2013年06月29日

井上謙先生を偲ぶ会第1部シンポジウム基調発表者募集のご案内

井上謙先生を偲ぶ会開催のご案内→こちら(クリック)

■井上謙先生を偲ぶ会第1部シンポジウム基調発表者募集!■
井上謙先生の訃報を受けて、先生がこれまでにどのようなご活躍をされて来たのかをあらためて振り返ってみたいと考えておられる方も多いのではないでしょうか。
事実、『評伝横光利一』(桜楓社)を代表作とする横光利一の研究、森敦や向田邦子など、横光以外の文学者に対する研究活動や大学での教育活動、文学散歩の講師をはじめとする大学外での教育・顕彰活動、『中国大河の旅』(柿の葉会)からもその一端がうかがえる日中文化研究会会長としての国際的な活動、さらには遺作となった『C58坂を上る』(銀の鈴社)などの創作活動など、先生のご活躍は多岐にわたっています。
その多彩なご活躍を反映して、近畿大学で薫陶を受けた私たちの心にも、それぞれの「井上謙」がしっかりと刻まれているはずです。
今回の偲ぶ会では、そういった「井上謙」の多面性をそれぞれの観点から紹介することにより、先生のご活躍の軌跡をあらためて確認してみようと考えました。それを具体的に実現する場として、第1部において「井上謙」をテーマとしたシンポジウム(基調発表とフリーディスカッション)を設けたく思います。
それに先立ち、当日のシンポジウムでお話をいただける発表者を募集します。
先生のありし日の言動を振り返り、当時を懐かしむのも良し。30代・40代となった各人の立場から先生の生前のご活躍をあらためて顕彰するのも良し。さまざまな内容とスタイルで「井上謙」の人と仕事を忌憚なく語っていただければ幸いです。
我こそは、という有志の皆さま、奮って名乗りをあげていただきますよう、お願い申し上げます。


・募集人数 : 3〜4名
・発表時間 : 各自30分程度
・発表内容 : 「井上謙」をテーマとしたものであれば、先生との思い出、先生の研究スタイルや著書に対する意見・感想など、何でも結構です
・発表形式 : 肩肘張らず自由に語ってください。ただし、会の後半、基調発表で語られた内容にもとづいて、出席者全員でフリーディスカッションをおこないます。ディスカッションの手掛かりとして、簡単なレジュメをご用意ください。レジュメの印刷は事前に運営スタッフで承ります。詳細は、後日、ご応募いただいた方にご連絡させていただきます
・応募方式
@7月19日(金)までに、乾口のアドレス(inu_t@hotmail.com)までご連絡下さい(件名は「井上謙先生を偲ぶ会シンポジウム基調発表応募」とご記入下さい)。その上で、@お名前、Aご連絡先、B卒業年、C当日、話そうとお考えの内容(先生の思い出、先生の研究スタイル、著書に対する意見・感想など、簡単で結構です)をご記入ください
Aご応募をいただいた方には、後日、ご連絡させていただきます
B応募者多数の場合、人選はご一任ください
以上
タグ:井上謙
posted by 乾口達司 at 23:21| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

井上謙先生を偲ぶ会開催のご案内

謹啓 梅雨の候、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、すでにご存知のことと思いますが、本年2月8日、近畿大学で教鞭をとられた井上謙先生が急逝されました。享年84。心より哀悼の意を表します。
このたび、井上先生の薫陶を受けた近畿大学文芸学部の元学生の方々にお集り頂き、先生の思い出やエピソードを語り合いながら、先生が歩まれた足跡を振り返りたく、下記のとおり「偲ぶ会」を計画致しました。
当日は二部構成とし、第一部は「井上謙」をテーマとした教え子有志によるシンポジウム(基調発表とフリーディスカッション)、第二部は場所を移し、酒席にて、先生の思い出にひたりたいと考えております(詳細は別途参照のこと)
ご多用中とは存じますが、同窓会にのぞまれるようなお気持ちで、お気軽にご来臨賜りますようお願い申し上げます。謹白


【日時】2013年8月3日(土)
■第1部■
時間:午後1時〜4時45分(受付開始0時40分〜)
会場:プレラにしのみや4階403集会室
住所:兵庫県西宮市高松町4-8/電話:0798-67-1567
URL→こちら(クリック)
内容(前半):「井上謙」をテーマとした有志による基調発表
内容(後半):出席者全員によるフリーディスカッション
※……当日、基調発表をおこなっていただく方を募集します(別途参照)
※……フリーディスカッションでは基調発表に対する所感、先生に対する想い出などを各自ご自由に語ってください

■第2部■
時間:午後5時15分〜
会場:阪急西宮北口駅近辺の居酒屋を予定(後日決定)

【会費】第1部:500円/第2部:数千円程度
※…第2部は飲食代等の分割のため、当日の出席者数によって変動/当日徴収

【お願い】
・ご香典・ご供花等はご辞退申し上げます。当日は平服でお気軽にご参加ください
・出席ご希望の方は7 月19日(金)までに乾口のアドレス(inu_t@hotmail.com)までご連絡下さい(件名は「井上謙先生を偲ぶ会について」とご記入下さい)
タグ:井上謙
posted by 乾口達司 at 23:11| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月25日

たびねす掲載情報3

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前回、たびねすに第2回(ヤマト王権の大王墓?平城宮跡北方に広がる謎の佐紀盾列古墳群)の記事が掲載されたことは6月18日の日記に記しました。本日、新たな記事が掲載されました。今回のテーマは「秋篠寺」です。ご覧下さい。

第3回 「東洋のミューズ」が微笑む奈良市郊外の古刹・秋篠寺

http://guide.travel.co.jp/article/1389/
タグ:秋篠寺 仏像
posted by 乾口達司 at 20:30| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月24日

終日オフ。

昨日は早朝出勤であった。今日は終日オフ。しかし、朝から大阪まで出る予定であったため、何かとバタバタであった。出掛けた頃から天気が良くなり、強い陽射しが照りつける。歩いているだけでくたびれた。大阪では人と会い、午後、奈良へ舞い戻る。その後、もう一箇所だけ別のところへ出掛けてからようやく帰宅した。この時期、うろうろするのはくたびれる。今日は早めに休むとしよう。
タグ:休暇
posted by 乾口達司 at 20:53| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月22日

ボケボケの一日。

今日は打ち合わせもあって朝から外出をした。そして、チームを組む某主婦と打ち合わせをおこなった。しかし、頭がボケているのであろう。帰り際、話をしながら仕事の手仕舞いをしていたため、ちょっとしたトラブルが発生した。昔は話をしながらでもやるべきことを確実にこなしたものである。やはり年齢のせいだろうか。その後、ランチをとって帰宅。帰宅後は別の仕事に追われた。やはり一つずつ着実にこなしていかなければならないな。そう思う一日であった。
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 20:47| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月21日

西大寺芝町の西大寺・東塔跡。

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西大寺(奈良市西大寺芝町)は近鉄大和西大寺駅南口から歩いて5分のところにある。創建は764年(天平宝字8)。恵美押勝の乱に際して、孝謙上皇(後の称徳天皇)が乱の平定を祈願して、金銅四天王の造像と寺院の建立を発願したことにはじまる。創建当時の隆盛をいまに伝える遺構としては、本堂手前の東塔跡が残されているだけである。当初は八角七重塔として計画されたが、後に四角五重塔に変更・縮小された。基壇の周囲は八角形の芝生となっており、八角七重塔として計画された当初の基壇の位置を示している。基壇の石積みを良く見ると、礎石らしきものが使われているのがわかる。どこかの寺院から礎石を運んで来て、基壇の一部に使ったのであろうか。それにしても、基壇の全体を写真におさめるのはなかなか難しい。
タグ:西大寺
posted by 乾口達司 at 20:45| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月20日

西大寺野神町の骨堂(壁面)

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西大寺中興の祖・叡尊(興正菩薩)の墓所の西側に広がる墓地の一角に骨堂と呼ばれる建物が建っている。骨堂については以前の日記(2009年1月13日)でも紹介した。先日、久し振りに骨堂を訪れた。骨堂は鎌倉時代末期から室町時代にかけて建てられたと考えられている納骨堂である。桁行1間・梁間1間・切妻造・桟瓦葺。その壁面には、五輪塔の形をした板塔婆が多数打ち付けられている。良く見ると、小さな五輪塔型の板塔婆も打ち付けられている。内部の様子は相変わらずうかがえなかった。
posted by 乾口達司 at 20:36| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

キュウリが出来た。

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今年、庭ではナスやキュウリを栽培している。写真は大きくなって来たキュウリである。キュウリは蔓をぐんぐん上にのばし、黄色い花を次々につけている。それらもやがてキュウリになることだろう。収穫が楽しみである。
タグ:キュウリ
posted by 乾口達司 at 22:20| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

たびねす掲載情報2

前回、たびねすにはじめて記事が掲載されました。そのことを記したのは6月12日の日記でした(壮麗さに圧倒!天平時代が再現された世界遺産・平城宮跡)。本日、新たな記事が掲載されました。今回のテーマは「佐紀盾列古墳群」です。ご覧下さい。

第2回 ヤマト王権の大王墓?平城宮跡北方に広がる謎の佐紀盾列古墳群

http://guide.travel.co.jp/article/1369/
posted by 乾口達司 at 20:28| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

ナスビが出来た。

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家庭菜園のナスビが出来た。思いのほか、大きなものが出来た。感動である。自分でいうのも何だが、色艶も良い。近いうちに、早速、食べてみよう。
タグ:ナスビ
posted by 乾口達司 at 19:37| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月15日

アジサイ開花。

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6月も半ばになり、ようやく庭のアジサイが開花しはじめた。今年は空梅雨であるせいだろうか。開花は例年よりも少し遅いように思う。しかし、それでもせいぜい1週間程度の遅れといったところだろう。これから他のアジサイも次々に開花するに違いない。アジサイ好きとしては楽しみな季節である。
タグ:アジサイ
posted by 乾口達司 at 23:53| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月14日

西大寺野神町の野神神社。

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西大寺から西方の体性院方面に歩いていくと、小さな四つ角に突き当たる。その北西の角に鎮座しているのが野神神社(西大寺野神町)である。その名のとおり、地元の野神塚としての役割を果たしているのであろう。東向きに設置された本殿のすぐ南側に小さなお堂がある。お堂のなかには十一面観音菩薩立像の石仏が安置されている。子どもの頃、同級生のHの家に遊びに行く途中にしばしば立ち寄った神社である。しかし、十一面観音がまつられているとは気がつかなかった。うれしい発見である。
タグ:石仏
posted by 乾口達司 at 21:17| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

暑かった。

台風が日本列島をかすめるようにして進んでいったせいだろうか。風の強かった昨日までとは打って代わり、今日は猛烈に暑い一日であった。30℃は余裕で超えていたのではなかろうか。梅雨の時期にこれだけ暑い日があるのは驚きである。おかげでまだ暑さに身体が慣れておらず、ぐったりしている時間が多かった。陽射しも強かった。明日はどうなるのだろうか。体調管理には充分に注意を払いたい。
タグ: 梅雨
posted by 乾口達司 at 20:34| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月12日

たびねす掲載情報1

このたび“たびねす”の旅行ナビゲーターを担当させていただくことになりました。旅や地域の風土、歴史、暮らしなどを紹介することにはかねてより関心がありました。しかし、以前からの憧れであっただけにかえって自分からその第一歩を踏み出すことにはためらいもありました。今回、縁あって“たびねす”でその第一歩を飾ることが出来ましたが、それも“たびねす”のスタッフの後押しがあってのことです。今後も奈良および近畿地方を中心にして定期的に記事を掲載してまいりたいと思います。ご支援とご協力を宜しくお願い申し上げます。

第1回 壮麗さに圧倒!天平時代が再現された世界遺産・平城宮跡

http://guide.travel.co.jp/article/1338/
タグ:平城宮跡
posted by 乾口達司 at 21:30| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | たびねす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月10日

今年初のカブトエビ。

今日は終日オフである。朝から実家に戻った。時間があったため、近くをぶらぶら散策。水田地帯では、すでに田んぼに水が張られ、苗が規則正しくに並んでいるのが見えた。水面をのぞき込むと、にごった水のなかを浮かんだり、沈んだりしているものがいる。カブトエビである。田んぼに水が張られたせいで、昨年、土のなかに埋め込まれていた卵が孵化したのであろう。孵化してまだ日が浅いようである。その大きさは5、6ミリといったところであった。しかし、もう立派に水のなかをせわしなく動きまわっている。今年はじめてのカブトエビであった。
タグ:カブトエビ
posted by 乾口達司 at 22:52| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

眠くて、眠くて。

昨夜は仕事でバタバタしており、結局、仕事を終えたのは、今朝の午前3時過ぎだった。それからすぐに寝て、午前8時に起床した。目覚めは快調であった。昼前から外出。外出先で食事を済ませた。しかし、食後はあくびが立て続けに出るようになった。眠くて眠くて仕方がない。夕方、ちょっとした打ち合わせが入っていたものの、その場でもあくびを連発。帰宅後、風呂から出てようやく元気を取り戻した。明日は終日オフである。今夜はもう休もうと思う。
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 21:56| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月06日

南京終の野神。

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奈良市南京終町には2つの野神塚がある。西側のそれは桂木団地の敷地にある野神古墳を再利用している。野神古墳という名称自体が野神の儀礼から来ているのであろう。写真は桂木団地の東方にあるもう一つの野神塚である。かつて奈良県陸運事務所があったところである。建物が撤去され、現在は広い空地にぽつんと立っている。ここもそのうち再開発されるのであろうか。野神の風習が年々廃れていくところが多いなか、開発の過程で破壊されないことを祈りたい。
タグ:野神
posted by 乾口達司 at 22:34| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

佐保川沿いの野神。

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「野神」とは近畿地方の農村を中心に見られる農耕儀礼あるいはそれにちなんだ塚のこと。田植えの時期に今年の豊作を祈る祭で、祭に際して、昔は農作業の主役であった牛を村の入口や田畑の端などに設けられた野神の塚まで参拝させたという。写真は佐保川沿いにある野神である。佐保川の周辺には幾つかの野神がいまでも残されている。5月から6月にかけては各所で野神がおこなわれる。
タグ:野神
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2013年06月03日

円照寺山村御流いけばな展。

6月5日まで円照寺山村御流いけばな展がならファミリー内の近鉄百貨店でもよおされている。幼稚園・小学校時代のMが、現在、山村御流の教授で今回のいけばな展にも出展しているため、冷やかし半分で観覧に出掛けた。当然のことながら、会場に顔を出している人は、山村御流の関係者が多い。したがって、その年齢層も私よりもかなり高い。おまけにみんな小奇麗な格好をしている。そのなかで私のラフな夏服姿は明らかに浮いていた。会場ではMにも挨拶が出来た。Mの作品も観覧した。さすがは教授である。大したものである。ゴーヤを題材にした別の人の作品はユニークでユーモアも感じられた。帰りは本屋に立ち寄り帰宅した。
タグ:生け花
posted by 乾口達司 at 20:57| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月02日

佐紀東町の石仏。

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佐紀東町は市庭古墳(平城天皇陵古墳)の東に位置している。ハジカミ池へと伸びる街道沿いには写真のような石仏が並べられている。小さな石仏が安置されているのはわかる。しかし、一番手前の石はなぜまつられているのであろうか。あるいは市庭古墳の主体部に使われていた巨石の一つであろうか。そういえば、平城天皇陵として整備されている市庭古墳の拝所の脇にも石室の蓋石を思わせる大きな石が無造作に置かれている。写真の石はそれと関わりのあるものだろうか。
タグ:石仏 古墳
posted by 乾口達司 at 20:02| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする