2020年04月02日

豊川市と中国とマスク。

伝え聞いたところによると、新型コロナウイルスの流行にともない、愛知県豊川市が友好都市提携を結ぶ中国江蘇省無錫市新呉区に寄贈したマスク4500枚の返還を求めたという。市長の呼びかけに呼応して、新呉区ではただちにマスク5万枚を調達し、豊川市に発送。豊川市に届いたとのこと。2月中旬、政府が週に1億枚のマスクを作ると高らかに宣言していたにもかかわらず―その宣言自体、いまから振り返れば、ハッタリに過ぎなかったか?―いまだマスクが市中に出まわっていない今日、まことにありがたい話である。一度、寄贈したものを相手に返還して欲しいとは、日常生活でもなかなかいえるものではない。それを思い切って要請した市長の英断は素晴らしい。しかし、そんな市長に対して、国内では「日本の恥」だとかいって誹謗中傷する連中も多いという。なかには、中国からの発送に政治的な意図があるのではないかといぶかっているものもいるというが、「政治的」であるというのであれば、なおさらのこと、それを有難く受け入れるのが「政治的」な態度であるというものではなかろうか。こういったささやかなやりとりの積み重ねによって、国同士の対立さえ解消していくことになるからである。それを「日本の恥」とかといって面子のことばかりいっている連中こそ政治を知らない馬鹿者たちである。命の危機が叫ばれる今日、いつまでもくだらない面子にこだわって「日本の恥」とかいっているお前たちの方こそよほど「日本の恥」である。「日本」のことを本当に思うならせめて黙ってろ。そういえば、大昔も「国体の護持」とかいった意味不明な面子にこだわってぐずぐずしているうちに空襲や原爆投下で多くの非戦闘員を死なせてしまったことがあったはずである。いや、そんな大昔に限らない。オリンピックの開催という面子にこだわってウイルス検査さえ受けさせず、陽性反応者を自宅でむざむざ死なせてしまった事例もあったではないか。変わらない国の変わらない国民性である。「日本の恥」とかいっている小者たちに比べて、中国の対応の何と大人風であることか。確かに中国の対応も所詮は面子に過ぎないと揶揄することも可能であろう。しかし、中国の面子にはマスクという実質がそなわっている。かたや「日本の恥」とかいっている連中には何もない。文字通りの面子に過ぎない。同じ面子でもそこに違いがある。「日本の恥」とかいっている時点ですでに相手に「敗北」していることをそろそろ自覚するべきではなかろうか。豊川市と新呉区とはすでに友好都市の関係を結んでいるらしい。新型コロナウイルスの流行が終息した後、今回のマスクのやりとりが縁となって、それぞれの都市、人と人との交流がさらに活発になっていくに違いない。喜ばしい話である。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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