2008年02月06日

あやめ池南の石碑。

昨日の日記の続き。
給水塔から南へ200メートルほど歩く。すると近鉄奈良線と交叉する跨線橋にいたります。
跨線橋を渡ったところにあるのが、この石碑。

20080206-1.bmp

ご覧のように「南無阿弥陀佛」と六字名号が刻まれています。
その下部には「大正七年」という文字も刻まれていますが、石碑が建立された年なのでしょう。
その横にも何やら文字が刻まれていますが、こちらは判読不能。建立者の名前が刻まれているのかも知れません。
石碑の前には台座のような平べったい石も置かれています。供物を供えるための石でしょうか。
場所は近鉄奈良線と大和文華館方面に抜ける車道(水色の橋の下を通ってます)に挟まれた狭い草地。古タイヤの残骸が草に埋もれていますが、それ以外は何もなし。石碑だけがポツンと立っています。
何か由緒がありそう。
詳しいことをご存知の方がいれば教えて下さい。
posted by 乾口達司 at 20:30| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
◦大正7年
眼鏡橋たもとの石碑「南無阿弥陀傭」は橋から線路への飛び込み自殺者の供養碑



◦大正7年10月31日
午後7時過ぎ磐舟街道東方 富雄・あやめ池間で電車衝突

ポール外れて停車修理中 その後部に満員電車追突 死者2名重軽傷者40余名

私は電車事故の慰霊碑ときいていましたが、この記事をみると、自殺者の供養碑とあります。
Posted by ねここ at 2014年08月25日 18:12
ご教示ありがとうございます!そうだったんですね。有難うございます!
Posted by 乾口達司 at 2014年08月28日 01:28
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