2015年07月13日

後藤明生を読む会(第25回)

後藤明生を読む会(第24回)→こちら

昨日は後藤明生を読む会の第24回がもよおされた。今回のテキストは「行方不明 (初出は「新潮」1971年8月号)。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者のあいだで討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておく。

・「行方不明」の発表された1971年は、作中に登場するフリーペーパー業界にとって画期的な年であり、「サンケイリビング」などが刊行されはじめている
・その一方、現在ですら地域密着型のフリーペーパーが多いなか、作中のように全国規模で展開するフリーペーパーなどは当時存在せず、後藤はあえてそのような架空のフリーペーパーを設定している
・ちなみに作中のシグマ研究所と同名の企業は実在しており、現在も社名を変えながら存続している(レンズ製作企業であるが、作中で「わたし」が東京タワーから双眼鏡を使って下界を眺めるという設定は偶然の一致だろうか?)
・今回、読解に使用したKHCoderによる語やコンセプトの分析(その可能性と限界)
・「わたし」は「全体」をとらえようとしてシグマ研究所に入るものの、まったくとらえられない(すべてを見通す視点に立とうとする従来の小説に対する批判)
東京タワーからの眺めもまた部分的・断片的なものに過ぎない
・したがって、物語の語りそのものも必然的に部分的・断片的にならざるを得ず、最終的にはテーマのみならず語りそのものも「行方不明」になる
・主婦の話やアメリカザリガニの話題、編集委員同士のやりとりに見られる話の逸脱
・しかし、主婦からの電話の場合は、自分がとおりがかりの人間や犯人などではなく、あくまでも団地に住む人間であるという予防線を張っておく意味もあって話は具体的になっていくが、結果として、具体的に語ろうとすればするほど話の焦点がぼやけ、語られるべき核心から逸脱してしまう
・編集委員のやりとりと出前の登場に見られる滑稽さ
・当初のタイトルは「挟み撃ち」であったというが、どのあたりでタイトルの変更が考えられたのか?
・「ヘルメット」の描写の意味するところは?(その色が黄色だったということを踏まえると、学生運動の時代の終焉を象徴したものとは考えられない)
・山本と所長との関係(山本=所長説)
・宇都宮は山本の「事件」に一枚かんでいる様子
・シグマ研究所に関係する編集委員はみんな怪しい
・「わたし」の素性がまったくわからないこと
・編集委員の多くの名前が地名に由来しているのに対して、実際の地名はほとんど出て来ないことについて(シグマ研究所の場所は神楽坂近辺を想定か?)
・横山光江だけはなぜフルネームで登場するのか
・酒場のワームホール的に特異性

今回はそれとは別に某氏から提出いただいた後藤明生論の草稿についても意見を出しあった。われわれの目的は後藤明生論集を刊行することにある。したがって、今後は有志各人が執筆した論考そのものについての討議もおこない、論考の中身を少しずつ確定していくつもりである。なお、次回は、9月頃、テキストは「帰宅した男」を予定している。
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 22:40| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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