2020年04月05日

終息がいつかわからないのに。

ラジオを聞いていると、5月や6月、あるいは7月に予定されているライブの告知がしばしば流れて来る。しかし、新型コロナウイルスの終息時期がいったいいつになるのか、いまはまだまったくわからない。告知のライブが本当に開かれるのかどうか、わからない。それだけに虚しく心に響いて来る。どこかグロテスクで不条理な印象さえ受ける。しかし、感じるのは虚しさや不条理だけではない。われわれはいつも、明日、自分たちがどうなるかわからないまま生きている。明日、生きている保証などどこにもない。にもかかわらず、明日、生きていることを前提にして生きている。そんな生の本質に気付かされる。
posted by 乾口達司 at 19:39| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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