2014年04月09日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」5)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら

「五月の幻想」は「大東京」のなかに一人投げ出された「ボク」が語り手として設定されており、「ボク」の目に映る都会の様子が描かれている。「ボクは迷子だ」という文言からもうかがえるように、「大東京」は、「ボク」にとって、否定的な対象としてとらえられている。疲れ果てた「ボク」はやがて公園を訪れ、緑の樹木に覆われたそこを「昔、道に迷った旅人がさ迷ひ込んだ/奥深い森の様に素晴らしいのだ」と賞賛する。「ボク」は公園の「湿った土」「砂」「小さい木のベンチ」「つつじ」「三色菫」に次々に目をやりながら「鉄で出来た素朴な噴水」の前にいたる。「あゝ、 あの水の音はいいな……」という感慨は「水」から「海」へとただちにその連想を広げ、「そう、ほんとうに、もう幾月海を見ないだらう。/海の声。秩序正しい波の消長。/誰にもあの秩序は乱せないのだ」という文言が導き出される。そして、「海の声を聞」くため、しばしのあいだ、「眼をつぶ」ろうとするシーンで締め括られている。喧騒渦巻く大都会に疲れた主人公が自然と触れあい、心を癒される。率直といえば、何とも率直な詩である。まことに型どおりの内容であるともいえるだろう。しかし、それだけに見知らぬ大都会で生きることを強いられた青年時代の後藤明生の在りし日の姿が強く印象付けられる。後年、迷宮としての大都会そのものをモチーフにして数々の小説を発表していった後藤明生の原型がここにある。そう思わせる詩篇である。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 20:33| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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