2020年08月19日

八月に思う。

8月といえば、日本では「戦争」がテーマとなる。いまでは季節の風物詩というべきテーマである。その大半は「戦争の被害者」としての日本人が主人公である。しかし、「被害者」という立場から「戦争」を語るだけでは、不充分である。なぜならば、自分たちから他国に侵攻していった結果として、他国から被害を受ける立場となったのだから。「戦争の加害者」としての責任を意識せず、ことさら「被害者」としての言説を振りかざすことに、私は苛立つ。「被害者」としての立場に固執している限り、いつまでも「加害者」としての責任に意識は向けられないだろう。ひょっとすると、「加害者」としての戦争責任を回避するために、ことさら「被害者」としての立場に固執するのではなかろうか。そんな邪推すらしてみたくなるほど、私にとって、8月は苛立ちの日々である。
posted by 乾口達司 at 08:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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