだけで何時間もきみの土産話を聞き続けたものだ。仕事で国内外を旅するきみに夢と憧れを抱いた。そのことによって自分自身の夢もふくらませた。きみはあのとき出雲の魅力を語っていた。出雲にまだ行ったことのなかった僕は、きみの話を聴きながら、まだ見ぬ神話の国に思いを馳せたものだ。念願の出雲に足を踏み入れたのは先月のことだった。時間が限られていた。残念ながら島根半島まで足をのばすことは叶わなかった。出雲神楽を見学する余裕もなかった。しかし、のどかな島根半島の村々や出雲神楽の魅力を熱心に語り聴かせてくれたきみの言葉はいまでもこの胸に刻み込まれている。胸にしっかりと刻み込まれている以上、いつかは島根半島を訪れる日が来るだろう。躍動的な出雲神楽をこの眼で見る日も来ることだろう。出雲神楽を一緒に見よう。残念ながら、その約束だけは果たせそうにはない。僕たちのあいだに横たわる現在の遠い距離では神楽をともに見ることは叶わないだろう。しかし、人生とはわからないものだ。きみの消息もこうして不意に伝えられたのだ。いつかどこかでまためぐり逢うことがないとはいえまい。そのときまでどうかお元気で。幸せな人生を送って欲しい。遠い空から祈っている。
posted by 乾口達司 at 00:18| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

大忙し。

出雲から帰ったのは5月14日だった。そのときの様子は5月16日5月17日5月18日の日記にそれぞれ記した。帰宅後は仕事に追われた。24日は25日におこなわれる仕事の打ち合わせ日。朝から大阪へ出掛けた。帰宅後、通常の仕事もこなした。ベッドに入ったのは午前0時過ぎだった。午前4時に起床。昨日は早朝から出掛けた。仕事を無事に終えて帰宅したのは午後6時前だった。入浴後、手付かずのままであった通常の仕事も終わらせた。今日は5月末日〆切り原稿の作成に当てられた。〆切りに間に合わせるためには遅くともあさってには原稿を送り返さなければならない。通常の仕事も同時進行でこなさなければならない。疲労困憊である。しかし、泣き言は許されない。今夜は徹夜覚悟である。では、これほど忙しいのになぜブログを記すのか。忙しいときほど、人は直面する課題とは関わりのないことをやらかす生き物なのであろうか。我ながら実に不思議である。
ラベル:仕事 ブログ
posted by 乾口達司 at 18:47| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

しばしの別れ。

妹・シュン・ユウが埼玉への帰途についた。乗り込んだのはJR京都駅午後1時32分発の新幹線のぞみだった。しばしの別れである。次回、シュンやユウに会えるのは夏だろうか。今回の収穫はユウが実家に馴染んだことだった。前回、奈良に帰って来たのは正月休暇だった。見知らぬ環境に緊張したのだろうか。ユウはさかんに泣いたものだ。シュンは3歳になる数ヶ月前から一人で奈良の実家に滞在した。決して泣かなかった。ホームシックにかかることもなかった。無邪気に遊び呆けていた。シュンと違ってユウちゃんは一人で奈良にはおられへんかもねぇ。母が心配していた。ところが、今回の滞在中、ユウは一度も泣かなかった。そればかりではない。実家を我が物顔で闊歩した。庭に飛び出した。飛び跳ねた。走りまわった。奈良での暮らしに馴染んだようだ。次回、奈良に帰って来るときは今回以上のやんちゃ坊主に変貌しているはずだ。来年の春、ユウは満3歳を迎える。その頃にはかつてのシュンと同じように一人で奈良に滞在していることだろう。シュンは奈良や京都に強い関心を持っている。奈良に帰って来たら、明日香村をもう一度めぐりたい。そう訴えている。山の辺の道も歩きたいという。京都では高雄や萬福寺に行ってみたいそうだ。いまから夏の帰省が楽しみである。シュンとユウよ。それまで元気にしているんだよ。
ラベル:帰省 奈良 埼玉 京都
posted by 乾口達司 at 01:09| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

急性胃腸炎。

またやってしまいました……たらーっ(汗)
13日の夕方、パソコンに向かって仕事をしていると、突然、胃のあたりがムカムカしはじめました。やがてじっとしていられないほどの悪寒がはじまり、最後はトイレットに駆け込むしかない状況に追い込まれて……。
最初は風邪かインフルエンザかな?と思ってはみたものの、熱はなし。前回の発症からまだ2月も経っていないのに免疫がないのでしょうか。
ただ、症状は前回に比べてかなり軽く、昨日、一日ゆっくりしていたらだいぶ良くなりました。今日まではお粥を食していましたが、明日からは別のものに切り替えたいと思っています。
それにしても、こういったときだからこそ、健康であることの有難さが分かるというもの。普段は当たり前のように享受しているものが実はかけがえのないものであるということを知る良い機会になりました。
人と人との付き合いや平和といったものも同じかも知れませんね。
ラベル: 免疫 健康 胃腸炎
posted by 乾口達司 at 22:22| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

本日からスタート。

今日からブログをスタートさせました。
「がんばって毎日更新しよう…」と気負うとかえって挫折するので、
球面体の上を歩くように、
少しずつゆるゆるとはじめてまいります。
posted by 乾口達司 at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする