2020年03月12日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期について思うA

ただ、今回は閉館の通知が届く前に有志から開催をどうするかという問い合わせが届いていた。先方は「自粛」するべきではないかといった。それに対して、私は開催することを要望した。当日、会場を使用するため手続きが必要ならば、私が代行するつもりであることもあわせて申し出ておいた。なぜならば、有志が別にコロナウイルスにかかっているわけでもなかったからである。もちろん、予防のために外出を控えるという考えもあるだろう。しかし、何でもかんでも予防のためということをいい出せば、社会的な生活を送ることすら叶わなくなってしまうではないか。家の前に「蘇民将来」のお札を貼り付け、いつまでも逼塞し続ける気か。付け加えるならば、家にいれば絶対に安全ということもなかろう。念のため、周囲の若い子に参加の意思を確認すると、「自粛」なんて考えてもみなかったという返答であった。そういった前向きな有志がいる以上、予定通り、開催するのが筋というものではなかろうか。若い子たちのために、どのような状況にあっても彼らの集う場所を用意してあげること。そして、疫病なんて過度に恐れる必要なんてないんだよということを諭し、みずからの態度で示してあげること。それが若い世代に対するわれわれ大人の責務というものであろう。ガキと一緒になってぶるぶる怯えるなんてとんでもない。ましてや、今回は若い子の方が積極的なのである。大人が怯えてどうするのか。
posted by 乾口達司 at 03:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする