2012年08月29日

M氏追悼。

知人の文芸評論家M氏が亡くなった。亡くなったのは今月17日である。その日の昼頃、トイレで倒れ、救急車で近くの病院に運ばれたものの恢復せず、その日の夜に亡くなったとのこと。病名は急性骨髄性白血病である。私が訃報を知ったのは19日にとりおこなわれた葬儀の二日後のことであった。たまたまM氏に問い合わせたいことがあってM氏の携帯電話にメールを送ったところ、ご家族から返信があり、M氏の逝去を告げられたのであった。M氏の逝去はご家族にとってもあまりに急なことであり、逝去から葬儀にいたる一連の経緯のなかでいったい誰に連絡をとれば良いのかわからず、取り急ぎ、葬儀を終えられたという。あのとき、M氏に問い合わせのメールを送らなければ、私はM氏の逝去をまだ当分のあいだ知ることがなかったはずである。そう考えると何とも不思議である。M氏は大阪でもよおされている後藤明生を読む会の参加者の一人であった。12日におこなわれた第11回の会合にも出席されていた。会の終わりにはいつも有志で近くの酒場へとおもむき、反省会という名の懇親会をおこなう。M氏は酒をほとんど呑まない。しかし、ウーロン茶を片手にいつも私たちの反省会=懇親会に最後まで熱心に付き合ってくださっていた。しかし、12日だけは珍しく酒場におもむかれることはなかった。夏風邪をひいたようで体調がすぐれない。今夜は先に失礼します。そういって会の終わりとともに帰られた。それがM氏との最後の別れとなった。確かに調子は少し悪そうであった。口数も普段の会合のときに比べると少ない方であった。しかし、足取りはしっかりしており、重篤な病にかかっているようには見えなかった。会合が終わった直後、会場となった会議室にプロジェクターが備え付けられているのを私に教えてくださった。せっかくプロジェクターが備え付けられているのであるから、次回はこれを使いましょうともいっておられた。その言動には数日後の逝去を予感させるものはまったく見当たらなかった。それだけに突然の訃報はあまりに衝撃的であった。M氏自身、ご自身が白血病にかかっているとはご存知ではなかったようである。27日、有志で大阪市内にあるご自宅にお悔やみにうかがった。そして、ご家族からM氏の生前の御様子をいろいろうかがった。M氏が後藤明生を読む会をいつも楽しみにされていたという話は有り難かった。後藤明生に対する関心の高さを指し示すかのように、書架にはM氏が古書店で買い求められた数多くの後藤明生の著書が並べられていた。小林秀雄や九鬼周造について論文を書いているという話も以前にうかがっていた。書架には小林秀雄や九鬼周造の著書も並べられていた。「新潮」の新人賞(評論部門)を受賞されたのは何年前だっただろうか。これからますます活躍されるはずであっただけに残念である。合掌。
ラベル:白血病
posted by 乾口達司 at 22:34| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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