2011年04月15日

岡山紀行(旧閑谷学校)

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以前の岡山旅行の際に訪れた場所をまた紹介してゆこう。旧閑谷学校(岡山県備前市閑谷784)はかつての岡山藩によって作られた学校である。寛文10年(1670)、岡山藩主・池田光政が重臣の津田永忠に命じて創立された。元禄14年(1701)には学校の全容が整い、明治3年(1870)の閉校までの約200年間、庶民を対象にした学問所としての役割をになって来た。しかし、こんな山のなかに学校を開いたことにはどういった意図があるのだろうか。学校のような公共施設は人の集まりやすい交通の要衝地に設けるのが一般的なのではあるまいか。それとも、当時、このあたりが交通の要衝なのであったのだろうか。あるいは北方の和気や吉永方面からも、南方の備前方面からも生徒が集まりやすいように敢えて双方の中間に設けたのであろうか。学問の中心となった講堂は国宝。桁行7間・梁間6間の入母屋造。当初は茅葺であったというが、後に備前焼きの瓦に葺き替えられた。写真は内部の花頭窓。周囲をぐるりと取り巻くカマボコ型の石塀も珍しかった。南へ1キロほど歩いたところにある石門はその大半が地中に埋まっていた。
ラベル:閑谷学校
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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