2014年02月28日

後藤明生を読む会(第20回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。先日の研究会のことは1月27日の日記に記したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第20回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。
さて、来る4月6日、第20回の「後藤明生を読む会」をもよおします。参加資格などは一切ありません。万障お繰り合わせの上、御出席を賜りますよう御案内申し上げます。

日時 2014年4月6日(日)13:00〜17:00
場所 プレラにしのみや6F和室(西宮市高松町4-8)→こちら
最寄駅 阪急西宮北口駅
テキスト 後藤明生『汝の隣人』(河出書房新社)
会費 500円程度(会場使用料を参加者人数で割ります)
その他 終了後、近くの酒場で懇親会をおこないます(会費は別途)/会場を確保する際に「嚠喨の会」やその他の名儀で登録している場合がございますが、気にせず、ご来場下さい。
ラベル:後藤明生
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2014年02月27日

兵庫・岡山紀行(黒田家墓所)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)→こちら
兵庫・岡山紀行(曹源寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(大光院・法華題目石)→こちら
兵庫・岡山紀行(熊山遺跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(宇喜多興家の墓)→こちら

長船・妙興寺にある黒田家墓所を訪れたのも久し振りである。黒田官兵衛の曽祖父・高政の墓を含むという黒田家墓所は、前回、紹介した宇喜多興家の墓の斜め前にある。そのことは【たびねす】の記事(備前福岡歴史探訪!西国随一の商業地は黒田官兵衛や宇喜多直家とも深い関わりを持つ!)にも記した。しかし、幾つかの墓石が並ぶなかでどれが曽祖父・高政のものなのか、さっぱりわからない。それだけが不満である。

【参考記事】
備前福岡歴史探訪!西国随一の商業地は黒田官兵衛や宇喜多直家とも深い関わりを持つ!

http://guide.travel.co.jp/article/2962/
ラベル:
posted by 乾口達司 at 20:33| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月26日

花粉症のはじまり。

ここ数日、暖かな日が続いている。少し前まで大雪に見舞われたりしていたのですっかり忘れていたが、もうそろそろ花粉が飛びはじめる季節である。そう思っていたら、案の定、くしゃみが出た。目もかゆい。いよいよ今年の花粉症がはじまったようである。つらい一ヶ月のはじりである。明日からはマスクをつけて外出しなければなるまい。
ラベル:花粉症
posted by 乾口達司 at 20:19| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月24日

たびねす掲載情報37

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前回、たびねすに第36回(北陸最強の幻想空間・小松市のハニベ巌窟院!地獄めぐりの果てに何を見る?)を掲載したことは2月18日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは奈良県橿原市の橿原市昆虫館です。ご覧下さい。

第37回「日本最大のチョウも舞う橿原市昆虫館!体験型施設で昆虫に触れよう!」

http://guide.travel.co.jp/article/3269/
ラベル:昆虫
posted by 乾口達司 at 18:11| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

田原本町の鏡作神社おんだ祭。

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橿原方面に所用があったため、ついでに田原本町の鏡作神社にも足を伸ばした。本日はおんだ祭の日。私が訪れたのは、祭のはじまる午後1時少し前だった。いつものように田作りの所作では牛が大暴れを演じた。見学者のアンコールに応えて、いつもより1回多く、牛が暴れた。所作をおこなう男性役員に対しては、チビッ子から「ガンバレー」という声援も飛んでいた。写真は田作り所作の前におこなわれる女性陣によるお田植え舞いの様子である。おんだ祭というとどうしても田作り所作の方に注目が集まるが、こちらもなかなかしっかりした舞いである。
ラベル:神社
posted by 乾口達司 at 19:44| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月21日

兵庫・岡山紀行(宇喜多興家の墓)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)→こちら
兵庫・岡山紀行(曹源寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(大光院・法華題目石)→こちら
兵庫・岡山紀行(熊山遺跡)→こちら

宇喜多興家は宇喜多直家の父である。その墓はかつて備前福岡と呼ばれた長船の妙興寺にある。そのことは【たびねす】の記事(備前福岡歴史探訪!西国随一の商業地は黒田官兵衛や宇喜多直家とも深い関わりを持つ!)にも記した。興家は備前国の国人。戦国時代、主君である赤松氏を凌駕し、播磨から備前、美作にまで勢力を伸ばした浦上氏の重臣であった。しかし、天文3年(1534)、父・能家が砥石城で討たれた後、我が子・直家をともなって当地の豪商・阿部氏のもとに身を寄せ、この地で没したという。妙興寺を訪れるのは数年ぶりである。しかし、あたりは、以前、訪れたときとまったく変わりがなかった。訪れる人もなく、興家の墓もひっそりたたずんでいた。

【参考記事】

備前福岡歴史探訪!西国随一の商業地は黒田官兵衛や宇喜多直家とも深い関わりを持つ!

http://guide.travel.co.jp/article/2962/
ラベル:
posted by 乾口達司 at 20:51| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月20日

兵庫・岡山紀行(熊山遺跡)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)→こちら
兵庫・岡山紀行(曹源寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(大光院・法華題目石)→こちら

熊山遺跡を見学するため、熊山登山に挑んだ日は天候が良かった。近くの展望台からは吉井川や長船付近、さらには岡山中心部まではっきり見渡せた。熊山遺跡のことは【たびねす】の記事(備前随一の名峰・熊山は山歩きのメッカ!歴史遺産から豊かな自然、抜群の眺望まで!)にも記した。一辺が約12メートルから成る基底部の上に3段の基壇を積み重ねた石積遺構で、内部の竪穴石室には等身大の陶製筒型容器や奈良三彩の小壺などがおさめられていた。現在では奈良時代に築かれた仏塔であると考えられているが、国内に残る石積遺構としては奈良県奈良市の頭塔や大阪府堺市の土塔くらいしか類例がなく、きわめて高い稀少価値を有している。熊山の山中には、南山崖石積遺構をはじめ、現在、確認されているだけでも32箇所の石積遺構が見つかっているという。いずれはそのうちの幾つかを見学したいと思っている。

【参考記事】
備前随一の名峰・熊山は山歩きのメッカ!歴史遺産から豊かな自然、抜群の眺望まで!

http://guide.travel.co.jp/article/3028/
ラベル:遺跡
posted by 乾口達司 at 20:17| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月18日

たびねす掲載情報36

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前回、たびねすに第35回(石川県・松任駅の地下に眠る松任城!その規模は想像以上!)を掲載したことは2月12日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは石川県小松市に存在する北陸最強の幻想スポット・ハニベ巌窟院です。ご覧下さい。

第36回「北陸最強の幻想空間・小松市のハニベ巌窟院!地獄めぐりの果てに何を見る?」

http://guide.travel.co.jp/article/3219/
ラベル:ハニベ巌窟院
posted by 乾口達司 at 21:54| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月17日

兵庫・岡山紀行(大光院・法華題目石)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)→こちら
兵庫・岡山紀行(曹源寺)→こちら

曹源寺の脇には曹源寺の塔頭の一つで法華題目石(県指定文化財)を持つ大光院がある。花崗岩製の法華題目石は康永4年(1345)の造立で高さ約1.5メートル。大覚大僧正の筆によるといわれる法華題目が三面に刻まれている。少し前までは境内の一角に野ざらし状態で安置されていた。しかし、現在は真新しい覆屋が設けられ、雨風をしのげるようになっている。
ラベル:石塔
posted by 乾口達司 at 20:22| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

登美ケ丘で一杯。

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今夜は2月生まれの誕生日会。日中は所用で外出しており、夕方から久し振りに“ブーランジェリーアルションラ・メゾン”(奈良市中登美ヶ丘6丁目3-5リコラス登美ヶ丘D棟)まで出掛けた。ディナーバイキング食べ放題120分間のディナーブッフェ(大人2520円)をオーダーした。最初はビールで乾杯。アルコール類では赤・白のワインも呑み放題であったため、ビールを呑んだ後はただちにワインに移行した。ワインは個人的には白の方が美味しかった。ワイワイやりながら歓談。今日は朝からいま一つ調子が良くなかったため、食はさほど進まなかったが、それでも自分ではたらふく食べたという実感がある。いま、このブログを書いている時点でも満腹感がそのまま維持されているほどである。
posted by 乾口達司 at 21:15| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月15日

兵庫・岡山紀行(曹源寺)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)→こちら

岡山市の曹源寺を訪れるのははじめてではない。以前、操山をめぐったときにも立ち寄った。今回の拝観は近くに住むS先生のお宅を訪問したついでによるものであった。曹源寺は岡山藩藩主・池田綱政によって創建されている。それにちなみ、境内の奥には、池田氏代々の墓所も残されている。和意谷にある池田氏の墓所とあわせて訪れるべきであろう。総門・三門・仏殿が一直線に配置されているさまも壮観である。特に見上げるほど巨大な三門の堂々たるたたずまいは印象深い。もう一つ、忘れてならないのは、外国人修行僧たちの存在である。外国人が禅を学ぶために寺で寝起きしているのはまことに珍しい。私が訪れた日も外国人僧侶が境内を丹念に掃き清めていた。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 19:09| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

またまた大雪。

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今朝、窓を開けると、雪が降り積もっていた。先週の雪よりもさらに多く降り積もっている。雪は、日中、ずうーっと降り続けた。もちろん、寒かった。雪の峠は越したのだろうか。明日は午前中に外出しなければならない。転倒しないように気をつけなければ。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 20:56| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月12日

たびねす掲載情報35

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前回、たびねすに第34回(天理市櫟本地区は歴史の宝庫!和珥氏から柿本人麻呂、在原業平まで!)を掲載したことは2月5日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは石川県白山市にかつて存在した松任城址です。ご覧下さい。

第35回「石川県・松任駅の地下に眠る松任城!その規模は想像以上!」

http://guide.travel.co.jp/article/3146/
ラベル:
posted by 乾口達司 at 20:28| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月10日

風邪。

数日前より風邪をひいている。といっても、目下、恢復期にある。今回は早めに薬を呑み始めたせいだろう。近日中に完治する予定である。
ラベル:風邪
posted by 乾口達司 at 20:16| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月08日

雪。

昨夜は夜9時過ぎに窓を開けてみた。すると、すでに細かな雪がしんしんと降り出していた。夜中、目を覚ましてふたたび窓を開けてみた。すでに向かいの家の屋根は真っ白であった。さいわい、付近の道路が埋没してしまうほどは降り積もらなかったようである。人や車は通行している。降り積もった雪は午前中に水溜りに変わってしまった。東京の某氏宅に電話をかけると、こちらは大雪だという。某氏の話を聞いていると、私の周辺ではそれほど降らなかったようである。しかし、寒い。明日は少しは暖かくなるだろう。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 17:30| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月07日

底冷えのする寒さ。

先週の土曜日あたりは春を思わせるあたたかな陽気であった。あたたかな陽気は今週の前半まで持続した。しかし、昨日・今日は底冷えのする寒さである。寒い。何度も書くが、まことに寒い。今夜は雪になるという。そんな関西圏を脱出するように、明日から沖縄へと飛ぶ輩がいる。羨ましい限りである。せめて風邪をひかないように注意しておこう。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 17:36| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月05日

たびねす掲載情報34

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前回、たびねすに第33回(備前随一の名峰・熊山は山歩きのメッカ!歴史遺産から豊かな自然、抜群の眺望まで!)を掲載したことは1月29日の日記に記しました。今回、新たな記事を掲載しました。今回のテーマは天理市の櫟本地区です。ご覧下さい。

第34回「天理市櫟本地区は歴史の宝庫!和珥氏から柿本人麻呂、在原業平まで!」

http://guide.travel.co.jp/article/3097/
ラベル:櫟本 古墳 神社
posted by 乾口達司 at 22:06| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月04日

興福寺の追儺会。

節分の昨夜は興福寺の追儺会も見学をした。追儺会を見学したのは4年振りではなかろうか。4年前のことは確かブログにも書いたように思う。午後6時半から境内の東金堂で法要がいとなまれる。鬼が登場するのは午後7時20分頃からである。食事をとってから向かったため、私が東金堂に着いたのは、午後6時40分過ぎであった。すでに鬼が暴れまわる舞台の前には大勢の人がひしめいており、私の位置から舞台までは7、8メートルほどの距離があった。したがって、満足のいく写真を撮ることが出来なかった。当初、松明を振りかざして暴れまわっていた鬼たちはやがて毘沙門天によって退治され、退散。その後、大黒天が観客に向かって福を授ける。その後、恒例の豆撒きがおこなわれる。観客のなかには外国人の姿もあった。彼らは舞台で演じられる鬼追いをショーとして充分に楽しんだようであり、鬼が暴れまわる様子、毘沙門天と格闘を演じる様子などをカメラでさかんに撮影していた。しかし、鬼たちが退場し、舞台の上から福豆の入った袋が撒かれはじめると、どのように対応すれば良いのやらわからず、福豆の入った袋を必死の形相、必死の歓声をあげて奪いあう日本の老若男女の姿をただ呆然と眺めているだけであった。
ラベル:節分
posted by 乾口達司 at 10:22| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京終天神社(飛鳥神社)の福豆授与。

昨日は節分であった。所用があって外出していたついでに奈良町界隈を散策。京終天神社(飛鳥神社)を訪れ、福豆をいただいて来た。午後5時から神主が本殿を前にして祝詞を読みあげる。祝詞は5分ほどで終了。その後、神社の関係者によって、福豆の入った袋が配られる。先着300名限定とのこと。しかし、午後5時の時点で集まっているのは、近所のチビッ子連中をふくめて、30名ほど。残っても仕方がないので多めに持ち帰って下さい。そういわれて、私自身、3袋も頂戴した。福豆を頂戴した直後、ざーっと通り雨。慌てて退散する。
ラベル:節分 神社
posted by 乾口達司 at 10:03| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月02日

兵庫・岡山紀行(厄神駅への道)

兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)→こちら

法界寺からはJR厄神駅まで歩いた。列車の時間が迫っていたものの、地図を見ると、もうすぐそこまで来ているようである。しかし、ここからは大変であった。駅の東側に広がる集落のなかを通って駅に向かうと、途中で道に迷ってしまったのである。自分では集落の西に位置する駅の方に向かって歩いているつもりであった。しかし、いつの間にか集落の南に出てしまっていた。どうやら駅からどんどん離れていっているらしい。これはまずいと思い、大いに焦った。結局、列車の出発する数分前に到着。駅にはすでに列車が停まっていた。知らない土地で横着をしようなどとは思うものではない。正月早々、ひやりとする瞬間であった。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 19:54| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

兵庫・岡山紀行(別所長治の墓)

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兵庫・岡山紀行(初詣客の合間をぬって)→こちら
兵庫・岡山紀行(志染の石室)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・仁王門)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院)→こちら
兵庫・岡山紀行(伽耶院・石造五重塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(千体地蔵)→こちら
兵庫・岡山紀行(竹中半兵衛の墓)→こちら
兵庫・岡山紀行(三木城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(淡河弾正忠定範戦死之址)→こちら
兵庫・岡山紀行(別所長治夫妻の首塚)→こちら

別所長治の首塚については1月31日の日記に記した。そこで紹介したのは雲龍寺である。しかし、長治の墓はほかにもある。法界寺である。境内の横に広がる墓地の一角には長治を葬ったとされる墓が残されている。法界寺は長治をはじめとする別所氏の菩提寺であるとのこと。その縁もあり、首は雲龍寺に葬られ、首以外の胴体はこちらに葬られたのか。詳細は不明であるが、写真からは霊廟として大切にまつられていることがわかる。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 21:36| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする