2010年04月15日

北京紀行(万里の長城)

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万里の長城は雄大だった。観光客がもっとも集まる八達嶺長城から眺めた。時間の関係で北四楼までしか登らなかった。しかし、どこまでもううねうねと続く万里の長城の場合、どこかまで登ってみなければならないというものでもあるまい。地平線のはるか彼方まで山々が連なる。それとともに万里の長城も延びている。これだけのものを良くぞ作ったものだと驚かされる。これだけのものをいったいどうやって作ったのであろうか。確かにそれぞれの部分を確認することは出来るだろう。しかし、8千キロメートル以上とされるその全体を果たして誰が把握していたというのであろうか。部分と全体との不透明な関係。思わずカフカの小説『万里の長城』を思い起こした。その工法が、カフカの小説の通り、工区分割方式であったかどうかはわからない。しかし、延々続けられる工事を前にして、工事に関わる石工たちの胸に深い絶望が去来したことは間違いあるまい。カフカも書いているように、実際、彼らを絶望させないために「監督者」がさまざまな工夫をほどこしたのではなかろうか。いつか司馬台長城や蟠龍山長城などの別の長城も歩いてみたいものである。
posted by 乾口達司 at 23:07| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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