2014年08月31日

後藤明生を読む会(第22回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。前回の研究会のことは7月14日の日記に記したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第22回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。さて、来る10月5日、第22回の「後藤明生を読む会」をもよおします。参加資格などは一切ありません。万障お繰り合わせの上、御出席を賜りますよう御案内申し上げます。

日時 2014年10月5日(日)13:00〜17:00
場所 西宮市立若竹生活文化会館2階第4集会室(西宮市西福町15-12)→こちら
テキスト 後藤明生「謎の手紙をめぐる数通の手紙」(初出「すばる」1983年9月号/『謎の手紙をめぐる数通の手紙』1984年2月・集英社所収)
会費 500円程度(会場使用料を参加者人数で割ります)
その他 終了後、近くの酒場で懇親会をおこないます(会費は別途)/会場は「GSW読書の会」名儀で手配しています
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 09:09| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・谷津遊園ハイツ1)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・浅間大神)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・子守神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・金比羅神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・京成電鉄谷津駅)→こちら

京成電鉄谷津駅に降り立った後、京葉道路沿いにしばし歩くと、突然、集合住宅が立ち並ぶ一帯が見えて来た。写真はその入口に立つ住宅案内板。確かに「谷津遊園ハイツ」と書かれている。谷津遊園が閉園して以降も名称に変更はなかったようである。そして、何より谷津遊園ハイツが残っていたことに感銘を受けた。後藤明生が幕張に引っ越してからでも30年近い歳月が流れている。ひょっとしてもう取り壊されてしまっているのではないか。そんな思いにとらわれていたからである。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 23:31| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・京成電鉄谷津駅)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・浅間大神)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・子守神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・金比羅神社)→こちら

京成電鉄谷津駅に降り立ったのは、幕張へ転居する前、後藤明生が谷津遊園ハイツに住んでいたからである。谷津遊園ハイツの最寄り駅が京成電鉄谷津駅であった。幕張にはこれまでに何度も足を運んでいる。しかし、谷津訪問は今回がはじめてである。それだけに期待がふくらむ。果たして後藤明生が暮らしていた谷津遊園ハイツは現存しているのか。とにかく歩きはじめた。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 20:30| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

たびねす掲載情報73

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前回、たびねすに第72回(幻の軽便鉄道!兵庫県播磨町郷土資料館に残る別府鉄道の遺産)について記したことは8月24日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは大阪府堺市の国宝・桜井神社拝殿です。ご覧下さい。

【大阪府堺市唯一の国宝・桜井神社拝殿!その特異性と謎を追う】
神社の拝殿というと、本殿の前に立つ参拝者用の建物を想像するでしょう。しかし、その形態は神社によってさまざま。なかでも、大阪府堺市唯一の国宝・桜井神社拝殿は私たちが連想する神社建築一般とは一線を画した特異な形態をとどめており、特に古建築好きには必見のスポットです。しかも、その形態には謎も秘められているのです!今回は桜井神社拝殿の特異性とその謎をご紹介しましょう。
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5690/
タグ:神社 国宝
posted by 乾口達司 at 01:24| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

たびねす掲載情報72

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前回、たびねすに第71回(新興住宅地に国宝とはさすが奈良!富雄川沿いの古刹・長弓寺)について記したことは8月22日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは兵庫県にかつて存在した幻の軽便鉄道・別府鉄道です。ご覧下さい。

【幻の軽便鉄道!兵庫県播磨町郷土資料館に残る別府鉄道の遺産】
ローカル線のなかには時代の移り変わりによって廃線となり、いまではその痕跡をたどるのが難しいものも見られます。兵庫県加古川市や播磨町一帯で活躍した軽便鉄道・別府鉄道もそのうちの一つ。しかし、かつての沿線にある播磨町郷土資料館には当時の車両や貴重な鉄道遺産が保存・展示されており、在りし日の別府鉄道の雄姿を目にすることができます。今回は廃線マニア必見の幻の鉄道・別府鉄道をしのぶ旅に出掛けてみましょう。
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5641/
タグ:鉄道 廃線
posted by 乾口達司 at 21:20| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

たびねす掲載情報71

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前回、たびねすに第70回(スーパーに魚市場!?新鮮な魚介類満載の岡山「備前海の駅」)について記したことは8月14日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは奈良市・富雄川沿いの古刹・長弓寺です。ご覧下さい。

【新興住宅地に国宝とはさすが奈良!富雄川沿いの古刹・長弓寺】
奈良県の北西部を北から南に向って流れる富雄川沿いには、大阪のベッドタウンとも称される大規模な新興住宅地が広がっています。一見、そんな新しい住宅地のなかに古いものなど何もないかと思い込んでしまいがちですが、歴史の宝庫・奈良ではそれは偏見そのもの。住宅地の一角には国宝の本堂を擁する古刹・長弓寺が残されており、富雄川沿いの豊かな歴史をいまに伝えています。今回は長弓寺の歴史とその魅力をご紹介しましょう。
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5622/
タグ:
posted by 乾口達司 at 16:47| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・金比羅神社)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・浅間大神)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・子守神社)→こちら

金比羅神社は子守神社の南側に位置している。ご覧のとおり、やはり小さな丘の上に鎮座している。これも『首塚の上のアドバルーン』の「私」が目にする「丘」の一つであろう。幕張のあたりにはこのような「丘」が幾つもある。もとは幾筋かに分かれた一連なりの丘陵であったのであろう。しかし、宅地開発にともない、神社などが鎮座する「丘」以外は開発され、遠目には住宅地のなかに「丘」がぽつりぽつりと点在しているような様相を呈するにいたったものと思われる。宅地開発により、有機的な連続性を断ち切られたそれぞれの「丘」が、馬加康胤の「首塚」との関わりから、胴体(本体)と切り離された「首」のアナロジーとしてとらえられていることは容易に想像出来る。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 18:58| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

松井博之著/乾口達司編『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』刊行のお知らせ2

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松井博之著/乾口達司編『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』刊行のお知らせ1→こちら

松井博之著/乾口達司編『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』
【目次】
T <一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後
U <観点>について―吉本隆明論
V 小林秀雄の『感想』を読む−<見る>ことをめぐって−
W 言葉への過信と不信―月評・書評集
   新人小説月評
   <わからなさ>をめぐって−中村文則『最後の命』−
   リアリズム概念の拡大に向けて−小林幹也『短歌定型との戦い―塚本邦雄を継承できるか?―』
   花田清輝から後藤明生へ−『花田清輝論』と『日本近代文学との戦い』
   後藤明生著『笑いの方法』をめぐる文学雑感

<いま><ここ>の問題として―『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』の刊行に寄せて(乾口達司)
松井博之略年譜/初出一覧
posted by 乾口達司 at 19:03| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

松井博之著/乾口達司編『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』刊行のお知らせ1

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知人の文芸評論家・松井博之が亡くなったのは2年前の8月17日。本日は松井博之の三回忌でした。それにちなみ、本日、松井博之の遺稿集が刊行されました。

松井博之著/乾口達司編
タイトル : 『<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―』
出版社 : 文芸社
定価 : 1728円 (本体 1,600円)
判型 : 四六上
ページ数 : 304頁
発刊日 : 2014年8月17日
ISBN978-4-286-14503-7

現在、全国の書店にて配本・販売されています。もちろん、インターネット上から注文することも出来ます。

Amazonの関連ページ→こちら

2003年、「<一>と<二>をめぐる思考―文学・明治四十年前後―」にて第35回新潮新人賞評論部門を受賞し、文芸批評家として活躍して9年あまり。急性脳内出血が松井博之の前途を、突然、断ち切りました。享年45。あまりにも早すぎる死でした。松井博之には、生前、それまでに発表して来た論考を書籍としてまとめるだけの時間の余裕がありませんでした。しかし、生来、病弱であったにもかかわらず、みずからの命と引き換えるようにして情熱的に取り組み、執筆したその論考の数々をその突然の死によって世に埋もれさせるのは惜しまれるゆえ、今夏、8月17日の三回忌にあわせて本書を編纂・刊行した次第です。松井博之の志をくみ取り、その格闘の軌跡に目を通していただけると幸いです。
タグ:松井博之
posted by 乾口達司 at 19:56| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

たびねす掲載情報70

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前回、たびねすに第69回(空中散歩を楽しみながら絶景を堪能!奈良県・生駒山上遊園地)について記したことは8月12日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは岡山県備前市の「備前海の駅」です。ご覧下さい。

【スーパーに魚市場!?新鮮な魚介類満載の岡山「備前海の駅」】
スーパーマーケットといえば、誰もが日常品や食料品を販売する小売店舗を連想するでしょう。しかし、岡山県には店内に魚市場まで設置したスーパーが存在するのです。それは備前市内に店舗を構える山陽マルナカ穂浪店。店内の「備前海の駅」では瀬戸内海で採れた新鮮な魚介類を格安で買い求めることができ、いつも大賑わい。旅のお土産に瀬戸内の新鮮な魚介類を買い求めてみてはいかがですか?
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5433/
タグ: 市場
posted by 乾口達司 at 20:54| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

たびねす掲載情報69

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前回、たびねすに第68回(駅舎が文化財!ローカル線ならでの旅を満喫!加西市の北条鉄道)について記したことは8月7日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは奈良県生駒市の生駒山上遊園地です。ご覧下さい。

【空中散歩を楽しみながら絶景を堪能!奈良県・生駒山上遊園地】
空中散歩を楽しめる天空の遊園地。そんな夢のようなスポットが実在すると思いますか?実はそんなアミューズメントパークが奈良県にはあるのです。その名も生駒山上遊園地。その名のとおり、奈良県と大阪府とのあいだにまたがる生駒山、その山頂付近に展開する生駒山上遊園地には、空中散歩を楽しめるアミューズメントマシーンが目白押し!もちろん、そこからの眺めは最高です!眺望抜群の生駒山上遊園地で童心に帰ってみませんか?
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5421/
タグ:遊園地
posted by 乾口達司 at 10:19| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・子守神社)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・浅間大神)→こちら

子守神社は「浅間大神」から東へ5分ほどのところにある。こちらは道祖神社や「浅間大神」とは異なり、平地に位置している。『首塚の上のアドバルーン』でも紹介されているように、地元でおこなわれる「三山の七年祭」では、その名のとおり、子守役をになっている神社である。「三山の七年祭」は首塚の主と伝わる馬加城主・馬加康胤の嫡子の誕生に際してはじめられた祭であるとのこと。社殿脇の覆屋には祭の際に出動する立派な御輿が安置されていた。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 13:06| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月10日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・浅間大神)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)→こちら

首塚および道祖神社の北側には、もう一つ、こんもり繁った小高い丘がある。『首塚の上のアドバルーン』のなかで「私」が杉山氏に対して「最初ここへ越して来た頃は、あの二つしか見えなかったんですよ。ところが、だんだん眺めているうちに、それが三つになり、四つになって来たわけです」「いまでは五つ見えますよ」と述べている「こんもり繁ったやつ」の一つであろう。今回、幕張を散策するに際して、後藤明生の奥さまから「是非、行ってみなさい」と助言していただいた行き先の一つであった。丘の下からは整地をして作った階段が設けられている。しかし、それとは別のルートで登る道もつけられており、そちらの途中には石の鳥居も設けられている。したがって、登山道自体の歴史は後者の方が古いのであろう。しかし、いまでは草が生い茂り、利用するものはいないようである。鳥居の存在からも推察出来るように、丘の上にはかつて神社が存在した形跡がうかがえる。社殿はすでに破壊されており、現存しない。現在、残っているのは、社殿を支えていた基壇と玉垣だけである。その横にはこんもりとした土盛りもある。首塚ほどの大きさではないものの、円墳を思わせる土盛りである。土盛りの斜面には等身大の平たい石が横たわっている。石の表面には「浅間大神鎮座」と刻まれている。「浅間大神鎮座」の上部には浅間山と思しき山の線刻があり、下部には「水」という文字が刻まれている。富士塚の浅間版であろうか。そういえば、『首塚の上のアドバルーン』所収の最終篇「首塚の上のアドバルーン」の冒頭では「わたし」が「千葉市街図」を眺めるシーンが登場する。そのなかで「わたし」は首塚の近くにある「浅間大神」の存在を指摘している。「わたし」の言及している「浅間大神」こそ、この丘の上に残された土盛りなのであろう。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 14:55| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・道祖神社)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)→こちら

首塚の裏手には『首塚の上のアドバルーン』において「道祖神社」と呼ばれている神社が実在している。「道祖神社」について『首塚の上のアドバルーン』は次のように記している。「三年前のある日、わたしが首塚に出会ったのはほとんど偶然でしたが、首塚を巻くような細い道を道なりに裏側へまわると、古ぼけた小さな鳥居があって、女が熊手で境内を掃いていました。わたしは思わず、ぎくりとしました。/あたりはすでに薄暗く、鳥居を見上げましたが、社名は見えません。それは薄暗いせいではなく、何も書かれていなかったためです。社殿も小さなもので、屋根は女の背丈より幾らか高いくらいです。小さいだけでなく、荒れ果てた廃社のようです。それでも鈴に赤白の布が垂れさがっていて、その下に賽銭箱が置いてあります。近づいて見ると、一円玉が一つ箱の縁に載っていました」。「ジーパンをはいて、軍手をはめて」掃除をしている「女」は「ひとりごとのように」神社の由緒を「わたし」に語る。その様子が何とも不気味である。不気味といえば、それ以前の話のなかで登場した「軍手」(「私」は1ダースの軍手を買い求めて首塚の探索に向う)や「熊手」(壇ノ浦の合戦の際、家来によって海に突き落とされた平宗盛・清宗親子が仲良く並んで泳いでいたところ、源氏方の「熊手に掻き寄せられて生け捕りにされ」るという『平家物語』のエピソードが紹介されている)といったアイテムを「女」がなぜか身につけているのも不気味である。もちろん、私が訪れたとき、境内に「女」の姿はなかった。「女」はおろか参拝者の姿もなかった。境内には苔が生えている。苔は境内に陽があまり差し込まず、じめじめした場所であることを指し示している。藪蚊も多い。あまり長居をしたくない場所であったため、そそくさと退散した。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 23:58| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

たびねす掲載情報68

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前回、たびねすに第67回(光の道が夕闇迫る境内を彩る!奈良市の世界遺産・元興寺地蔵会)について記したことは8月4日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは兵庫県加西市を中心に走るローカル線・北条鉄道です。ご覧下さい。

【駅舎が文化財!ローカル線ならでの旅を満喫!加西市の北条鉄道】
兵庫県加西市に本社を置く第三セクター・北条鉄道。全長はわずか13.6キロで8駅から成る単線上をワンマン電車がのんびり走行しています。車窓に広がる牧歌的な眺めもローカル線ならでは!都会ではもうお目にかかれなくなったローカル線の魅力を満喫するため、北条鉄道に揺られてみませんか?
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5316/
タグ:鉄道
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2014年08月06日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚4)

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)→こちら

『首塚の上のアドバルーン』では、首塚の見学に訪れた「私」が「首塚の石段の下の、ちょっと平地になった踊り場みたいな場所」の「首塚に向って左手のタブの幹に彫りつけてあった」という絵と文言についても言及している。幹には「B29」の絵と「行クゾ予科練/行ケヨ若鷲/戦時罹災記念/ニツクキB29/此ノ仇断ジテ撃ツベシ/神前ニ誓ウ/昭和二十年四月/ハラ十八才」という文言が刻まれていたという。しかし、この絵と文言は見つけることが出来なかった。以前、訪れたときも首塚の周囲を念入りに探索してみたものである。そのときもやはり見つからなかった。したがって、このエピソードは実話であるかどうかわからない。それにしても、突然、かつての戦争を喚起する絵や文言が登場することには驚かされる。そういえば、『首塚の上のアドバルーン』の後に出版された『しんとく問答』においても、説教節の主人公・しんとく丸の墳墓と伝わる鏡塚が戦時中の防空壕に見立てられていたものである。戦争とは何の関係もないような、いたって平穏な日常のひとコマに唐突としてこのような題材が登場する。後藤明生の小説の特徴の一つといえるかも知れない。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 20:21| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月04日

たびねす掲載情報67

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前回、たびねすに第66回(世界で唯一!岡山・笠岡市立カブトガニ博物館で驚異の生態にビックリ!)について記したことは7月30日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは奈良市の世界遺産・元興寺の地蔵会です。ご覧下さい。

【光の道が夕闇迫る境内を彩る!奈良市の世界遺産・元興寺地蔵会】
関西地方で特に盛んな夏の宗教行事といえば、地蔵盆があげられるます。奈良町の一角にたたずむ世界遺産・元興寺でも、毎年8月23日・24日の両日、境内で地蔵盆がとりおこなわれますが、夕闇迫る頃、境内に点在する無数の石仏や石塔に灯明がそなえられると光の道が生まれ、訪れるものを幽玄の世界へといざないます。今回は元興寺地蔵会を取り上げ、過ぎゆく奈良の夏の夜を惜しんでみましょう。
(続きは以下のURLをクリック!)

http://guide.travel.co.jp/article/5227/
タグ:石仏
posted by 乾口達司 at 19:42| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月03日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚3)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・JR幕張駅) →こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ハウス)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・海苔屋と中華料理店)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・歩道橋とS字型新道)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・幕張ファミールハイツ)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「消防隊進入口」?)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・「駐車禁止」の文字)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・荒馬大五郎の墓)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)→こちら

『首塚の上のアドバルーン』には、首塚を覆うようにして自生するタブの木についての言及もある。「私」は訪問した杉山氏に対して次のように語っている。「確かに大木でありながら、全体が曲線的で、くねる感じなんですね。たとえば、幹のあたりからU字型に分かれ、そこからまた枝がU字型に分かれ、くねった枝が太い蛇みたいに這いまわる感じで、決して直線的に上に伸びていかない。つまり両腕を上にあげるまではなくて、両肘を湾曲させて自分の頭上を覆う恰好です。同じ常緑樹でも杉とか松とかとは、そこが違う。ベランダから見える、あの妙にこんもりとした曲線は、そのせいです。タブの実物を見て、なるほどと思いました。実際、あの首塚とタブとはやはり切り離せないですよ。タブという木があの首塚をドームみたいに覆って、包み隠しているように見える」。タブの木の「全体が曲線的で、くねる感じ」はそのまま『首塚の上のアドバルーン』において活用されている「アミダクジ式」の筆法とかけあわせられているのであろう。しかし、それだけではない。私が首塚をはじめて見学した二十年前、タブの森はまさしく事実としてそのような状態で首塚の丘を覆っていたのである。それが何とも生々しく、そして、不気味な雰囲気をただよわせていたものである。ところが、先日、訪れたとき、タブの木の多くが枝を伐採されていた。これは非常に残念であった。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 10:11| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚2)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)→こちら

五輪塔の地輪の表面には、五輪塔の建立された年号と寄進者と思われる人物の名前が刻まれている。しかし、そこに「馬加康胤」の名前はない。そのことは『首塚の上のアドバルーン』のなかでも「そう、そう。右から朝雄、宥光、宥得となって、宥光、宥得の間にやや小さく“二親”と書かれているようですね。確かに、馬加の字はまったく見当たらない」と語られている。ちなみに「建立は、寛永十、その下が一時不明のようですね」という杉山氏の発言部分の正解は「寛永十四年」(1637年)。寛永14年というから、いまから400年近く前に建立された五輪塔であるということがわかる。しかし、地輪に刻まれた文字の数々があまりに鮮明であるため、それが400年近く前のものであるという気がしない。はじめて首塚を訪れた二十年前、その文字の鮮明さに薄気味悪いほどの生々しさを感じたものであるが、今回、久し振りに訪れてもその印象はまったく変わらなかった。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 23:49| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚1)

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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・出発)→こちら
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後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(千葉篇・首塚への案内板2)→こちら

首塚の位置は『首塚の上のアドバルーン』に描かれているとおりである。案内板の矢印の方向に丘をのぼっていくと、その最上部に五輪塔が立っている。これが馬加康胤のものと伝わる首塚である。五輪塔は円墳状の土盛りの上に立っており、確かに誰かの墓であるかのように思える。しかし、『首塚の上のアドバルーン』にも描かれているように、それが本当に馬加康胤の首塚なのかどうか、はっきりしない。周囲にはその旨を綴った案内板らしきものも見当たらない。そういわれれば、これまでに見て来た崖下の案内板にも「首塚」としか書かれてはいなかった。(続く)
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 19:56| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする