2008年05月28日

後藤明生『挾み撃ち』

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今月末〆切りの原稿を仕上げた。書き上げたのは今日の昼過ぎだった。分量は決して多くはない。しかし、短いだけに必要事項を凝縮させるのに手間取った。午後から郵便局へ出掛けた。原稿を投函した。ホッとした。

ある日のことである。わたしはとつぜん一羽の鳥を思い出した。しかし、鳥とはいっても早起き鳥のことだ。ジ・アーリィ・バード・キャッチズ・ア・ウォーム。早起き鳥は虫をつかまえる。早起きは三文の得。わたしは、お茶の水の橋の上に立っていた。夕方だった。たぶん六時ちょっと前だろう。

後藤明生『挾み撃ち』(昭和48年10月/河出書房新社刊)の冒頭の一節である。今回、執筆を担当した作家の一人に後藤明生がいた。『挾み撃ち』の冒頭の一節を引用した。二十年前、身に纏っていた「カーキ色の外套」の行方をたずねて遍歴する「わたし」の一日を描いた小説である。不確定な抽象性をともなった「ある日」という言葉に因果関係の不明を意味する「とつぜん」という言葉が重なり合う。両者の重なり合いは物語が明確な輪郭の失われた日常のなかで進行してゆくことを暗示している。遍歴の途上、「わたし」はみずからの戦中・戦後体験を想起する。しかし、肝心の外套を見つけ出せずに終わるという結末は過去もまたその明確な輪郭を失い、不透明なものに変容してしまっていることを指し示している。「一羽の鳥」が「ジ・アーリィ・バード・キャッチズ・ア・ウォーム」「早起き鳥は虫をつかまえる」「早起きは三文の得」へと次々に変換=翻訳されることも興味深い。「鳥」は「早起き鳥」という言葉そのものである。そのことは「『外套』を翻訳中」であるという「わたし」の追い求める「カーキ色の外套」がゴーゴリの『外套』というテクストでもあったことに通じている。

『挾み撃ち』の書き出し部分で思い出すのは後藤明生の次の言葉である。「ある日のことである」という最初の一文は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の書き出しを真似たものである。後藤明生はかつてそう語っていた。どういうときに聞いたのだろうか。それは忘れた。しかし、『蜘蛛の糸』の話だけは良く憶えている。『蜘蛛の糸』は「ある日の事でございます」という一文から書きはじめられる。お釈迦さまは蜘蛛の糸を垂らして一人の男を地獄の底から救い出そうとする。しかし、その結末は誰もが知っているとおりである。お釈迦さまの垂らした蜘蛛の糸に導かれて、どうか最後まで書きとおすことが出来ますように。『挾み撃ち』を書きはじめるに当たって、自分はそう願いをかけた。その願いが「ある日のことである」という一文になったのである。他人からは必要のない一文ではないのか。そういわれたこともある。しかし、こういった事情から、自分にとっては必要不可欠な一文なのであった。後藤明生はそう語っていた。いまごろは後藤明生その人が極楽の蓮池のふちを一人でぶらぶらと散歩しているのかも知れない。ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。
posted by 乾口達司 at 17:43| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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