2018年11月19日

北京紀行(趙登禹将軍の墓)

FJ3128450001.jpg

盧溝橋に向かう途中、進行方向の右手、少し小高くなったところに何かの石碑のようなものを目にした。何だろう。そう思って石碑に近寄ってみた。それは趙登禹の墓であった。趙登禹は中国側の国民革命軍第29軍に所属する第132師団中将。1937年7月の盧溝橋事件の勃発時には南苑の指揮官に任命されるものの、同月28日、日本軍の攻撃を受けて撤退。その途中、待ち伏せしていた日本軍に攻撃されて戦死した。そのような盧溝橋事件とかかわりを持つ中国側の将軍の墓が盧溝橋への通り道にあることなど、まったく知らなかった。実際に現地に足を運ばなければわからないことがいろいろあるものだ。
posted by 乾口達司 at 03:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]