2008年12月06日

大阪市立美術館。

昨日は午前中から大阪へ出向いた。JR天王寺駅で行政書士の脇阪亮と落ち合ったのは昼前だった。向かったのは大阪市立美術館である。まずは1時間ほど仕事の打ち合わせをおこなった。打ち合わせを終えてから大阪市立美術館で開かれている特別展“国宝三井寺展”を鑑賞した。滋賀県の巨刹・三井寺(園城寺)が所蔵する名宝の数々が一同に展示された展覧会である。私のお目当ては数十年に一度という期間でしか公開されない秘仏の数々である。京都・青蓮院所蔵の不動明王二童子像(青不動尊)や和歌山・高野山明王院所蔵の不動明王二童子像(赤不動尊)と並んで日本三大不動として名高い絹本著色の国宝・不動明王像(黄不動尊)はその圧倒的な存在感に魅了された。頭に円光を背負って屹立する姿は実に堂々たるものである。上を向く左右の鋭い牙や筋骨隆々たる肉体も迫力がある。生命力のみなぎる力強い線描が黄不動尊のこの世のものならぬ神秘性をよりいっそう強める役割を果たしている。両足の親指も力強く上を向いている。それには何かの理由があるのだろうか。意外だったのは「黄不動」と讃えられているわりに思ったほど黄色く描かれていなかったことである。しかし、黄の発色を抑えることでかえって本像のかもし出す生々しさが良く伝わって来る。三井寺中興の祖である天台座主・円珍(智証大師)の生前の姿を写した国宝・智証大師坐像(中尊大師)とは数年振りの再会を果たした。毎年10月29日の円珍の命日のみ公開される秘仏である。三井寺境内の唐院大師堂で拝観したのはかれこれ5、6年前のこと。熱心に拝観している姿を京都新聞の記者に撮影された。翌日、中尊大師を拝観する私の姿が新聞の一面を飾ったものである。一方、それとは別に、もう一体、三井寺には国宝の智証大師坐像がまつられている。御骨大師と呼ばれるそれは中尊大師と同じく檜材の一木造。底裏には内刳りをふさぐように方形の板がはめ込まれている。体内には円珍の遺骨が納められているという。中尊大師は御骨大師をもとにして造られたと考えられている。すなわち、御骨大師は円珍の姿を写した根本像である。こちらは今回の展覧会ではじめて拝観をした。そして、もう一体、見逃せないのが国宝・新羅明神坐像である。普段は三井寺北方の新羅善神堂に安置されている。唐から帰国の途についた円珍の前に姿を現した異国の神であるという。三井寺を創建したとされる大友氏の信仰した渡来神。そのような推定もあるそうだ。檜材の一木造りで体側部・両脚部・両手先は別材で矧いでいる。彩色は当時のものであるという。肉身は白、髪や髭は白色を交えた青色で表されている。なかでも、注目したいのは三山冠をかぶったその姿が皺の多い奇怪な老相であることだ。両方の眉を険しく寄せる一方、目尻を極端に下げたその面相はこれまでに眼にした国内のいかなる仏像・神像とも大きく異なっている。新羅明神とはいったいナニモノなのであろうか。そう思わせる不思議な神像である。黄不動尊・御骨大師・新羅明神坐像。いずれも定期的に公開される秘仏ではない。それだけにこの機会に是非とも自分の眼で見て欲しい。次回、公開されるのはいつのことになるのだろうか。次回の公開まで自分自身が生きていられることを切に願う次第である。
posted by 乾口達司 at 22:24| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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