2014年05月11日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」追記)

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」5)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」6)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・『福岡県立朝倉高等学校同窓生名簿』)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「幻の故郷」)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・旧将校町)→こちら

朝倉高校で発見した「五月の幻想」のことは以前に記した。先日、朝倉高校同窓会事務局の御厚意により、そのコピーを頂戴することが出来た。真っ先に確認したのは、詩の末尾に記された日付である。そこには「一九五ニ・五・一三」と記されていた。校長室で実物を拝見したとき、私は「一九五三」の部分を「一九五二」と判読したものの、その後、「一九五三」の見誤りであるということを4月4日付けの「後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)」に記した。しかし、やはり「一九五二」が正しかったようである。ということは、「五月の幻想」は後藤明生が上京した年の春に書かれたものであるということになる。以上、その点を訂正しておきたい。(続く)
ラベル: 後藤明生
posted by 乾口達司 at 22:17| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック