2015年11月08日

後藤明生を読む会(第27回)

後藤明生を読む会(第26回)→こちら

昨日は後藤明生を読む会の第27回がもよおされた。今回のテキストは『夢かたり』(中央公論社)。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者のあいだで討議がおこなわれた。今回の『夢かたり』は以前もテキストとしてとりあげられた。しかし、今回は再読ということでより細部に着目した討議がなされた。特にみずからの幼少時代を想起するという小説でありながら、思い出した内容よりも思い出さなかった体験の方がはるかに多いこと、それにより、思い出した内容は一貫した統合性を持ち得ないこと、したがって、永興の「断片」を集めるという「わたし」の行為そのものがかえって「断片」のさらなる断片化をうながしてしまっているという逆説が明示されたことの意義は大きい。思い出すという行為が「わたし」にとっては書くという行為と一体化していること、それにより、思い出された過去は書くという現在時の産物としてとらえられており、歴史的事実としての過去とは一線を画したものとなっているという指摘も興味深かった。次回は、来年2月頃、『笑坂』と『吉野大夫』について、私が基調発表をおこなう予定である。
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 17:16| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする