2019年02月04日

四十九日と「笠の餅」

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故人の四十九日に参列。十年振りに「笠の餅」を拝見した。四十九日の法要で「笠の餅」が登場するのは、全国的な風習であると思っていた。しかし、私のまわりでは「笠の餅」のことを誰も知らなかった。49個の小餅に覆いかぶせるように大きな平たい餅をのせる。大きな平たい餅は蓮を、その上に乘る一個の小餅は故人をそれぞれ表しているという。蓮の上に立つ仏の姿そのものである。法要の後、僧侶が大きな平たい餅を調理鋏で切り分けて人の形にしていく。人の形はあの世へと向かう故人の姿を模しているという。参列者はそれを切り分けて、小餅とともに持ち帰る。腕の調子の悪い人は腕の部分を、腰の悪い人は腰の部分を、といったように、調子の良くない部位を持ち帰り、調理して食べると良いとされる。私が人込みをかきわけて「笠の餅」を熱心に撮影していたため、私が撮影した写真をもとに自宅でひそかに「笠の餅」を再現しようと企んでいるのではないかといった揶揄も起こった。頭部に当たる小餅は故人そのものであるため、法要の後、家屋の屋根に放り投げる。今回は私が放り投げる役をおおせつかった。あまり力を入れて投げると、屋根を通り越してしまうのではないか。甥っ子がそう忠告をした。そのため、力を抜いて投げたところ、屋根の庇の部分に当てって転がり落ちて来た。一同、大笑いである。甥っ子が代わりに投げてみた。しかし、これまた屋根に当って転がり落ちた。私がふたたび投げる。今度は落ちて来なかった。三度目の正直である。屋根の小餅はほどなく鳥がくわえていくことだろう。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする