2020年08月09日

山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』A

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山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』によると、奈良の墨職人による労働争議が起こったのは、1934年の秋。同年1月、山野製墨所の職人8名が「捏ねまい賃」を奈良市製墨職工組合の規定に準じて上げて欲しいと業主側に要求するものの、受け入れられないことに業を煮やしてストライキに入ったのが、そもそもの発端である。このときは安井鶴松の仲介によって妥協がはかられるが、11月になって製墨作業が本格化すると、今度は職工組合が従来の賃金協定を守らず、ずるずると賃金の値下げをおこなって来た業主組合に対して、賃金の2割値上げを要求。漢国町の「山の寺」に立てこもり、要求の貫徹を訴える。彼らの立てこもったところこそ、「山の寺」の別名を持つ念仏寺である。墨職人たちの立てこもったところがお寺であったという点、いかにも奈良らしいというべきか。
posted by 乾口達司 at 12:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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