2008年07月04日

雷北景編『漢武帝茂陵』

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2006年の秋、中国を旅した。上海を経由して西安を訪れた。西安市内では玄奘ゆかりの大雁塔や鼓楼、鐘楼、街の四方をぐるりと取り巻く明代の城壁などを見学した。西安碑林博物館や陝西歴史博物館も訪れた。某出版社に勤務するA氏のアドバイスによるものだった。夜は餃子や火鍋を堪能した。郊外ではおもに王陵墳墓をめぐった。前漢の最盛期を築いた武帝・劉徹の茂陵やお馴染みの兵馬俑・始皇帝陵を訪れた。中国史上唯一の女帝・則天武后とその夫・高宗を合葬した乾陵、彼らの子息である章懐太子を埋葬した章懐太子墓や孫娘・永泰公主を埋葬した永泰公主墓などにも参った。次回、西安を訪問する機会があれば、漢の高祖・劉邦やその妻・呂后、呂后によって悲劇的な末路をたどった「人豚」=戚夫人、それに楚漢戦争の元勲たちの王陵墳墓に足を運びたいと思っている。雷北景編『漢武帝茂陵』(2004年2月、茂陵博物館刊)は茂陵博物館で購入した。茂陵博物館は武帝の重臣・霍去病の墳墓内に建てられていた。茂陵周辺から出土した瓦当の拓本数枚と一緒に購入したように思う。総頁数は149枚。茂陵およびその周辺に点在する武帝の夫人や重臣たちの墳墓について詳しく解説されている。茂陵を訪れるもっとも多い外国人は日本人なのであろうか。日本語で記された解説文も部分的に収録されている。「茂陵についてのご案内」と題された項目は「皆さん、こんにちは。皆様が茂陵にいらっしゃるのを心から歓迎いたします。ただいま、皆様に茂陵の様子を簡単にご紹介させていただきます。まず『五陵原』です」という一節から書き起こされている。最後は「茂陵のご案内はこれで終わります。では、皆様、茂陵を見学致しましょう」という一文で締め括られている。ほかにも「馬上将軍霍去病」と「美を極める李夫人」という2項目が日本語で綴られている。誤字脱字が若干見られる。しかし、読解に大きな支障はない。『漢武帝茂陵』を手にしてまずは霍去病の墳墓に登った。墳丘の頂上まで石段がもうけられている。石段のせいで登りやすかった。頂上からは茂陵の勇姿をのぞむことが出来た。一方、茂陵には石段はもうけられていなかった。良く踏みならされた小道が頂上までのびていた。こちらは霍去病墓よりもはるかに急峻だった。途中ですべり落ちそうになったほどである。頂上からの眺めは霍去病墓の比ではなかった。霍去病墓や李夫人墓が眼下にのぞまれた。地平線のはるか彼方には別の皇帝陵やその重臣たちの墳墓が点在していた。秦漢の王陵墳墓は頂上が平らになった方錐形をしている。大平原に大小さまざまな方錐形の小山が点在する光景はさながら中国版ピラミッド群である。頂上の一角に腰を下ろした。『漢武帝茂陵』のページをめくった。『漢武帝茂陵』に記されている茂陵の頂上にいま自分は腰を下ろしている。その当たり前のことがなぜか不思議に思えた。観光客が持ち込んだのであろうか。あたりには無数のゴミが散乱していた。
posted by 乾口達司 at 19:05| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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