2009年06月02日

鳥取・島根紀行(仏谷寺)

鳥取・島根紀行(植田正治写真美術館)→こちら
鳥取・島根紀行(皆生シーサイドホテル)→こちら
鳥取・島根紀行(美保神社)→こちら

美保神社からは石畳の道(青石畳通り)を歩いて仏谷寺(島根県松江市美保関町美保関530)へ向かった。通りの両側には古い旅館やお店、旧家などが軒を連ねている。どこか懐かしさを感じさせる道である。歩くこと5分ほどで仏谷寺の門前に到着。門前のお休み処である“入来舎”に声をかけて収蔵庫(大日堂)の拝観をお願いした。前日、仏谷寺に電話をかけたところ、毎週水・土・日曜日の午前10時から3時のあいだ、収蔵庫の鍵は“入来舎”のおばさんたちが保管しているとのことであった。お寺が地元の人たちにあたたかく守られていることに感銘を受けた。鍵を開けていただいて収蔵庫のなかに足を踏み入れる。内部には薬師如来坐像・日光・月光・虚空蔵・聖観音菩薩立像(国重文)の計5体の仏像が安置されている。いずれも一木造りで平安時代初期の作品。現存する山陰地方最古級の仏像群であるという。腹に2本の弧線(皺)を描く点、肩から腹部のあたりにかけて衣服の襟をピンと立てている点など、いわゆる出雲様式の典型的な作例を示す重要な5体である。丸山尚一は『生きている仏像たち』(昭和45年11月/読売新聞社刊)のなかで仏谷寺の仏像群を紹介している。丸山は、薬師如来坐像について、「大粒な螺髪が帽子のように深くかぶさり、肉髻が高い。顔を等分するかのように眉から鼻への深い彫りが、二つの円弧をえがく。太い鼻梁、つりあがった眼、分厚い唇を無造作に結んだ表情など、やはり自己の世界に忠実に生きる顔である」と記している。「帽子のように」という表現はいい得て妙である。「つりあがった眼」もどこかしら滑稽さをただよわせている。こちらに向けた右の手は肉厚で大きく堂々たるものである。そのかたわらに立つ菩薩立像では、衣服の装飾性に興味を惹かれた。丸山は「簡素で強い像を求めていた出雲人が、そこになにか装飾的要素を採り入れなければやまない造形への心があったのではないか」と述べている。私には装飾的効果を狙いながらも、造型の素朴さを隠し切れなかったところに地方作ならではの親しみが感じられた。もちろん、奈良や京都の寺院に見られる中央作に比べれば、その造型は何とも稚拙である。その稚拙さを笑ったり、否定的に言及したりすることは簡単である。しかし、私にはその点がかえって微笑ましく感じられた。壇上に横一列に並んだ姿はなかなか壮観である。裏側にまわって背面部分をじっくり拝見することが出来るのも嬉しい。拝観料は300円。鍵を開けてくださったおばさんによると、先日も奈良から仏谷寺を訪れた人物がいたという。私のような好き者が奈良にはいるようである。拝観後は“入来舎”にお邪魔をしてお茶をご馳走になった。
ラベル:仏像 美保神社
posted by 乾口達司 at 23:58| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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