2020年08月09日

山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』C

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デモ行進の取り締まりをきっかけに労使の調停に乗り出した奈良署は、6分の値上げなら妥結可能という職工組合側の回答を引き出す。一方、26日午前5時、業主組合側は「3分の値上げと見習い職工の組合加入金の全廃」という最終案を提示。28日、職工組合の代表2名が奈良署を訪れ、見習い職工の加入金を全廃してしまうと、業主側が無制限に見習い職工を受け入れてしまうということで、これに反対。3分の値上げと見習い職工の組合加入金制度の来年6月までの現状維持を受け入れるという回答を打ち出す。これによって争議は解決するかと思われたが、今度はまたまた業主側が賃上げを来年6月まで延期するといいだし、一時は妥結するかに見えた交渉に暗雲が垂れ込める。ここでケッサクなのは、本来、国家や資本の立場に組する奈良署の特高係が、そんな業主側の不誠実をたしなめていることである。結局、2分の賃上げと見習い職工の組合加入金制度の来年6月までの現状維持という2点で労使の妥結がはかられ、誓約書に調印。翌年6月、見習い職工の組合加入金問題についても妥結がはかられ、労働争議は一応の解決をみるが、読み進めるなかで私が思わずふき出したのは、本件について報道する「奈良新聞」11月27日付けの記事の見出しである。すなわち、「墨屋騒動、解決見込めず依然まっ暗、ムンズと組んだ取り組みは4本柱で墨汁流す」。いろいろな意味で何とも奈良らしい、のんびりした労働争議であったといってしまうと、我が家の先祖もふくめ、先人たちに失礼であろうか。
posted by 乾口達司 at 14:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』B

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賃金の2割上げを要求する職工組合に対して、11月22日、業主組合は賃金の5分上げという妥協案を提示。その妥協案に対して、職工組合は態度を硬化してしまう。しかし、労使の交渉が続くなか、職人のなかには、深夜未明、こっそり業主のもとにおもむき、働くものもいたらしい。このあたりのエピソードはいまでも、どこでも「あるある」である。職工組合側は組織の引き締めをはかるため、25日午前5時に街頭デモ行進を敢行。奈良署の職員によって幹部数名が検束されている。しかし、11月下旬の午前5時といえば、外はまだ真っ暗である。彼らがデモ行進をおこなったのはおそらく奈良のメインストリートというべき三条通りではないかと思われるが、いくら早起きの習慣がある奈良の人間でも、さすがに11月下旬の午前5時は早過ぎるのではなかろうか。そんな時間に外をうろついているのは、シカくらいか。午後5時の間違いではないかとも思われるが、シカとしたことはわからない。
posted by 乾口達司 at 13:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』A

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山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』によると、奈良の墨職人による労働争議が起こったのは、1934年の秋。同年1月、山野製墨所の職人8名が「捏ねまい賃」を奈良市製墨職工組合の規定に準じて上げて欲しいと業主側に要求するものの、受け入れられないことに業を煮やしてストライキに入ったのが、そもそもの発端である。このときは安井鶴松の仲介によって妥協がはかられるが、11月になって製墨作業が本格化すると、今度は職工組合が従来の賃金協定を守らず、ずるずると賃金の値下げをおこなって来た業主組合に対して、賃金の2割値上げを要求。漢国町の「山の寺」に立てこもり、要求の貫徹を訴える。彼らの立てこもったところこそ、「山の寺」の別名を持つ念仏寺である。墨職人たちの立てこもったところがお寺であったという点、いかにも奈良らしいというべきか。
posted by 乾口達司 at 12:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

法華寺施薬院くすり湯。

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「法華寺施薬院くすり湯」はいただきものである。いただいていながら、これまで使うのをすっかり忘れていた。奈良時代、光明皇后が法華寺にからふろを建て、貧者や障碍者の救済にあたったという「伝説」にちなんで作られたものなのであろう。いろいろな薬草が成分にふくまれているようである。本来であれば、寒い時期に使うのであろうが、一日中、冷房の効いた部屋にこもっているこんな時期だからこそ、かえって身体は冷えているのではなかろうか。そんな理屈で、今夜、使ってみようと思う。
posted by 乾口達司 at 09:13| 奈良 ☁| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三島由紀夫『潮騒』

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三島由紀夫の『潮騒』は高校生のときに読んだ。しかし、当時の読後感をまったくおぼえていない。本当に読んだのだろうかと思うほど、ストーリーもふくめて綺麗さっぱり忘れていた。そんな『潮騒』を仕事で読み返す機会があったのは、2年ほど前のことである。たまたまどこかへ出掛けている最中に電車のなかで読んだのであった。読んで真っ先に抱いたのは、主人公の若い男女がもっとも地味であるという印象であった。主人公であるというにもかかわらず、まったく精彩を欠いている。むしろ、わき役たちの方が生き生きとしている。あらためてページをめくる気も起きないため、登場人物の人物を失念しているが、まるでお人形さんのような2人を結びつけようとするおせっかいなオバさんの方がよほど生き生きとしている。その意味では特異であり、いわゆる近代小説としてとらえるべきではない小説なのかも知れない。三島由紀夫の作品のなかでは人気のある小説らしい。しかし、なぜ人気があるのか、私にはさっぱりわからない。ただし、舞台となった神島にはいつか行ってみたいと思う。『潮騒』はそれで充分ではなかろうか。
posted by 乾口達司 at 09:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』@

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だいぶ前、山田鴻一郎編『奈良製墨文化史―奈良製墨協同組合設立50周年記念』(2000年)をパラパラめくっていると、我が家の先祖が某書のなかで語っていた墨職人によるストライキのエピソードが載っていた。戦前のことである。先祖はストライキによって労働者が立てこもった場所を明示していなかったが、本書によって念仏寺であることが判明した。ひょっとすると、立てこもり期間中、念仏寺が資本家勢力の手先どもによって襲撃された際は、現在、開化天皇陵に比定されている念仏寺山古墳にも逃避場所を求めたか。いろいろなことを想像することが出来て、この部分はなかなか面白い。しかし、全体的には経営者の立場に立って書かれたものである。本当に読みたいのは、むしろ労働者の立場から書かれた製墨史である。そんな本はないのだろうか。
posted by 乾口達司 at 08:19| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする