2014年05月18日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇宿)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」5)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」6)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・『福岡県立朝倉高等学校同窓生名簿』)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「幻の故郷」)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・旧将校町)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」追記)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・教法寺)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・O先生と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・原鶴温泉)→こちら

西鉄バスに乗り込んだ私たち一行が降り立ったのは「恵蘇宿」という名のバス停である。後藤明生の『行き帰り』には次のような記述がある。「恵蘇宿はわたしの本籍地一帯の通称らしい。それを祖母は『ヨソンシク』といっていた」。つまり、私たちは後藤明生の本籍地に降り立ったわけである。前日とは打って変わり、良い天気である。厚手のジャンパーを着て来たA氏などはひどく暑そうであった。おまけにA氏のリュックのなかには、昨夜、呑み残した焼酎のボトルもリュックも仕舞われており、重そうである。私たちは降り注ぐ日差しのなかを木の丸殿とも呼ばれる恵蘇八幡宮へ向けてとぼとぼ歩き出した。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 19:08| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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