2020年05月06日

手作りポリ袋防護服。

関西のどこかの学校が子どもたちに手作りのポリ袋防護服を作らせ、市内の医師会に寄贈したという。ポリ袋に雑菌がつかないように、製作中、子どもたちは手袋をつけて作業をおこなったのだろうか。たとえ、手袋をつけて作業をおこなったとしても、材料となったポリ袋は市販のものであって、別に滅菌仕様でもなかろう。こんなものが医療の現場で使い物になるわけがないではないか。彼らの善意はくみ取りたい。しかし、無知は、所詮、無知である。発案から製作へと移行する過程で誰か疑問を持つものはいなかったのだろうか。無知の善意ほど始末に負えないものはない。当該の学校がそんなことをやったのも、大阪市が医療現場で使う雨合羽の寄贈を全国に呼び掛けたからであろう。使用済みのものはもちろん、未使用のものでも、滅菌仕様でもない一般の雨合羽が医療の現場で使えるはずがないではないか。その意味では大阪府の呼びかけは混乱をもたらしたものでしかなかったといえよう。無用の長物ということでは、戦時中の「千人針」を思い起こさせる。迷信の産物以外の何ものでもなかった「千人針」も戦地では不潔で、受け取ったものには迷惑千万な代物であっただろう。手作り防護服といい、千人針といい、あまりにも切ない。「知」の欠如。これがいまも昔も日本の現実である。COVID-19の流行に際して、いま必要なのは、無知の善意でもなければ、迷信でもない。科学的な知見とそれにもとづく具体的なモノとカネである。それだけが人々の命をつないでいくのである。あえて繰り返す。役に立たない手作りポリ防護服など不要である。多くの人の命がかかっている今日、科学的な知見とそれにもとづく具体的なモノとカネに裏打ちされない善意などいらない。有難迷惑である。
posted by 乾口達司 at 19:42| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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