2009年02月07日

三碓の根聖院。

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三碓の添御県坐神社は1月25日の日記で紹介した。根聖院は添御県坐神社のすぐ西側の崖下にある。添御県坐神社の神宮寺であろうか。本尊は薬師如来。境内には三碓の名の由来となった1.5メートルほどの石が置かれている。説明板によると、石にまつわる伝承はおおよそ次のとおりである。奈良時代、当地を治めていた人物に小野福麿がいた。福麿はこの地に三ツ碓(唐臼)を置いて米を搗かせた。それにちなんで聖武天皇が当地を「三碓」(みつがらす)と名付けたという。説明版では石が朝鮮半島伝来の「搗き碓」であることも述べられている。確かに石の表面には3つの穴がほどこされている。そのうちの一つは欠損してすでに原型すらとどめていない。穴の幅はせいぜい十数センチメートル。これで米を搗いていたのかと思うといささか滑稽である。では、この穴は何のためのものなのか。これはいったい何の石なのだろうか。建物を支えていた礎石の一つであろうか。礎石であるとすると、小野福麿の住居と関わりのあるものかも知れない。
ラベル:礎石 神社 富雄
posted by 乾口達司 at 18:39| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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