2012年05月12日

岡山紀行(弘法寺踟供養・被仏)

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毎年5月5日にもよおされる弘法寺(岡山県瀬戸内市牛窓町千手239)の踟供養については5月11日の日記で紹介した。今回は踟供養に登場する迎え仏としての被仏に焦点を当ててみよう。5月11日の日記にも記したように、被仏は中将姫の小さな像をいただく行道一行をお迎えする際に登場する。興味深いのは、その際、実際に人がその被仏のなかに入って一行を出迎えていることである。その様子は以下の写真をご覧いただきたい。

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ご覧のように内部が空洞化しており、裾部から人間が頭を差し込んですっぽり被るようになっている。3枚目の写真は被仏の裾部。人が内部に入り込む際は周囲の人に本体を高く持ち上げてもらっているあいだにここから上半身を突っ込むことになる。

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実際に内部に入った男性の話では、人間の頭部は仏像の腹部あたりに位置しており、それ以上、上部には進まないように肩当てのようなものがもうけられているという。内部から両腕で仏像を支えるだけの空間はない。したがって、自力では内部から本体を支えることが出来ず、両脇から人に支えてもらわなければ、立ったままの状態を維持することは出来ない。腹部にもうけられた覗き穴は内部から外の様子をうかがうためのものである。4枚目の写真はその覗き穴を拡大したものである。

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外界との接点はこの小さな覗き穴しかない。そのため、実際に内部に上半身を入り込ませると息苦しく、酸欠に近い状態になるらしい。もちろん、内部はほぼ真っ暗である。こういった被りづらい形状を勘案すると、はじめから人が被ることを目的にして作られたものではないことが推察される。2011年11月6日の日記にも記したように、上部と裳裾部とを分離させた上下二部式像が一般に現れて来るのは中世以降のことである。弘法寺の被仏も本来は二部式像としてまつられていたものが何かの理由で裳裾部が失われ、上部が行道用の被仏として転用されることになったのであろう。行道の一行が入堂し、迎え仏としての役割を終えると、男性は周囲に助けられて被仏から出て来る。男性は汗びっしょりである。酸欠に近い状態になってしまっているのであろうか。息も絶え絶えである。立っていられず、すぐにその場に這いつくばっている。内部に入っている時間は15分から20分程度である。傍目には大した時間ではないように思われる。しかし、実際には、相当、苛酷な状況なのであろう。踟供養の表向きの主役は小さな中将姫像である。しかし、裏の主役、真の主役は被仏のなかに入る男性であることは間違いない。男性が被仏から出て来ると、周囲からは拍手が起こっていた。
ラベル:行事 仏像
posted by 乾口達司 at 23:33| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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