2010年08月24日

伊藤和『伊藤和詩集』3

伊藤和『伊藤和詩集』1→こちら
伊藤和『伊藤和詩集』2→こちら

「無題」の全文である。とかくシモがかった話題は卑猥で退廃的な印象を与えるものである。しかし、本篇で描かれる「ラッパ屁」は卑猥や退廃とは無縁である。むしろ健康そのものであるといっても良い。しかも、それは「手を濡らさない」連中を批判し、圧倒する戦闘的な手段として巧みに駆使されている。これほど明朗で力強い「屁」も珍しいのではあるまいか。大袈裟にいえば、ラブレー的というか、カーニバル的な匂いさえ感じさせる「屁」である。農民である「おれ」は泥のなかで農作業に没頭する。その身体は泥にひどくまみれているであろう。全身から噴き出した大量の汗と泥とが入り混じって独特の臭気さえ発しているはずだ。「おれ」=農民は泥のなかで生まれ、泥とともに生き、そして、泥とともに命を終える。「泥」=大地にしっかりと足をつけ、その恵みを一身に受ける。そのような存在として描かれている。農民に対する愛情にあふれた眼差しが感じられる演出である。なかでも、注目すべきは「おれ」が「泥にどっかりと坐って」いる「蛙」に対して共感を抱いていることである。「いつもの青空を見ると頭のてっぺんにでっかい雲の峯が現われている」という一節からは「おれ」が「蛙」とともに「でっかい雲の峯」とも親和的な関係を有していることがうかがえる。伊藤和にとって「おれ」=農民は大地や天空、あるいはあらゆる生きものを包摂した全存在的な存在として大地に力強く屹立しているのである。「おれ」の「ラッパ屁」が健康そのものである所以である。
(続く)

伊藤和『伊藤和詩集』4→こちら
伊藤和『伊藤和』詩集5→こちら
伊藤和『伊藤和詩集』6→こちら
ラベル:伊藤和
posted by 乾口達司 at 23:31| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック