2008年03月04日

大安寺〜白毫寺へ。

Wが来訪した。朝から1時間ほど仕事の打ち合わせ。昼食にチャーハンを御馳走する。

午後からは完全フリーである。電車で近鉄新大宮駅へと向かった。駅から大安寺まで歩いた。3月1日から31日までは秘仏の馬頭観音立像が公開されている。大安寺ではいつも揚柳観音菩薩立像の表情に見入ってしまう。両目をカッと見開いている。口を大きく開いている。いったい何を語ろうとしているのだろうか。空海・最澄以前に伝来した古密教のありように思いを馳せる。Wにとってははじめての大安寺であった。奈良時代の諸仏を熱心に拝観していた。発掘調査を終えてもとの土壇に戻った東西両塔跡も訪れた。西塔の巨大な芯礎には圧倒された。このあたりはまだのどかな田園風景を残している。もう少し暖かくなったら、土筆が顔をのぞかせるに違いない。

雨が降って来た。傘をさす。高畑の白毫寺まで歩いた。白毫寺を拝観するのは久し振りである。憤怒の表情をあらわにした閻魔王坐像・太山王坐像は素晴らしかった。司命半跏像の表情も生き生きとしている。閻魔信仰の奥深さについて考えさせられる。

20080304-1.bmp

素晴らしいといえば、境内からの眺めも同様である。眼下には大和平野が広がっていた。雄大である。当地は志貴皇子の山荘址であるという。奈良時代の王族は実に良いところに山荘を持ったものだ。皇子の晩年は平城遷都の真只中であった。着々と建造されてゆく平城京を眼下におさめながら、皇子はどのような感慨を抱いたのだろう。天武天皇の後裔が皇統を継ぐ時代だった。天智天皇の子息である皇子は皇位の継承や現実の政治とは無縁の世界に生きていた。自分の子息が奈良時代も終末期に入ってから皇位を継承しようとはまさか思ってもみなかっただろう。Wは行ったり来たりしていた。熱心に仏像を拝観していた。私は境内を散策していた。外のベンチに腰を下ろしていた。眼下に広がるのどかな景色をぼんやり眺めていた。陳腐なことばかり考える。奈良町へ呑みに出かけた。
posted by 乾口達司 at 00:22| 奈良 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たしかに、“蔵”はなかなかよかったです。僕には、“吾作どん”よりもよかった。まだ、寒いからか、おでんや湯豆腐が、白毫寺の叡尊像や大安寺西塔の礎石と同じぐらい印象に残っているというのは、ほめすぎかな?鯨カツもよかった。
次に“蔵”に行くとしたら、今回食べなかった炙りの鯖寿司でも食べようかな?
Posted by W at 2008年03月04日 20:49
間違って、こちらにも同じコメントをしちゃいました。消しておいてください。
Posted by W at 2008年03月04日 21:48
訪問有難う。“蔵”にはまた案内しましょう。
Posted by 乾口達司 at 2008年03月07日 00:20
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