2008年02月20日

プロフィール3

小学6年の冬、中学受験。
大阪府下の私立中学校へと進む。そして、同じ附属の高校へ。

中学・高校の6年間はのんびり過ごしたいと思っていた。人並みに「青春」という言葉に憧れていたのだろう。
しかし、高校ではどういうわけか特別進学クラスに入れられてしまった。おかげで朝から晩まで勉強漬けの日々を送ることとなる。
勉強がすっかり嫌になった。
学校をサボる日が増えた。その代わりに奈良や京都の神社仏閣・名所旧跡を散策する日が増えた。
奈良では東大寺・興福寺・宝山寺・長弓寺・慈光院・聖林寺・長谷寺・室生寺・大神神社・山の辺の道・斑鳩の里・飛鳥・吉野山などへ出かけた。
京都では東寺・金閣・銀閣・東福寺・平等院・海住山寺・伏見稲荷大社・哲学の道・嵐山・鞍馬山・比叡山・当尾の里などに遊んだ。境内で本を読んだり、弁当を広げたり、一人花見の宴を催したりした。
もちろん、仏像も鑑賞した。室生寺・金堂の薄暗い堂内に屹立する仏像群には特に心惹かれた。
和歌山県の湯浅というところまで電車を乗り継いで遠出したときの楽しかったこと。いまでも忘れられない。

どうやら勉強そのものが嫌いであったというわけではなかったようだ。その証拠に自分が興味を持ったものについては図書館へ出向いてあれこれ調べた。気が済むまでとことん考えた。
カントの『純粋理性批判』にもチャレンジした。頭がおかしくなりそうになった。そんな自分が、十数年後、自著(花田清輝論)のなかで『純粋理性批判』のなかの「第三アンチノミー」(自然と自由のアンチノミー)に言及することになった。まことに不思議な縁である。
ドストエフスキーの『罪と罰』では、主人公のラスコーリニコフよりもマルメラードフの際限のないモノローグに魅了された。笑いあり、涙あり。その苦い笑いに憧れた。マルメラードフのような大人になりたいと思った。
それ以外にもいろいろな本を読んだ。
たぶん、先生から「勉強しろ!」と強制されるのが嫌だったのだろう。いまでも他人から強制されるのは大嫌いだ。

高校3年になった。
幾つかの大学を受験した。おもに関西の大学を受験した。しかし、関東の大学も2校受験した。受験した大学のうち、幾つかは不合格だった。幾つかの大学には合格した。
勝率は4割といったところだろうか。

サボってばかりいたのにまさか合格するとは思ってもいなかった。
毎日、せっせと学校に通い、先生たちに叱られながらも必死に勉強する同級生たちがいた。彼らのうちの何名かはどこの大学にも受からなかった。
「ザマア見やがれ」と思った。

合格した大学のなかでは、東洋大学に惹かれた。高校時代、良く読んでいた作家・坂口安吾の出身校であったからだ。
しかし、近畿大学の文芸学部へ進んだ。
その選択が正しかったのかどうか。それはわからない。永久に謎だろう。
ただ、一つだけいえることがある。それは、東洋大学には―というより、この世には―もう安吾はいなかった。しかし、近畿大学には後藤明生という小説家がいたということだ。

(続く)
posted by 乾口達司 at 00:41| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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