2008年08月27日

高山寺から神護寺へ。

シュンの帰省もいよいよクライマックスである。昼前からシュンと出掛けた。京都・三尾をめぐり歩いた。萬福寺を訪れたのは8月1日である。そのときのことは8月1日の日記に記した。萬福寺といい、三尾といい、弱冠9歳のガキにしては実に渋いところを訪れるものだ。JR京都駅から栂ノ尾行きの西日本JRバスに乗り込んだ。バスに揺られること約50分。栂ノ尾に到着した。久し振りの三尾である。京北の山々にかこまれた平日の三尾は静寂そのものだった。

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三尾といえば、高山寺・石水院と開山廟前の宝篋印塔・如法経塔である。神護寺では本尊の薬師如来立像と文覚上人・性仁法親王の五輪塔も見逃せない。まずは高山寺を拝観した。国宝・石水院はいつ来ても良い。豪快な床板と舟底天井、重厚な菱格子、優美な彫刻がほどこされた軒下の蟇股、面取のほどこされた木柱、さりげなく取り付けられた釘隠。いずれも名品である。高山寺の開祖・明恵上人が愛玩したとされる素木の仔犬像はつぶらな瞳が愛らしい。複製ではあるものの、床の間に掛けられた明恵上人像(樹上坐禅像)と陳列ケースに広げられた鳥獣人物戯画も必見である。明恵上人像は高山寺裏山の楞伽山中で修行に明け暮れた上人の誠実な人柄が如実に表されており、いつまでも見飽きない。鳥獣人物戯画についてはあらためて書き記すまでもなかろう。眺望も素晴らしい。十年以上前のことである。真冬に石水院を訪れた。小雪がちらついていた。遠くの山々が水墨画のように霞んで見えたものである。今日はあいにくの曇り空だった。おまけに建物の修復工事中である。工事用の足場やテントが外まわりに設けられている。工事は来年の3月までかかるという。修復工事が終わった頃、また訪れてみよう。シュンは縁側に座り込んでいた。足を投げ出して何やらぶつぶつ呟いている。俳句を捻っているという。高山寺風のささやき鳥の声。シュンの一句である。開山廟前の宝篋印塔と如法経塔も見応えがある。特に古式をとどめた宝篋印塔の屹立する姿は堂々たるものである。その伸びやかな佇まいとは対照的に柔らかさを感じさせる四隅の隅飾も印象深い。鎌倉時代の名品である。

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昼食は西明寺前の河原でとった。清瀧川のせせらぎが心にしみ込んで来るようだ。岩陰にサワガニが隠れていた。シュンはサワガニを捕獲しようと大はしゃぎである。神護寺の石段では息を切らせた。硯石の横の茶店で小休止をした。硯石から山門まで一気に登り詰めた。金堂では国宝・薬師如来立像と久々の対面を果たした。野性味あふれる立ち姿にはいつものことながら圧倒される。彫りの深い衣紋も流麗である。薄暗い堂内で眼を凝らした。しばらくするとその峻厳なお顔がうっすらと浮んで来た。小雨がぱらつきはじめた。裏山にある和気清麻呂・文覚上人・性仁法親王の墳墓への参拝は見合わせた。しかし、名物のかわらけ投げだけは外せない。シュンにかわらけを買い与えた。2枚で100円なり。上の写真はかわらけを投げる寸前をとらえた一枚である。1枚目はくるくる回転しながらまたたく間に崖の下に消えた。2枚目は斜め上方へ投げたせいだろう。1枚目よりも遠くへ飛んだようである。はじめてのかわらけ投げにシュンはひどく興奮していた。当初の計画では清滝まで歩くつもりだった。しかし、あいにくの天気である。最寄りのバス停からバスに乗り込んだ。自宅に到着したのは午後6時過ぎだった。
posted by 乾口達司 at 22:57| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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