2012年12月25日

金山寺本堂全焼。

岡山市北区の金山寺本堂(国重文)が炎上しているというニュースを知ったのは、昨夜の十時過ぎである。今年の1月、岡山を訪れた折に私は法界院とあわせてお参りをしている。もちろん、今回、全焼した本堂も訪れている。それだけに昨夜の本堂全焼のニュースに対するショックは大きい。思い返すと、私がお参りした日は小雪のちらつく寒い日であった。修復作業中の仁王門をくぐり、石段をのぼっていくと、真正面に本堂が現れる。桃山時代に再建された本堂は桁行5間・梁間6間の入母屋造・本瓦葺。正面に1間の向拝がついた大堂である。内部は外陣と内陣とから成り、内陣には本尊の千手観音菩薩立像がまつられているという。私が訪れたとき、本尊がまつられていると思しき中央の仏壇には大きな曼荼羅がかけられていた。その両脇には弘法大師や阿弥陀如来とおぼしき坐像も安置されていた。阿弥陀如来坐像は俗に「頬焼き阿弥陀」と呼ばれる当寺ゆかりの仏像であったかも知れない。もしも、それが「頬焼き阿弥陀」であったとしたら、今回の一件で「頬焼き阿弥陀」も本堂ともども焼失してしまったかも知れない。堂内にも立ち入った。ほとんどの扉が締め切られていたこともあり、内部は薄暗かった。しかし、外陣の上にかけられた大虹梁や内壁に華やかな彩色がほどこされているのははっきり確認することが出来た。ニュースによると、普段、寺は境内に暮らす住職が一人で管理しているという。しかし、昨夜はあいにく留守であったとのこと。私がお参りをしたときも確かに人気はなかった。堂内も開放されているわりに誰もおらず、他人事ながら、盗難の心配をしたほどである。堂内にともされていたロウソクの火が何かの拍子に倒れて燃え広がったのか、それとも何者かによって故意に火を放たれたのか。いずれにせよ、残念である。ニュースで見る限り、本堂からさらに山手にある三重塔(天明8年建立)は被害を免れたようである。
ラベル: 火事
posted by 乾口達司 at 10:48| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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