2009年03月11日

よろ。

昨夜の呑み会&誕生日会では若年層の言葉の乱れが話題になった。言葉の乱れについて話し出したのはマリンバ奏者のMではなかっただろうか。最近の若い子は言葉の使い方がなっとらん。わかっていないだけではない。間違っている。そういった内容であったように思う。言葉が乱れているのかどうか。私はそのことを判断する見識を持ち合わせてはいない。しかし、インターネットや携帯電話が普及したことにより、文章が簡略化される傾向にあることだけは確かなようだ。昨夜、その一例として「よろ」にまつわる私の実体験を話した。以前、後輩から送られて来たメールの文末に「よろ」という二文字が付け加えられていた。確か「〜です。よろ」とか「〜だったと思います。よろ」といった文面で使われていたように記憶している。「よろ」とはいったい何であるのか。メールを受け取った当初、私は「よろ」が先に記されていた記述の消し忘れだと思い込んでいた。しかし、後から考えると「よろしくお願いします」の略ではないか。そう思いはじめた。そう考えると辻褄が合う。「よろ」の直前の一文が私に対してあることを依頼する内容であったからだ。しかし、メールの時代になっていくら言葉の簡略化が進んだからといって「よろ」はないだろう。後輩は近頃しばしば使われる「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます」を略した「あけおめことよろ」をもじったのかも知れない。しかし、「あけおめことよろ」は年明けの限られた期間にしか使われない上、簡略前の文面が言葉と言葉とのあいだから伝わって来る。そのため、大した戸惑いをおぼえない。しかし、「よろ」だけでは何のことやらさっぱりわからないではないか!せめて「よろしく」と記すべきではないだろうか。もちろん、言葉の簡略化は若者にだけ限ったことではない。以前、母親から受け取ったメールでは本文に、一言、「電話」とだけ記されていた。電話。だからどうしたというのだ。電話をかけて来いということか。誰かに電話をかけろということか。自分が先ほど電話をかけたということなのか。それとも自分の目の前にいま電話機が置かれているということなのだろうか。せめて「電話をくれ」とか「先ほど電話をかけたぞ」と記すべきではないか。どいつもこいつも困ったものだ。昨夜はそのような実例を挙げて喋りまくった。もちろん、笑いごとではない。事態はかなり深刻である。われわれはインターネットや携帯電話の普及によってこれまで以上に濃密で間断ないコミュニケーションを獲得するにいたった。しかし、その一方で言葉と人との乖離現象が急速に進行していることに留意しなければならない。「よろ」や「電話」などはまだまだかわいいものかも知れない。近い将来、それらは「よ」とか「電」まで簡略化されるのではないか。そうなったとき、私は果たして「よ」や「電」の意味するところを推測であっても把握することが出来るのであろうか。そんな危惧を真剣に抱いている。
ラベル:言葉
posted by 乾口達司 at 23:15| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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