2014年09月23日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・葛飾八幡宮の駒どめの石)

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葛飾八幡宮は特に関東武士の崇敬をあつめた。その象徴が写真の源頼朝ゆかりの駒どめの石。治承4年(1180年)、平家との戦に敗れた頼朝は安房国から下総国へと入り、葛飾八幡宮に参拝。戦勝と武運長久を祈願している。その折、頼朝の馬がこの石に前脚をかけたところ、写真のような蹄の痕が残ったとのこと。これはさすがにちょっと無理があるだろうと思いながらもしげしげと眺めていた。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 23:33| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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