2019年09月15日

岡山紀行(美作後南朝皇統第九代・良懐親王陵)

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旧柵原鉱山の近く、飯岡地区には美作後南朝の皇統を継いだ第九代・良懐親王の「陵墓」が残されている。田んぼのなかにぽつんと残る祠がそうであるという。祠の横からは樹木が伸びている。良懐親王は江戸時代中期の人。美作後南朝第八代・高仁天皇の皇子であったが、幕府によって「親王」の称号をはく奪された後、1709年、吉井川を船で下っているさなかに船が転覆し、溺死。当地に埋葬されたという。ささやかな参道には、美作後南朝の歴史を詳しく綴った石碑が堂々と並べられている。驚いたのは、その石碑に高仁天皇が「正史」に登場する後水尾天皇からの「譲位」を受けて正式に即位していると記されていることである。慌てた幕府は後水尾上皇に撤回を要求。上皇はそれに屈して明正天皇が正式に即位したという。いわゆる「紫衣事件」に美作後南朝がかかわっているとはまったく知らなかった。まさしく驚天動地の歴史がその石碑には刻まれている。それを見るだけでも一見の価値がある。いや、驚いた。
posted by 乾口達司 at 08:20| 奈良 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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