2008年06月23日

風の便り。

きみの消息を聞いた。昨日のことだ。思いがけない話に戸惑った。グラスを持つ手に力が入った。そして、震えた。聞くところによると、すぐ近くにいたという。きみとは同じ時間、同じ場所をともに過ごした。しかし、それは頻繁に顔を合わせていたときに限られる。そう思い込んでいた。それがお互いに別々の道を歩みはじめてからも続いていようとは。同じ列車に乗り合わせていたかも知れない。街のどこかですれ違っていたかも知れない。人の縁とは不思議なものだ。つくづくそう思った。不思議であるといえば、記憶もまたそうだ。ふとしたはずみできみの名前が出た。ただそれだけのことで忘却の彼方へと消えてしまったはずの思い出が次々とよみがえって来た。顔を合わせなくなってからもうずいぶんと時間が経つ。それにもかかわらず、よみがえって来る思い出は昨日のことのように思えるものばかりだ。懐かしい人よ。あのミナミの喫茶店を憶えているだろうか。盛り場の真ん中でひっそりと営業していたあの店だ。昭和の香りを残した店内は僕たちのお気に入りの空間だった。あそこで仕事帰りのきみと何度待ち合わせたことか。一杯数百円のコーヒーだけで何時間もきみの土産話を聞き続けたものだ。仕事で国内外を旅するきみに夢と憧れを抱いた。そのことによって自分自身の夢もふくらませた。きみはあのとき出雲の魅力を語っていた。出雲にまだ行ったことのなかった僕は、きみの話を聴きながら、まだ見ぬ神話の国に思いを馳せたものだ。念願の出雲に足を踏み入れたのは先月のことだった。時間が限られていた。残念ながら島根半島まで足をのばすことは叶わなかった。出雲神楽を見学する余裕もなかった。しかし、のどかな島根半島の村々や出雲神楽の魅力を熱心に語り聴かせてくれたきみの言葉はいまでもこの胸に刻み込まれている。胸にしっかりと刻み込まれている以上、いつかは島根半島を訪れる日が来るだろう。躍動的な出雲神楽をこの眼で見る日も来ることだろう。出雲神楽を一緒に見よう。残念ながら、その約束だけは果たせそうにはない。僕たちのあいだに横たわる現在の遠い距離では神楽をともに見ることは叶わないだろう。しかし、人生とはわからないものだ。きみの消息もこうして不意に伝えられたのだ。いつかどこかでまためぐり逢うことがないとはいえまい。そのときまでどうかお元気で。幸せな人生を送って欲しい。遠い空から祈っている。
posted by 乾口達司 at 00:18| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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