2008年11月03日

西国三十三所巡礼(醍醐寺)

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西国三十三所の巡礼に出よう。そう思い立った。そのことを記したのは昨日の日記である。善は急げという。早速、自宅を飛び出して巡礼に出た。向かったのは第11番札所・醍醐寺である。自宅と同じ奈良市内には第9番札所・興福寺南円堂がある。しかし、興福寺はあまりにも近すぎる。かといって、第1番札所・青岸渡寺のような紀伊半島の南端までおもむくことも出来ない。醍醐寺であれば、現在、霊宝館で寺宝の秋季特別公開もおこなわれている。巡礼と寺宝の拝観とを兼ねることが出来る。そう思って本日の目的地を醍醐寺に定めたのである。電車とバスを乗り継いで醍醐寺に到着したのは午後0時過ぎだった。数年振りの醍醐寺である。まずは国宝・三宝院をめぐった。次に霊宝館で寺宝の数々を拝観した。さらに金堂や五重塔を見上げた。いよいよ札所である。醍醐寺の札所は上醍醐の准胝堂である。金堂や五重塔などが立ち並ぶ下醍醐から急峻な山道を1時間ほど登らなければならない。上醍醐まで登ったのは何年前だっただろうか。とにかく大変な難所であった。そのように記憶している。ところが、本格的な山道がはじまる女人堂まで来たときのことである。上醍醐へと続く山道の入口に通行止めのフェンスが立て掛けられているのを発見した。貼紙によると、8月24日、落雷によって准胝堂が焼失したため、現在、朱印や納経の受付は女人堂でおこなわれているという。実際、納経帖を手にした老若男女が女人堂の境内に犇めき合っていた。仕方がない。私も老若男女の列に並んだ。そして、購入した納経帖に納経と朱印を押してもらった。これで私も巡礼者の仲間入りである。最初の第一歩を踏み出した瞬間である。感無量である。しかし、その反面、何とも複雑な気持ちである。上醍醐の准胝堂に安置されていた御本尊の准胝観世音菩薩は女人堂に移っている。したがって、現在、女人堂が正式な札所になっている。そのことは間違いあるまい。しかし、もともとの札所で納経や朱印をもらえなかったことはやはり悔やまれる。女人堂で納経や朱印をもらったとしてもやはり上醍醐までは登ってみたかった。上醍醐への参詣が解禁されるのはいつのことだろう。解禁された後、もう一度、醍醐寺を訪れたいと思っている。
ラベル:醍醐寺 巡礼
posted by 乾口達司 at 00:39| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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