2008年08月01日

萬福寺と伏見桃山陵。

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午前中に仕事を終わらせた。仕事を終えてから甥っ子のシュンと京都へ出掛けた。前回、京都に出掛けたのは3月31日である。そのときのことは3月31日の日記に記した。今回は萬福寺と伏見桃山城を目指した。いずれもシュンのたっての希望である。萬福寺を希望するとはなかなか渋い。関西人でも萬福寺を訪れたことのあるものはそう多くはないはずだ。近鉄京都線に乗り込んだ。近鉄大久保駅で下車した。大久保駅から歩いて10分ほどの距離にあるJR新田駅へ向かった。新田駅から京都行きの普通列車に乗り込んだ。JR黄檗駅で下車。駅から歩いて5分のところに黄檗山萬福寺がある。隠元禅師によって創建された萬福寺は黄檗宗の大本山である。隠元が中国・福建省出身の高僧であったせいだろう。中国風の伽藍が異国情緒をかもし出している。牌楼式の総門や三門の太い木柱を支える太鼓型の礎盤、建物の各所に取り付けられた丸窓や卍崩しの欄干、龍の背の鱗をモチーフにした石條などの中国風の様式をシュンはとても珍しがっていた。天王殿の中央に鎮座する金ピカの布袋像も驚きの対象であったようだ。大雄宝殿では勤行がいとなまれていた。購入したパンフレットによると、その儀礼作法は中国・明代の仏教儀礼にもとづくものであるという。床に身体を伏せる五体投地のような所作も繰り返されていた。大勢の僧侶によって読み上げられる経も珍しい。経は黄檗唐音(明代南京官話音)で発音されているとのこと。明代の法式梵唄を継承したものであるという。読経に合わせて鳴らされる木魚や鐘、銅鑼の音色も中国を連想させるものであった。萬福寺には何度か訪れている。しかし、勤行を目にしたのははじめてである。貴重な体験だった。萬福寺の勤行は必見である。JR黄檗駅からふたたび電車に乗り込んだ。JR桃山駅で下車した。だらだら坂を登って伏見桃山陵へ詣でた。我が家の先祖が伏見桃山陵の造営にたずさわった。シュンにそのことを教えてやった。シュンは我が家と天皇家とが親戚関係にあると勘違いしていたようだ。小学3年生に家系の話はまだ難しかろう。陽が燦燦と照りつける。シュンはかなりくたびれた様子である。伏見桃山城まで足を伸ばすのは諦めた。
posted by 乾口達司 at 20:21| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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