2014年05月14日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・O先生と)

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」3)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」4)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」5)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」6)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・後藤明生文庫)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・若き日の後藤明生)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・学生歌歌碑2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・『福岡県立朝倉高等学校同窓生名簿』)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」1)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「記念誌」2)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「幻の故郷」)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・旧将校町)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」追記)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・教法寺)→こちら

後藤明生の恩師に当たるO先生宅にはその日の午後にうかがった。大正9年のお生まれであるにもかかわらず、先生は矍鑠としており、とても90幾つの御歳であるとは思えないほどであった。後藤明生の学生時代のエピソードのほか、当時の朝倉高校の雰囲気、当地の歴史性や風土性、O先生のお婆さまと深い関わりを持つ夏目漱石に関する話題などにまで話がおよび、結局、2時間以上もお話をうかがってしまった。先生のご許可をいただいていないので、うかがった話の内容をここに記すことは控えるが、非常に充実したものであったことだけは記しておきたい。ただ、一点だけ記しておくと、先生によると、『挾み撃ち』で描かれる当時の甘木の街の描写や説明にフィクションは交じっていないという。主人公の「わたし」を娼婦の「ヨウコさん」のもとに案内してくれる「久家」も実在の人物であるということであった。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 21:34| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする