2014年05月29日

後藤明生を読む会(第21回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。先日の研究会のことは4月7日の日記に記したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第21回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。
さて、来る7月13日、第21回の「後藤明生を読む会」をもよおします。参加資格などは一切ありません。万障お繰り合わせの上、御出席を賜りますよう御案内申し上げます。

日時 2014年7月13日(日)13:00〜17:00
場所 プレラにしのみや6F603集会室(西宮市高松町4-8)→こちら
最寄駅 阪急西宮北口駅
テキスト 後藤明生「関係」(「関係」は『関係』/1971年10月/皆美社や『新鋭作家叢書―後藤明生集』1972年5月/河出書房新社などに収録されています。
会費 500円程度(会場使用料を参加者人数で割ります)
その他 終了後、近くの酒場で懇親会をおこないます(会費は別途)/会場は「GSW読書の会」名儀で手配しています
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 21:16| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・隠れ家の森)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら
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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・『福岡県立朝倉高等学校同窓生名簿』)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「幻の故郷」)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・旧将校町)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」追記)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・教法寺)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・O先生と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・原鶴温泉)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇宿)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇八幡宮1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇八幡宮2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇八幡宮3)→こちら

「隠れ家の森」と呼ばれる楠の巨木は、恵蘇八幡宮から歩いて10分ほどのところに立っている。国内第9位の規模を誇る巨木であるという。後藤明生は「隠れ家の森」について「麻氐良城」(『八月/愚者の時間』所収)のなかで次のように記している。「昔、恵蘇宿に名乗りの関と呼ばれる関所があった頃、故あって名乗れない者たちがこの森をこっそり抜けて行ったのだそうだ」「大楠のまわりは、いまは田圃の中にぽつんと残されてた小さな空地で、古ぼけた青年団の集会所のようなものが傍にあった。わたしと同級生は、大楠のまわりを、黙ってゆっくりと二めぐりばかりした。まわりながら、わたしは、さっきの朝倉弁の誤訳のことを思い出したが、黙ったまままわり続けた。大楠は、国の天然記念物に指定されているらしい。立札には、『胸高周囲一八・二メートル、樹高二六メートル』と書いてあった。しかし樹齢は見えなかった。大枝が一本折れたあとに、セメントが詰め込まれていたが、そのセメントの色も木と同じ色に見えた」。写真は筑後川の堤防から遠景で撮影したもの。その後方、右手の奥に控えるのが「麻氐良城」において言及されている「麻氐良山」である。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 11:32| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする