2014年04月03日

後藤明生をめぐる旅(福岡篇・「五月の幻想」1)

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後藤明生をめぐる旅(福岡篇・H氏と)→こちら
後藤明生をめぐる旅(福岡篇・朝倉高校)→こちら

朝倉高校では、まず事務局長に出迎えていただいた。そして、うながされるまま、校長室に案内された。年度末の忙しい時期であったにもかかわらず、校長先生が私たちを歓待してくだった。茶菓の接待を受けながら、後藤明生について、校長先生や事務局長としばし歓談する。お話をうかがい、校長先生や事務局長が本校の卒業生である後藤明生を敬愛されていることがうかがえた。ショッキングなのは、その話の延長線上に次のような思いがけない展開が待ち構えていたことである。後藤明生さんは我が校出身の偉大な小説家であり、そのことを多くの人に知っていただきたいと思い、校長室に来られた方にはいつもこれをお見せしているのです。校長先生はそうおっしゃり、私たちのすぐ脇の棚に置かれている一つの額を指し示された。そこには額装された後藤明生の自筆原稿がおさめられていた。これには、有志一同、腰を抜かさんばかりに驚いた。タイトルは「五月の幻想」。63行から成る詩である。一般に小説家としてのイメージが強い後藤明生が、青年時代、詩を綴っていたということを意外に感じる人も多いだろう。生前、そのことを後藤明生本人からうかがったときは、私自身、意外に感じたものである。博報堂および平凡出版時代、アルバイトで女性週刊誌に無署名の詩を寄稿していた。その話は、早稲田大学を卒業後、就職もせず、福岡の街でくすぶっていた後藤明生に博報堂を紹介した朝倉高校の先輩H氏からうかがった。しかし、そういった話のわりに、後藤明生の綴った詩はこれまでなかなか発見出来ないでいた。それが思いがけず朝倉高校の校長室で見つかったのである。しかも、自筆の生原稿である。驚かないはずがなかろう。校長先生のお話によると、先代の校長先生から「これは非常に大切なものなので、くれぐれも丁重に取りあつかうように」といわれて来た代物であるという。いつ、どういった経緯で校長室に保存されるようになったのか、校長先生も事務局長もご存知ではなかった。(続く)
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 20:35| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする