2013年05月30日

ヘビ騒動。

梅雨のジメジメした季節になって来たせいだろうか。昨夜、ちょっとした外出から帰宅すると、共有スペースの階段にヘビが横たわっているのを見つけてた。その全長はゆうに1メートルを超えている。1.5メートルくらいはあったのではなかろうか。どうやらたまたま開いていた窓から侵入して来たようである。ヘビに対処した経験がない上、なかなかの大物であるため、警察に問い合わせをしたところ、そちらで勝手に対処をしてくれとのまったく頼りない返答である。仕方なく隣家から棒と虫取り網を借り受け、ヘビの追い出しにかかった。しかし、これがなかなか難しい。棒で突いたせいでこちらに飛び掛って来られては困る。そのため、恐る恐るの攻撃に終始した。自分でもへっぴり腰になっているのが良くわかる。結局、小1時間ほどの格闘の末、ヘビはようやく外部へと出て行った。すでに入浴を済ませていたにもかかわらず、おかげで全身汗まみれである。ヘビを撃退した後、もう一度、入浴した。さらに昨夜は仕事で大忙しであった。そんなときにヘビと格闘したため、仕事にかかる時間もその後にずれ込んだ。まったくやれやれである。今朝、あたりを見まわしたが、ヘビの姿はどこにもなかった。
タグ:ヘビ
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2013年05月28日

山陵町の五社神古墳・石燈籠。

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山陵町の五社神古墳(神功皇后陵古墳)は佐紀古墳群のなかでも最大規模を誇る前方後円墳である。拝所の西側には石燈籠が一列に並べられている。これらはもとは佐紀御陵山古墳(日葉酢媛陵古墳)の後円部に置かれていたものである。江戸時代までは佐紀御陵山古墳の内部に立ち入ることが出来たようであり、後円部には墳丘上へと続く参道が設けられていた。石燈籠はその周辺に献納されたものであるようだ。では、佐紀御陵山古墳に置かれていた石燈籠がいまではなぜ五社神古墳の拝所に並べられているのであろうか。それは佐紀御陵山古墳が長らく神功皇后の陵墓であると一般に認識されていたからにほかならない。神功皇后の陵墓が五社神古墳に比定されたのは明治以降のこと。それを契機にして佐紀御陵山古墳のあった石燈籠も五社神古墳に移動して来たのである。もちろん、石燈籠の移動があったからといって、五社神古墳に神功皇后が眠っているとは限らない。一番大きな手前の石燈籠には宝暦の年号が刻まれている。
タグ:古墳 燈籠
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2013年05月27日

法華寺町の芸亭伝承地。

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「芸亭」と書いて「うんてい」と読む。奈良時代の貴族・石上宅嗣の邸宅内に設置された日本最古の図書館である。現在、その所在地は一条高校の敷地内であると考えられており、24号線に面した敷地の東側にはその旨を記した標識が建てられている。学問と深い関わりを持つ芸亭の推定地に、現在、教育機関である高校が建っているというのは何とも奇妙な因縁である。
タグ:図書館
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2013年05月24日

佐紀町の平城宮跡・東院庭園(キショウブの群生)

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平城宮跡ではいま各所でキショウブの群生が見られる。花弁が黄色いだけに良く目につく。写真は東院庭園で見かけた群生である。快晴の青空に黄色い花弁が映えていた。
タグ:平城宮跡
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2013年05月23日

佐紀町の平城宮跡(ブタナの群生)

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毎年、この時期になると、平城宮跡に黄色い花が咲く。ブタナの群生である。先日も平城宮跡を散策したとき、芝生に一面のブタナが群生しているのが見られた。その群生する様子はあざやかで印象深い。しかし、ブタナは帰化植物の一種として近年は問題視されており、平城宮跡でも芝生の整備にともなっていつもすべて刈り取られてしまう。そのあざやかな群生を見ることが出来る時期は意外に短い。今年も来月に入ると刈り取られてしまうことだろう。
タグ: 平城宮跡
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2013年05月21日

村田蒲鉾店のめんたい天。

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先日、某スーパーで村田蒲鉾店(山口県萩市大字椿字沖田2108)の“めんたい天”を購入した。偶然の発見であった。いわゆる魚肉の練製品で本物の明太子を原料としたものではない。スケソウダラなどの魚肉にししゃもの卵などを混ぜ合わせ、着色料などで赤い色をつけたものに過ぎない。しかし、食べてみると、ピリ辛でこれが思いのほか美味しい。ビールのつまみに最適である。プチプチとした舌触りの卵の食感も良い。今度、またスーパーで見掛けたら購入しようと思っている。ちなみに写真ではパックの中身が少ないように見える。これはすでに半分ほど食べてしまってから撮影したからである。
タグ:つまみ
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2013年05月20日

橿原考古学研究所附属博物館特別展『5世紀のヤマト〜まほろばの世界〜』

招待券を頂戴したこともあり、昨日は橿原考古学研究所附属博物館でもよおされている特別展『5世紀のヤマト〜まほろばの世界〜』を観覧した。5世紀といえば、大阪平野南部の古市古墳群や百舌鳥古墳群において巨大古墳が次々に築造された時期である。したがって、その関心はとかく古市古墳群や百舌鳥古墳群に向けられがちである。では、3世紀以降、数々の大型古墳を築造した奈良盆地では、同じ時期、どのような古墳が築造されたのか。今回の特別展ではそのことが紹介されている。佐紀古墳群や馬見古墳群など、5世紀に入って、奈良盆地の各地に築かれた大型古墳やそれらからの出土品がそれぞれの古墳群ごとに展示されており、なかなか見応えがある。なかでも、普段、私の散策ルートの一つとなっている佐紀古墳群について紹介したコーナーは特に印象深かった。常設展の方も相変わらず充実しており、メスリ山古墳出土の日本最大の円筒形埴輪や藤ノ木古墳出土の副葬品などに魅了された。
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2013年05月18日

東京土産。

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昨日は始発で出発し、日帰りで上京した。半年振りの上京である。当日は各所に立ち寄っていろいろな人と会った。そのなかでお土産として頂戴したのに「シュガーバターサンドの木」がある。「シュガーバターの木」と名付けられたブランドの一つでホワイトチョコレートをシリアル生地で挟んだお菓子である。さくっとした食感と甘いホワイトチョコレートの組み合わせが美味しい。ブルーを基調としたパッケージもこれからの季節にぴったりである。Tさん、ありがとう。
タグ:菓子
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2013年05月16日

日帰り上京。

明日は所用で上京する。始発で出発し、午前中から各所で打ち合わせをおこなう。そして、夜の新幹線で帰宅する予定である。会いたい人たちがたくさんいるにもかかわらず、おかげでその大半とは会えず仕舞いである。残念無念ではあるが、またの機会を楽しみにしています。
タグ:東京
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2013年05月15日

岡山で昼食。

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(達身寺)→こちら
岡山・兵庫紀行(丹波市の飛び出し小僧)→こちら
岡山・兵庫紀行(超・大河原邦男展)→こちら

“麺屋いわ田”(岡山市北区表町2-3-57)を訪れるのは4年振りくらいだろうか。実は“だてそば”に入ろうとして店の前まで赴いたものの、すでに行列が出来ていたため、その隣の“麺屋いわ田”に入ったのである。もちろん、魚介豚骨のつけ麺を注文。ここではいつもつけ麺しか食べない。スープは極端に濃いわけでもなく、薄いわけでもない。私にはちょうど良い濃さである。添えられているレモンもさっぱりとした食感を与えてくれる。初夏の昼下がりに食べるにはうってつけの麺である。
タグ:ラーメン
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2013年05月14日

岡山・兵庫紀行(超・大河原邦男展)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(達身寺)→こちら
岡山・兵庫紀行(丹波市の飛び出し小僧)→こちら

旅の途中、兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1)で5月19日までもよおされている「超・大河原邦男展」も訪れた。メカニカルデザイナーとして日本のアニメ界に大きな足跡を残し、いまなお活躍中の大河原邦男の偉業を顕彰した展覧会である。なかでも、感心したのは、60年代・70年代にデザインされた原画が残されていたことである。散逸することの多い原画−特に未定稿の段階にあるもの−がこれだけ残っていたというだけでも資料的な価値は高い。写真は館内の内壁に描かれたザクである。館内は、普段、一般の美術展に来る客層とは明らかに異なる人たちで混雑していた。
posted by 乾口達司 at 21:44| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

岡山・兵庫紀行(丹波市の飛び出し小僧)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(達身寺)→こちら

達身寺(丹波市清住)を訪れた折、その周辺で幾つも見掛けた飛び出し小僧である。はじめて見るタイプである。御覧のとおり、女の子をデフォルメしたものであるが、なかなかユーモラスである。おそらく、この付近一帯でしか分布していない地方色の強い飛び出し小僧であると考えられる。
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2013年05月12日

焼肉パーティ。

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エミ・エリ親子の自宅にお邪魔をしてテラスで焼肉パーティと相成った。食材は先方が用意をしてくれた。肉類は“牛玉”(生駒市小瀬町95-1)で調達してくれたという。こちらはビール、ワインなどを持参。日差しが照りつけるなか、テラスに出したホットプレートの上で肉を焼きながらビールを呑む。至福のひと時である。おかげで思いのほか酒が進み、結構、酔ってしまった。美味しいお肉を有難う。感謝。
タグ:焼肉
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2013年05月11日

岡山・兵庫紀行(達身寺)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)→こちら

かねてより訪れてみたいと願っていた丹波地方の寺院に達身寺(兵庫県丹波市清住)がある。今回の旅でようやく立ち寄ることが出来た。JR石生駅で下車。そこからバスかタクシーを利用する。しかし、バスの場合、本数が少なく、こちらの都合に合わせてバスに乗ることはなかなか難しい。今回はその後の予定もあったため、タクシーを利用することにした。タクシーで山間部に分け入ること、約20分。達身寺は清住という集落のなかに山を背にして建っていた。到着したのは午前8時50分。私がタクシーから降り、本堂の前でぶらぶらしていると、一人の婦人が現れた。婦人によると、拝観時間は午前9時からで拝観の受付や案内などは檀家の有志によっておこなわれているという。婦人は檀家の一人であった。婦人の案内で本堂に上がらせていただく。本堂と連結した収蔵庫やその脇に別棟として建てられている新収蔵庫の鍵を開けるのに同行し、そのついでに達身寺やそこに所蔵されている仏像の由来をうかがった。では、あとはご自由に。ゆっくり拝観して下さい。新収蔵庫にて一通りの解説を終えた婦人はそういって本堂の方へと降りていった。達身寺といえば、数多くの木彫仏に言及しないわけにはいかない。達身寺には平安時代および鎌倉時代の仏像が80体ほどが残り、重要文化財に指定されているものだけでも12体あるという。本堂とは別棟の新収蔵庫には、比較的、大きな仏像ばかりが並べられていた。中央に鎮座するのは半丈六の本尊・阿弥陀如来坐像。鎌倉時代の作である。ほかにも兜跋毘沙門天立像や十一面観音立像などが並べられている。特に惹かれたのは阿弥陀如来坐像を中心とした三尊の向かって右手に安置された薬師如来坐像である。達身寺に残された仏像のなかでも最古の一つであるとされる。釣り上がった眼差し、固く結ばれた口元、がっしりしたいかり肩など、粗野ではあるものの、力強さを感じさせる木彫仏である。立像には腹部が丸く、ぽっこり飛び出した造形のものも数多く見られる。その特徴的な造形は達身寺様式と称されているという。本堂と連結した収蔵庫には、比較的、小さな木彫仏がずらりと陳列されている。その多くは手足を失っている。虫喰いなどによって朽ちてしまっているものもある。風化によって摩滅し、その面相をうかがい知ることの出来ないものも多い。酷いのになると、体躯の一部や台座など、文字通り、破片だけが残されている。その痛々しい姿がかえって時間の流れを感じさせる。良く見ると、顎髭を生やしたり、笏のようなものを手にしたりする神像らしきものも認められる。帰り際、図録を買い求めようと思い、婦人に声をかけた。しかし、あいにく寺では図録の刊行・販売はおこなわれていないという。保育社からかつて刊行された『丹波達身寺』という解説本も、現在、絶版状態で入手困難であるという。仕方なく、絵葉書だけを買い求めた。婦人によると、現在、大手前大学が3年がかりで達身体の仏像群に対する研究調査を進めているとのこと。その最新の研究成果を踏まえた新たな解説本が刊行されることを切に望みたい。
タグ:仏像
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2013年05月10日

松田道雄『私は赤ちゃん』

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先日、知人に子どもが生まれた。そのお祝いで自宅を訪問した折、私は松田道雄の『私は赤ちゃん』(岩波新書/1960・3)を読んでみるように彼女に勧めた。もちろん、『私が赤ちゃん』を勧めたのは、それがはじめて我が子を持つことになった親に対して育児の秘訣を説いたものであるからである。しかし、それだけではない。夏目漱石の『我輩は猫である』を意識して綴られているのであろうか。「私」=赤ちゃんの目を通して描かれる物語世界がユーモアたっぷりに描かれており、読み物としても無類の面白さを有した作品であるからこそ、是非、彼女に読んでもらいたいと思ったのである。ここでは「私」の目を通しておせっかいな近所のおばさんなどの他者=外界が批評されている。しかし、「私」の眼差しはちょっとしたことですぐにうろたえる「私」の両親や「私」自身にも向けられている。その眼差しはまことに平等であり、それがつい真似をしたくなる独特のモノローグ的文体ともども、本作の魅力を高める要因となっている。今回、久し振りに読み返した。そして、以前と変わらず魅了された。
タグ:松田道雄
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2013年05月09日

岡山・兵庫紀行(後楽園・津田永忠遺績碑)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら
岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)→こちら

いうまでもなく、後楽園は岡山のみならず日本を代表する日本庭園である。しかし、その敷地内に岡山藩の土木事業を推進し、産業の興隆や農業生産力の向上に貢献した藩士・津田永忠の遺績碑が建てられていることを知るものはいったいどれだけいるだろうか。実は私自身、今回、久し振りに後楽園を訪れてはじめてその存在を知ったものの一人である。もちろん、藩主・池田綱政の命によって後楽園の造園を手掛けたのが津田であったことを踏まえると、津田の業績を顕彰した石碑が後楽園に建てられているのは、別段、不思議なことではない。しかし、広大な芝生や苑池、建物などに目を奪われがちな観光客一般が園内の片隅にひっそりと立つそれに関心を払う機会はあまり多くはないだろう。碑は正門を入って数分のところにある。明治二十九年十月の建立で撰文は藩主・池田家の末裔に当たる池田章政、書は日下部鳴鶴のものであるとのこと。石碑に刻まれた「余毎過舊封備前覧風土文物未嘗不想見熊澤伯繼津田永忠之有功績于我家也伯繼輔佐余祖天下人人之所知至永忠則知之者或鮮矣」という一節が津田に対する藩主・池田家の評価の高さを指し示している。刻まれた字は力強く、達筆である。
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2013年05月08日

岡山・兵庫紀行(点字ブロック発祥の地記念碑)

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岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)→こちら

点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)は、現在、日本のいたるところに敷設されている。しかし、それがいつ、どこで生まれたのかを知るものは圧倒的に少ないだろう。点字ブロックの発祥の地は実は岡山である。その考案者は岡山の実業家・三宅精一。三宅は1960年代からその発案・発明に乗り出し、1967年3月18日、岡山県立岡山盲学校に近い岡山市原尾島交差点に記念すべき第一号(230枚)が敷設されたのであった。以来、点字ブロックは全国に普及していく。2010年3月18日、社会福祉法人岡山県視覚障害者協会が中心となり、点字ブロックの発祥とその普及を顕彰して記念碑が建てられた。記念碑が建つのは、世界ではじめて点字ブロックが敷設された原尾島交差点の脇である。もちろん、目の前の歩道や交差点を渡る横断歩道にもお馴染みの黄色い点字ブロックが敷設されている。岡山市内の名所といえば、岡山城や後楽園ばかりが話題になる。しかし、こういった記念碑の存在を知っておくのも大切なことである。
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2013年05月07日

岡山・兵庫紀行(国吉康雄生誕の地記念碑)

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ゴールデンウィークに岡山と兵庫を旅した。4ヶ月振りの岡山である。岡山では、今回、所用もあって、岡山市の中心部をめぐった。アメリカで活躍したことで知られる画家・国吉康雄の生誕の地記念碑(岡山市出石町)の存在は以前から知っていた。しかし、その実物を目にするのははじめてである。後楽園に向かう途中にある鶴見橋の手前の路地を左に入る。そして、数十メートル進むと、進行方向の左手にそれは立っている。古びた民家の前に何気なく立っているため、最初はその存在に気づかず、思わず前を通り過ぎてしまった。石碑の上には牛にまたがった少年のオブジェが乗せられている。金谷哲郎の作品であるという。17歳のときに渡米して以来、アメリカを舞台として活動した画家ではあるものの、郷土の人たちは国吉の存在を忘れることなく、記念碑まで建立してその生涯を顕彰している。そのことに感動をおぼえる。それにしても、古京の内田百關カ家跡に立つ文学碑にも小さなブロンズ製の牛が乗っていた。いずれの石碑にも見られる牛のオブジェは国吉と内田が同じ1889年の丑年生まれであることに因むのであろう。同じ年に岡山の地に生まれたということ以外にも、成人後は故郷の土を踏むことがほとんどなかったという点も2人の共通する生きざまである。
タグ:国吉康雄
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2013年05月06日

鳴川町の徳融寺・子安観音。

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奈良町の徳融寺(奈良市鳴川町25)で特に気に入っているのは桜の季節である。境内に咲く桜は他のところのものより全体的に白っぽく感じられ。それだけに、朝方、ぼうーっと浮かびあがるようにして咲く桜の姿が何とも艶かしい。中将姫にちにんだ石塔や石仏については2012年4月26日の日記で紹介した。今回、紹介しておきたいのは、観音堂にまつられた子安観音についてである。山門をくぐって左手にあるお堂が観音堂である。子安観音はそのお堂のなかに東を向いて立っている。事前に拝観の予約をおこなえば間近での拝観することが出来るのであろう。しかし、私の場合はいつもふらりと立ち寄るため、いまだに入堂の機会には恵まれない。格子戸にしつらえられた隙間を通して、堂内に屹立するそのお姿を拝するだけである。清水俊明の『大和のかくれ仏』(創元社/1976・1)によると「像高一八九cm、檜材一木造の堂々とした立像で、両手を胸前にあげて、赤児をさしあげた珍しい姿で、子安観音として信仰されてきた。しかし、両手と赤児は後世に付け加えられたもので、本来は聖観音として造られたものと思われる。/宝髪を高く結って特色があり、面相は慈悲に満ちて優雅で、おおらかな表情は天平仏を思わせるものがある。特に強い眉の弧線から鼻筋にかけた美しい線条、切れ長の目、口唇の反り、頬の張りは優れている。体部の肉付けも堅実な表現で、胸には環釧を彫り出し、天衣、裳の表現も流麗な造りで優れている。もとは彩色の像であったものだが、ほとんど剥落して、着衣の隅にかすかに色を残している」とのこと。私の場合は遠目からしか拝したことがないものの、清水のいうように、確かに優美なお姿をしていることは確認出来る。ただ、一点だけ気にかかるのは、両手にのせられた赤子の向きである。清水の解説に添えられた写真では、赤子は頭部を向かって右側に向けている。しかし、私の撮影した写真では、頭部が左を向いている。これはいったいどういうことだろうか。いつか間近で拝観することが叶った折にでも寺の関係者に訊ねてみたいと思う。
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2013年05月02日

食博2013。

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'13食博覧会・大阪、略して食博が5月6日までインテックス大阪でもよおされている。4年に一度の開催である。私がはじめて食博を訪れたのはいまから12年前のこと。今回、招待券をもらったこともあり、12年振りにインテックス大阪に足をのばした。午前11時過ぎに会場に到着。しかし、それでも充分に人が多い。昼を過ぎるとさらに人が増えると考え、まずは昼食の確保に乗り出す。入口ゲートを入ると、脇目も振らず、一番奥の6号館に駆け込む。6号館はA・B2つの建物に分かれており、A館は「日本の味覚館」と題しておもに日本国内のグルメが店を出している。「世界の味覚館」と題されたB館では、その名のとおり、世界の料理が楽しめる。今回はB館から乗り込んだ。韓国のチヂミ、タイのタイ焼き蕎麦などをつまみながらビールを呑む。一番奥のワールド・ビアフェスタではドイツやベルギーのビールを楽しむことが出来た。A館では焼酎の試飲を繰り返した。〆として富山ブラックを堪能。結局、6号館だけで3時間ほど滞在していたことになる。これでもうお腹がいっぱいである。その他の号館は目で楽しみながら帰宅した。
タグ:博覧会
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2013年05月01日

奈良公園の標識。

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奈良公園といえば、春日大社において神の使いとされた鹿の存在を忘れてはならない。鹿と人間とが街中に隣接した公園において親和的に共存している光景は確かに他所ではなかなかお目にかかれないものであろう。しかし、たとえ人間を警戒しないといっても所詮は動物である。われわれの思惑や行動をいつも汲み取ってくれるとは限らない。その代表的な事例として、奈良公園のなかを走る車道を鹿がしばしば横断することが挙げられる。横断の際、自動車と衝突をして怪我をしたり、死んだりする鹿が後を絶たない。したがって、奈良公園の各所に写真のような標識が立てられている。鹿が名物である以上、その鹿に対する注意を喚起したこの種の標識も奈良公園ならではの名物の一つといえるであろう。
タグ:鹿
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