2013年05月09日

岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら

いうまでもなく、後楽園は岡山のみならず日本を代表する日本庭園である。しかし、その敷地内に岡山藩の土木事業を推進し、産業の興隆や農業生産力の向上に貢献した藩士・津田永忠の遺績碑が建てられていることを知るものはいったいどれだけいるだろうか。実は私自身、今回、久し振りに後楽園を訪れてはじめてその存在を知ったものの一人である。もちろん、藩主・池田綱政の命によって後楽園の造園を手掛けたのが津田であったことを踏まえると、津田の業績を顕彰した石碑が後楽園に建てられているのは、別段、不思議なことではない。しかし、広大な芝生や苑池、建物などに目を奪われがちな観光客一般が園内の片隅にひっそりと立つそれに関心を払う機会はあまり多くはないだろう。碑は正門を入って数分のところにある。明治二十九年十月の建立で撰文は藩主・池田家の末裔に当たる池田章政、書は日下部鳴鶴のものであるとのこと。石碑に刻まれた「余毎過舊封備前覧風土文物未嘗不想見熊澤伯繼津田永忠之有功績于我家也伯繼輔佐余祖天下人人之所知至永忠則知之者或鮮矣」という一節が津田に対する藩主・池田家の評価の高さを指し示している。刻まれた字は力強く、達筆である。
ラベル:津田永忠 後楽園
posted by 乾口達司 at 23:19| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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