2011年07月04日

内田魯庵『思い出す人々』

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内田魯庵の『思い出す人々』(岩波文庫/1994年2月)を再読する機会に恵まれた。有り難い限りである。かれこれ7、8年振りではなかろうか。7、8年前に読んだときと同様、今回も二葉亭四迷について言及した「二葉亭四迷の一生」「二葉亭余談」「二葉亭追録」「二葉亭四迷―遺稿を整理して―」がもっともおもしろかった。「二葉亭の直話に由ると、いよいよ行詰って筆が動かなくなると露文で書いてから飜訳したそうだ」という一節などは近代以降の日本語(言文一致体)に慣れ親しんだ現代のわれわれには想像することは難しい。しかし、言文一致という新たな文の草創期における先駆者=二葉亭の苦闘をうかがい知るには見逃すことの出来ない記述である。「二葉亭は始終文章を気にしていた」「二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の撰択、若い文人が好い加減に創作した出鱈目の造語の詮索から句読の末までを一々精究して際限なく気にしていた」「一面には従来の文章型を根本から破壊した革命家であったが、同時に一面においてはまた極めて神経的な新らしい雕虫の技術家であった」という回想部分も興味深い。二葉亭にとって文学は「文」との格闘を抜きにしてはありえなかったということをあらためて思い知らされた。「文」との格闘は作品を如何に書くかという方法論の問題に通じる。しかし、その肝心の方法に対する意識が失われてしまったところに日本の近代文学の問題がある。それはすなわち「文」に対する自己意識の喪失を意味している。いま一度、「文」と格闘した二葉亭の営為を振り返ってみるべきではなかろうか。
posted by 乾口達司 at 22:39| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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