2011年05月15日

種村季弘『食物漫遊記』

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種村季弘氏には、一度、お会いしたことがある。当時、私が勤務していた大学に講演に来られた。そのときは織田作之助について話されたのではなかっただろうか。講演の後、近くの酒場にお連れしていろいろお話をうかがった。酒場では泉鏡花や大阪に点在する渡来人の旧跡について語ったおられたように思う。氏が亡くなる5年ほど前のことである。懐かしい思い出である。氏の書物は何冊か持っている。先日、所用があってそのなかの『食物漫遊記』(筑摩書房/1981年3月)を引っ張り出した。久し振りに再読したが、その飄々とした文体に相も変わらず魅了された。序章に当たる「嘘ばっかり」の書き出しは次のようなものである。「よだれが出るほどうまそうな物をチラ付かせながら、アレがうまかった、これはこたえられない、と能書きを並べた食通随筆を読まされると、正直のところ、あんまりいい気持ちはしない。こン畜生、一人だけいい思いをしやがって。酢豆腐。きいたふう。半可通。生唾が嫉妬と羨望の毒を吸ってすっかりどす黒くなったのが、うらみがましくペッペッとそこいら中に吐き出されるような塩梅である」。当該部分からもあらかた想像がつくように『食物漫遊記』はいわゆるグルメエッセイではない。「嘘ばっかり」という序章の章題と絡めると食べ物にまつわるさまざまな虚構(嘘)を描いた作品であるといって良い。なかでも、興味深いのは「絶対の探求」で綴られる「岡山にある日本一の焼鳥屋の話」である。岡山には所用でしばしば出掛ける。しかし、岡山に住む知人に訊ねてみても、そのような店が実在するのかどうか、さっぱり要領を得ない。無理もあるまい。著者である種村氏自身が実際にそのような店が存在するのかどうかを自分の目で確認することが出来ないまま、筆が置かれているのである。虚実のはざまをたどるうちに食べ物にまつわる迷宮のなかを彷徨うような感覚をおぼえる作品である。
ラベル:種村季弘
posted by 乾口達司 at 21:44| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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