2014年05月23日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・恵蘇八幡宮2)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
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恵蘇八幡宮の裏山にあるのが、写真の斉明天皇殯斂地(御陵山)である。後藤明生は「麻氐良城」(『八月/愚者の時間』所収)のなかで斉明天皇の死をめぐる『日本書紀』の記述に言及している。そして、岩波書店版・日本古典文学体系『日本書紀』下巻の当該記事に付された「注」について「読んでわたしは、いずれもなるほど、合理明快な注解だと思った。しかし、これではぜんぜん面白くもおかしくもない」と批判している。私が斉明天皇の殯斂地を訪れるのは、13年振りのことである。しかし、その様子は13年前とまったく変わりがないように見受けられた。説明版によると、その形態は前方後円墳ではないかという説があるものの、町では円墳2基とみているとのこと。もちろん、いずれが正しいのか、その判断は私にはつかなかった。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 21:05| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする