2014年05月17日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・原鶴温泉)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」5)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」6)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・『福岡県立朝倉高等学校同窓生名簿』)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「幻の故郷」)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・旧将校町)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」追記)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・教法寺)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・O先生と)→こちら

O先生宅を辞した後、H氏の案内で宿泊先の原鶴温泉へ向かった。ところが、途中で道に迷い、原鶴温泉に到着するまでにかなりの時間を要した。たぶん、車は筑後川沿いに原鶴温泉へと向かったのであろう。原鶴温泉は筑後川沿いに開けた温泉街である。したがって、筑後川に沿って進めば、やがて原鶴温泉に到着するはずである。事実、H氏の車は筑後川の土手の上を通る車道を走った。ところが、土手の上の車道を走っているつもりが、車はいつしか土手から離れていく。そして、気がつくと、見知らぬ集落のなかに迷い込んでしまっている。そのたびにH氏は集落に暮らす村人のもとを訊ね、集落から脱出し、筑後川沿いの土手へと戻る道を教えてもらっていた。そんなことを2、3度、繰り返したのではなかろうか。原鶴温泉ではホテルパーレンス小野屋に宿泊した。一息ついていると、関西を午後から旅立ったK氏が到着した。K氏は、この日、校務の都合で早朝から出発することが出来ず、校務の終了後、新幹線に飛び乗り、夕方、ホテルパーレンス小野屋に到着したのであった。私はK氏がJR博多駅経由でやって来るものと思っていた。しかし、K氏は博多駅を通り過ぎ、久留米駅で新幹線を降りて久大本線に乗り換え、筑後吉井駅からタクシーを飛ばしてやって来たという。夜は「反省会」と称して深夜未明まで酒を呑んだ。就寝する頃には、夕方、ホテルの売店で買い求めた焼酎のボトルの中身はほとんど残されていなかった。翌朝は「上原鶴サンライズ前」というバス停から西鉄バスに乗った。福岡といえば、西鉄バスである。しかし、バス停の表示は意味不明であった。「?」は私たち自身に突きつけられた謎のようであった。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 21:11| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする