2020年02月22日

韓国・慶州紀行(茸長寺跡へ)

FJ3133450001.jpg

正規のルートに復帰した私たちは川にかかる橋をわたり、茸長寺跡を目指した。しかし、ここからの登りが厳しかった。神仙庵からは、一度、川沿いに下っている。そして、ふたたび急斜面を登っていくのである。膝がガクガクである。せめてトレッキングポールがあれば、と思った。統一殿から七仏庵に向かう道中で私たちの前を歩いていた韓国人女性たちが、それぞれトレッキングポールを手にしていた理由が、ここでようやくわかった。南山トレッキングを舐めてかかっていた自分がいかに浅はかであったかを痛切に思い知らされた。急斜面をしばらく登っていくと、やがて視界が開けた。そこからは岩場の連続であった。少し前、遊歩道として安全柵や階段が設置されたようだ。それまではロッククライミングのようにして岩場をよじ登っていくしかなかったようである。やがて目の前に首のない石仏が現われた。茸長寺にあった石仏の一つであるようだ。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]